最終回 それは幻のようで現実だった特別な日々

十月二十六日 水曜日 午後六時


「改めまして、本堂くん、亜香里。お帰りなさい」


 恭子ちゃんと音頭のもと、校舎の屋上で生還を祝うパーティーが幕を開けた。

 参加者は、大宮高校天文学部にその家族、そして俺と亜香里をこちら側に戻すことに尽力してくれた昌一郎さんたちだ。

 そして俺と亜香里は、この機会を使ってもう一度昌一郎さんたちにお礼の言葉を伝えて回る。


「いや僕は大したことはしていないよ。頑張ったのはもう一人の君と親父たちさ」

「しかしよぉ、昌一郎。どうして俺まで呼ばれたんだ?俺部外者だろ」


 謙遜する昌一郎さんの肩から、ひょっこりあの人が顔を出す。


「柿さん!」

「あきらくんだっけ、どうして俺も招いてくれたんだ?」


 俺の招待に快く来てくれたわけだが、本人からしてみればなんてないことだ。

 柿がしたことと言えば、大したことはなく彗星が落ちた際の行政との連携を円滑に回したことぐらいで直接、転移の当事者たちとは絡んではいない。

 補足だが、柿さんは昌一郎さんの大学の先輩らしく付き合いがあるそうだ。

 平行世界だと、亮さんのことがあって転職し国家安全管理局に入ってから知り合ったとのことだったが、この二人凄く縁が深いな。

 

「ですよね……。俺の口から説明しますね」


 そこからは柿さんが俺らに何をしてくれたのか、その全てを包み隠すことなく教えた。

 

「しかし大地、お前そんな無鉄砲なことしてたのか」

「ちょっ、勘違いするなよ。それは俺であって俺じゃないんだろ。俺ならもっとスマートにやる」

「断言する。それは絶っっっ対にない」


※※※


「あれっ誰も居ない……」


 恭子ちゃんに指示され、調理室に置いてあるデザートを取りに亜香里と向かい、その後屋上に戻ると誰も居なくなっていた。


「皆どこ行ったんだろ」

「さぁ~な」


 携帯電話に一通のメールが届き、送られてきた内容を確認すると哲平からのもので、そこには「告白しろ」と単語が書き綴られているだけだった。

 それだけで理解するには十分だ。


「メール何だったの?」

「皆で飲み物買いに行ったんだって」


 この一言は自分で口ずさんでおいて、可笑しく思えてくる。

 あの日、意を決死亜香里に告白すると決断した時とほとんど同じ状況だったのだから。


「それより亜香里、こっち来いよ」


 俺は亜香里を屋上フェンス近くへと招く。


「これじゃあ、彗星がここに落ちたなんて誰も信じてくれそうにないね」

「同感」


 校舎は、国の支援のもとで既に修繕作業を全て終えていた。

 だから校舎もグラウンドも彗星が落ちてくる前と同じ遜色ない完璧な姿に戻っている。

 そして天高く見上げるとそこには輝く満天の星空が溢れていた。


「でも不思議。平行世界なんて本当にあったんだ、小説とかだけの世界だと思ってたのに」

「あれは現実だった。偽りじゃない」


 あの浮世離れした特別な数日間。

 平行世界を旅した記憶は俺の中で一生消えることはないだろう。

 そして…………。


「亜香里、話があるんだ」

「何よいきなり。改まっちゃって?」


 亜香里の肩に手を伸ばし、両肩を掴み顔を向かい合わせる。

 そんな俺の行動に彼女は戸惑いながらも抵抗はせずに問い返す。


「好きだ」


 それだけ伝える。

 余計な飾り言葉などいらない、ただ愚直なままに真っ直ぐと気持ちをぶつけた。


「………………」


 反応がない亜香里に対して、俺は答えを催促はせず黙って待つ。

 すると彼女は俺の手を払う。

 

「えっ?」

「私も」


 払った瞬間、自分の唇に温かい感触が走り実感が押し寄せた時には亜香里の瞳が直前に。


「これが答えだよあきらっ」

 

 にこっ。

 その今までに見たことがないほど、可憐で微笑ましい彼女の笑顔についつい見惚れてしまう。


「おっめでとぉ~亜香里ぃー」


 不意に屋上の扉が開き、恭子ちゃんが大喜びで突入してきた。

 その後ろから権ちゃんと哲平も。

 ただ一つ言えることとして、両者は少し気まずそうにした暗い表情を浮かべてだが…。


「ちょ恭子どこから聞いてたの?」

「全部」

「………………全部?」

「うん、全部バッチし聞いた。いやぁ~亮さんが貸してくれた小型ドローン凄いんだよ。小さな音までしっかり拾ってくれるの」


 …………。お前、ほんとっ優秀だな


「あはは……」

「二人してどうしたのよ?」

「な~にも」


 俺と亜香里は向かい合い笑うそんな何気ない楽しい一時が過ぎ去っていき、祝いの席もお開き。

 片付けをするなか、俺と亜香里は一足早く帰された。

 帰り道、初々しい出来立てホヤホヤのカップルはお互いの指先を絡め、星空を眺めながらこれまでのことを語り合っていた。


「貴重な体験だった。まっもう二度と体験したくはない」

「そう?私は一度でも違う世界のあきらに会えたの面白かったけどな。もう一度くらいは」

「それ以上言うな。もう俺は亜香里が消えるなんて出来事、真っ平ごめんだ」


 気持ち少し強めに彼女の手を握り直す。

 すると亜香里は、一際嬉しそうに喜んでみせた。


「わ~かったよ。私も嫌だもん。あきらが消えちゃったら、だからさ一生傍に居て?」

「当たり前だそんなこと」


 その場の勢いなどではなく、真剣に俺は答え彼女に仕返しをしてやる。


「ぷはっ、ちょっあきらいきなり何するのよ」


 照れて頬を赤く染め上げる彼女の挙動が可愛い。

 俺は仕返しにさっき、亜香里が俺にしたことを俺のタイミングから今度は行ったのであり、亜香里の反応はそれに応えたものだ。


「俺は亜香里のことが大好きだ」


 もう一度声高らかに宣言する。

 愛の告白を。

 その想いは、平行世界。

 それは同じようでいてどこか違う全く別の世界。そこに住まうもう一人の俺、もしくはその世界に住まう新たな友人たちに向けて俺は……。


 



「うん?」

「どうかしたのあきら」


 夜、彼女の豪邸の二階に併設される、大きなベランダから星を眺めていた本堂あきらは、自分達以外誰も居ない筈のこの場所で自分に向けられた声が聞こえた気がした。


「何も、ただ上手くやったみたいだな俺」


 彼女である恭子の問いに彼ははぐらかしつつも喜びを噛み締め、満天の星空に向け彼に届くよう祈りを込め口ずさむ。



                                ~終わり~

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