第20話 帰るべき世界
「詳しい話はあとでしますので今は皆さん車に乗ってください。まずはここから脱出することが先決です」
大人二人を倒した柿さんは、俺と背後にいる母さんと唯に向けて喋った。
※※※
「ここは事前に俺が用意していた
「美佐さんお久しぶりですね」
「由美子さんどうしてここに?」
案内されたのは街のとある一角、そこは密かに、佇むようにしてあるアパートの一室。
外見からは想像もつかない部屋の内部に驚きつつ俺は同時に、部屋の中に居た
それは母さんも同じようであった。
「それが私にも分からないのだけど、今朝柿さんと同じ国家安全監理局の方だと言う女性から電話でこの場所に呼び出されたの。そしたら皆さんが集まっていらして」
由美子さんだけではない。
室内には幼なじみの恭子ちゃんや権ちゃんに加え、権ちゃんの家族とここには居ない哲平の両親までもがいた。
「いい加減、教えろ。哲平の命は大丈夫なんだろうな!」
哲平の父親岩沼暮人は、由美子さんの話も終わらぬ内に言い寄ってきた。
「最初に申し上げますが哲平君は、未知の病原体が原因で当局に連れていかれたわけではありません」
「ちょっと待った暮人さん。哲平病気だったんですか?」
権兵衛は、彗星が落ちた翌日の電話を最後に音信不通になっていた哲平のことを気にしていた。
「あぁ、いきなり診断に誤りがあった。哲平の身体に病原体があったので隔離したと一方的に伝えられたっきり会わせてもくれやしない」
「哲平君はある方と一緒に、当局から身を潜ませています。それをあなた方に知られたくなかった当局は、嘘をつきました」
「何故嘘なんか……」
「それは今から話す内容にも関わることです」
柿さんは真剣な眼差しで俺を見る。
どうして俺なのか。
「話す内容?」
「ちょっと失礼します」
この場に集めた理由を語ろうとしたその時、柿さんの携帯電話にメールの着信音が入る。
彼は断りを入れてから、そのメールの内容を閲覧するとほくそ笑んだ。
「一先ずあきら君に伝えることがある。白石亜香里は無事に確保出来たそうだ」
その言葉の意味が分からない。
散々探した彼女は居ないと周りから言われ、彼女が死んだ証を昨日、この目にし漸く受け入れようとしていた。
なのに今、柿さんはハッキリと白石亜香里の名前を口ずさんだ。
「んっ?白石亜香里とは哲平の幼なじみのか。いやしかし彼女は四年前に亡くなったはず……」
「そうですよ。あなた大人でしょ、言っていいことと悪いことの分別くらい分かると思うけど」
真っ先に反応したのは大人たちだった。
暮人さんは、息子の幼なじみと同じ名前に混乱し、母さんは子供に大嘘をかます柿さんに食って掛かりそうになるほどに苛立ちを顕著に示す。
きっと母さんは俺が傷つくと思ったからこと、ここまで怒るのだろう。
「嘘ではありません大真面目です。そして亜香里さんが居ることこそ、哲平君が身を潜ませた原因とも言えます」
頑なに主張する様は嘘偽りなどは一切ないと信じさせる空気を作り出す。
「では最初から説明します。まず始めにアクロス彗星の一部が剥離し地球に落下することを知っていた者が居ます。ただその者らは、敢えて隠蔽し、そしてとある実験に利用した。それがそもそもの発端です」
この情報は阿笠博士の推測を基にした推測としか言えないものだが、おそらくはほぼ合っているだろう。
じゃないと辻褄が絶対的に合わない。
柿の目の前を救急車が通り過ぎたのは、彗星が落下し地面が揺れあちこちが混乱ひしめく真っ只中。
目的を定め走り去っていく五台の救急車。
それは意図が分かりきっていた。
「突拍子の無い話かも知れませぬが、その実験とは平行世界の移動。つまり私が言った白石亜香里とは別の世界の彼女であり、そこにいる本堂あきらもまた我々が知らぬ世界の住人なんです」
「おにぃが別人」
唯が気不味そうに後退りして、その表情は強張っていた。
すぐに他の人も、俺のことを奇っ怪な物を見る目、否事実を受け入れられないといった目で見てくる。
「ちょっと待ちなさい。あなたの話が本当ならあきらはどこにいったの?」
今のあきらという単語が俺に向けての発言ではないことは明らかだ。
実際俺が同じ立場なら問うのは至極当然のこと。
「そこの彼と入れ替わり、おそらくはもう一つの世界へ」
「そんな……」
「さっきから聞いてりゃ~、結局あんたはあきらをどうしたいんだ?」
権ちゃんがそのまま大人になり、更に一回り大きくなったラグビー選手のようなガタイを持つ彼の父親、勘九郎が口を挟む。
「彼を元の世界に帰します」
「そうか。ならもう一つ質問だ。もしもそこの小僧が管理局の人間に捕まったらどうなる?」
「おそらく人体実験に利用され、最悪は殺されて解剖されます。それほど別の世界から来た彼の存在は貴重です」
「なら決まりだ。俺は小僧を
勘九郎の判断は即決だった。
そして勘九郎は息子の権兵衛に問うが、煮え切らない態度で迷った顔を浮かべる。
「どうした権?」
「親父……」
権ちゃんは未だに現実を受け入れられてないのだろう。
数日とはいえ自分たちが幼なじみとして接してきた人物が、実は赤の他人であったと知らされれば無理もない。
「私は何をすればいいですか!」
だいの大人までもが尻込みする中、勘九郎の次に前進したのは恭子だった。
その彼女の顔は幾ばくか晴れていて、決意は固そうだ。
「何を言っているの恭子」
「母さん聞いて。私ね……予想はしていたの。目の前にいるのはあきらであきらではないんじゃないかって、だって彼が見ていたのは私が知らない景色だもの」
「何言ってんだ恭子ちゃん?」
由美子の娘への問いは心配から零れた言葉に対し、権兵衛の問いは意味が分からず理由を問いただしたくて出たものだった。
「あきらはね。いつも亜香里ちゃんを探していたの……」
恭子はデートのことを思い出し語る。
多分あきらは、自分とのデートを楽しもうと必死になっていたことは感じられた。
だからこそ違和感を彼女は覚えたのであった。
記憶を失い、自分が望む偶像を求めて架空の亜香里を生み出したのでなく、本当に彼女は存在した。
「だからね、柿さんの話を聞いて納得したの。それにさっ大きくなった亜香里ちゃんに会ってみたくない?」
「っ…………分かった!俺も手伝うぞ」
「子供だけに任せるわけにはいかない。それに哲平が動いたんだ。私も手伝うよ」
シャツの袖を捲り暮人が気合いをいれる。
「決まりですね」
「私にも何か手伝わせてください」
暮人、勘九郎のこの場にいる父親は協力を願い出て、それに追従するように由美子さんが前に出る。
「分かりました。お願いします」
「私にも何かやることは……」
母さんも名乗りを挙げるが、どこか消極的にも思えてくる。
「あなたはここに居てください。そしてそれは残りの方々も同じです」
母さんと唯、哲平の母親、権兵衛の母親はこの場に残るように柿さんが指示を出す。
ちなみに俺の父さんと恭子ちゃんの父親は県外におり、今は居ない。
「どうして子供を危険に晒しておきながら私たちは待機しなきゃならないんですか?」
「本当は、子供たちには残って欲しいのが本心です。ただ彼らは当事者だ。もしも矛先が変われば危険が及ぶかもしれない、それを考えれば男性陣のもとに居るのが一番安全かもしれませんし……」
「分かりました。けれど子供たちのことは必ず守ってくださいよ勘九郎」
「任せろ俺が守ってやるよ」
妻の一言に勘九郎は答えた。
そして出発の準備を済ませるべく、柿さんは部屋の奥へと去る。
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