第21話 サヨナラの日常

安全エリアセーフハウスの地下には、何台もの車が列になって並んでいた。

 どうしてここまでの設備が備わっている家を、個人が保有しているのか柿さんの存在が謎過ぎる。

 だがその事には誰も触れる気配はない。


「そこの二台を使ってください。どちらも馬力はありますし、銃弾防止の加工も済んでいます」

「銃弾って物騒ですね」

「管理局は、そこまで本気ってわけです。まぁ俺が電子銃レールガンを盗んだのも原因の一つですけどね」


 そう言って彼が、ひけらかす銃は近未来を舞台にした映画に出てきそうな最先端の武器に思えた。

 

「自衛のためとはいえ素人に銃を渡すわけにもいかないので、お二人にはこれを」

「これは?」

「警棒みたいに見えますけど、取っ手のところにある赤いボタンを押せば電力が流れます。それを当てれば、相手は気絶しますのでその間に逃げてください」

「分かりました」

「では、これからは二手に分かれます。俺は囮となって管理局を惹き付けますのでその隙に深緑山へ向かってください」

「何故深緑山へ?」

「俺もよく聞かされてないんですがそのポイントが、彼を元の世界に帰せる場所だからだそうです。ただその前にこの場所に寄ってください」


 街外れの倉庫群の一角より離れた何もない山道が地図に記されていた。


「ここは?」

「説明不足でしたね。その場所は哲平君たち、協力者との合流場所です。彼らと共に目的地へ向かってください、じゃないと帰すことが出来ませんので」

「分かりました」


 納得した暮人の隣にいた、勘九郎に車の鍵を放り投げ、勘九郎は反射的にのけ反ってしまったが鍵は落とさなかった。


「勘九郎さんはトラック、運転出来ますよね」

「あぁ免許は取ってるぞ」

「なら安心です。あれ使ってください。それとウィングの開閉ボタンは中にありますので、機材を搬入する際は使ってくれと阿笠博士に伝えてます」


 最後一方的に用件だけを伝えると自分は別の車に先に地上への坂を駆け上っていく。

 そして柿さんが示す中型トラックは地下駐車場の奥にひっそりと止まっていた。

 何を最後言っていたのか皆がちんぷんかんぷんだったが、仕事の関係でトラックに乗り慣れている勘九郎だけは理解していた。

 トラックの後方、バンボディ部分の両側面が開く箇所その部分を柿はウィングと呼んだのだと。


「じゃ出発するぞ」


 勘九郎だけが運転席に乗り込み、助手席には誰も乗せない方針で、残りの深緑山に向かうメンバーは本来荷物を詰め込む目的で使われるバンボディに乗車していく。


「あきら!」


 呼び止められ振り返ると、俺に声をかけたのは母さんであった。

 いや正確にはの母さんか。


「さっきはごめんなさいあんな態度を取ってしまって。あなたは私の息子に変わりないのにね」

 

 母さんの優しい温もりが、伝わってくる。

 俺が別の世界の住人だと知ってから、顕著に避けたのは母さんだっただけに戸惑う。だが仕方ないことなんだと割り切り、必要以上こちらから近づこうとはしなかった。


「ぜっっっっったいに!自分のしたいことを貫きなさい。そして二度と私の前に現れないで頂戴ね」


 一見すれば突き放す物言いは、これから起こる騒動のことを考えると少しだけ弱気になっていた自分の心を激しく奮い立たせてくれる力強い言葉だ。


「必ず約束する」

「なんかさ別の世界の人だって言われても私にとっておにぃはおにぃ。だからね格好いいおにぃは、きっと何でも出来るファイトだよ」

「じゃあな唯」


 別れの挨拶に、妹の髪をくしゃくしゃになるぐらいに撫で唯は照れくさそうにはにかんだ。

 俺のためにこの怒濤の数日を共にしてくれた家族に対して、感謝の念に尽きる。


「もぉ~やめてよおにぃ」

「さようなら、俺のもう一つの家族……」


 これ以上は時間をかけられなく出発する。


※※※


「メールは送ったんだろうな静香!」

「勿論でもまさか尾けられていたとは誤算だったわ。油断するんじゃなかった」


 廃倉庫の扉を半開きにして外の様子を窺うと、静香たちを追って彼女らを捕まえに来たメンバーが目視で確認できるだけで約十人ほど見受けられた。

 だが近づいては決して来ない。

 と言うのも、近づく奴らには扉の前で中に入るのを防ぐため昌一郎と静香が用意していた電子銃を使って牽制し続けたためである。

 そして今の膠着状態へとなった。


「親父まだか?」

「もう少しかかる。なんとか堪えてくれ」

「今は大丈夫だが、物量で押されれば一溜りもない。急いでくれ」

 

 切羽詰まった鬼気迫る思いで訴える。

 そんななか建物の奥では、阿笠博士が亜香里に道具を用いてなにやら計測をしていた。

 

「えっとぉ……阿笠さん、これ何ですか?」

「数値を測っている」

「はぁ……」


 さっぱり理解できない。

 昌一郎さんに案内され、阿笠博士と対面するとおじいさんはいきなり私の身体に謎の道具を近づけては離しまた近づけといった要領で繰り返しモニターとにらめっこしていた。

 

「きたぞっ!」


 阿笠博士が雄叫びを上げると、今まで赤い色を示し続けたモニターの数値が青く移り変わる。


「これで固定すれば、よし完成だ」


 キーボードに触れ、モニター画面に『適合100%』と文字が表示されるとエンターキーを渾身の思いで押した。

 するとパソコンの横に置いてあった装置に備え付けていた手のひらで持てる小さな筒状の物体の先端が光り輝く。


「こちらの用意は充分だ。哲平二人に伝えてきてくれ。嬢ちゃんはこっちを手伝ってくれ」


 壁に張り付いていた冷蔵庫を、二人がかりで横にずらすと下へと続くドアがお目見えし、軋ませる音と共に地下へと降りる梯子が現れた。


「ふぅ~んこれで脱出するわけね」

「あれっ静香さん早くないですか?」

「あ~あれは昌一郎に任せているから、問題ないでしょ」


 呑気に静香さんが、私見を述べていると身体をビクつかせるほど大きな銃声が表から聞こえてきた。


「大変です。あの人たち実弾を使って僕たちを殺す気でいますっ!」


 哲平君が慌てて駆け寄り、緊迫した思いで状況が転じたことを伝える。


「三人は先に。私は昌一郎の加勢に戻ります」


 再び電子銃を武器に去っていく静香さんの後ろ姿を、見送りつつも二人の行動を意味の無いものにしないためにも前に私は進んだ。

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