第19話 逃げろ

「ねぇ出してよ」


 見たことも訪れたこともないこの場所は、外界から私を隔離している。

 そして唯一外界へと続く扉は強硬に固定され開こうともせずただその機能を果たそうとはしなかった。

 私の目先、天井の隅にある監視カメラを見つけ叫び続けるが返答はなく、体感時間に換算して一時間近くが経ったようにも思える。


「久しぶりだね亜香里ちゃん」

「昌一郎さん!」


 突然扉が開き、外から入ってきたのは、私がよく知るお兄さんだった。


※※※


「気をつけろだそうだ」

「気をつけるって何にですか東城さん」


 相場の指示で東城と昌一郎は、国立科学研究所へとやって来た。


「あぁ~お待ちしておりましたお二方」


 研究所の正面玄関口が開くと所長の盛大な出迎えに会った。

 

「さぁさぁこちらです」


 東城から何に気をつけるのか具体的には、教えてもらえぬままに強引な内藤の手招きにより東棟へと案内される。

 そして建物に入った瞬間雰囲気ががらりと変化した。


「しかし東城、被験体を捕らえられなかったと報告が上がったが何か問題があったのか?」

「ええ実は、対象者を捕らえる時邪魔者が入ったそうです。それとこれは相場さんから伝言ですが、こっちにも誰か来る可能性があるので警戒を強めて欲しいとのことです」


 よかった、柿が動いてくれたんだな

 本堂あきらが捕まらず、無事に逃げ切ったことに安堵する。

 今度は自分の番だ。

 前の二人は話に夢中でこっちの動作を気にも留めないだろうと踏んで、ズボンのポケットに手をやると事前に作成していたメールを今、送信した。


「君が会ってくれ」

「私がですか?」

「あぁ、実のところ彼女が目を覚ましてから今まで無視し続けている」

「んっ、すみません意味が分かりません」

「彼女の反応を今まで観察していた。具体的に言うと、隔離された部屋でどういった態度を示すかなどだ」


 研究者の頭の中で考えていることなど分かりたくもないし、分かろうともしないが亜香里への仕打ちが酷いことだけは昌一郎にも痛いほど理解出来る。

 内藤所長と東城は、モニター室へと向かい昌一郎だけが亜香里がいる部屋の前に来た。


「入ります」


 次の瞬間、扉が開くとそこに少女は立っていた。


「久しぶりだね亜香里ちゃん」

「昌一郎さん!」


 中学一年生の頃の彼女の面影を残しつつも、立派な高校生へと変貌を遂げていて綺麗になっていた。

 あの子が成長していたらこんな風になっていた、その妄想をそのまま実現したかのような姿だ。


「あきらは、皆は大丈夫なんですか?」


 この部屋に閉じ込められ不安で不安で仕方なかっただろうに、真っ先に幼なじみの心配をする彼女を見て自分が情けなくなる。

 どうして一秒でも早く来れなかったのかと。

 

「大丈夫、彼らは無事だよ」


 その一言がどれだけ亜香里ちゃんを安心させたのか、恐怖で震えていた身体が完全に止まっていた。


「よかったぁ~」

「さぁ亜香里ちゃんも目を覚ましたことが、ここから出よっか」

「出る?」


※※※


「出るって、アイツは何を言っているのだ!」


 内藤が激怒して、モニターに向かい合う。

 話を聞いて、向こう側を知ることだけが昌一郎に頼まれた任務だと言うのにそれを放棄するどころか被験体を外に出すとすら抜かしていた。


「兎に角、止めさせます」

「な、なんだ!」


 突然モニターの電源が落ちて画面は真っ暗になり、同じく部屋の明かりも消えた。


「あ、開きません」


 扉は固く閉ざされ、一体何が起きているのか二人には分からなかった。


※※※


「ナイス、静香」


 耳元に装着している小型の通信機を通して、研究所内にいる静香と連絡を取っていた。


「当然よ。はぁ~でもこれでバレたら私はそれこそ退職どころで済むかな……」

「巻き込んでしまって悪いな静香」

「別にいいわよ。まぁ仕事を辞めたら、昌一郎に養ってもらおうかなっと」

「バッ!今は」

「昌一郎さんどうしてそんなに赤くなっているんですか?」


 亜香里は、見慣れぬ廊下を昌一郎に連れられひた走る。

 どうして走らなければならなかったか、理由も告げなかったが彼を信頼してついていくなかで、昌一郎さんは誰かと連絡を取り照れている様子だった。


「わけはあとで話すから今は走ることに集中して。あっそこの角を左に曲がってくれ」


 自分の方が集中してないよね……。

 と思ったが敢えてそこを深掘りすることは諦めて、亜香里は角を曲がると開けた場所に出て周囲から視線を向けられた。


「乗って!」


 周囲からの視線だけで、彼らは亜香里には寄り付こうともしなかった。

 建物から脱出すると正面に車が飛び込んで乗りつけると、後部座席の扉が開き助手席の窓から長い黒髪が映える綺麗なお姉さんが声をあげて誘導する。

 亜香里は為すがまま、後部座席に詰めて座ると昌一郎が隣に乗り込んだ。


「静香、出してくれ」

「りょーかい」

 

 こうして亜香里の理解が追い付かないままに車だけが走り出す。

 車内で昌一郎は何度も後ろを振り返り、背後をやけに警戒していてそれが亜香里には不思議で堪らない。


「昌一郎さん、そちらの方は?」

「彼女は君を、向こう側に帰す手助けをしてくれているお姉さんだよ」

「向こう側って私の家のことですか?」


 先程から質問ばかりしかしてない気がすると、聞いておきながら亜香里は思う。

 ただ昌一郎の回答も要領を得ずと言った具合でイマイチ理解に苦しむ。


「そうだった、肝心な箇所を伝えていなかった」

「あんたバカなの!」

「うっ……否定できないだけにツラい」


 そこから聞かされた内容は、耳を疑った。

 ここが私の住む世界とは別の次元にある世界、そしてこの世界では……。


「私は死んでいる……」


 何一つ変わらない街並みを横切る車の中から覗き見るせいか実感が感じられなかった。

 目を覚ませば、ここは私が生きた世界ではないと突きつけられ更に、自分が死んでいると言われればどう行動しただろうかと昌一郎は考えを巡らす。


「追手は来てないみたい。取り敢えずは安心してよさそうね」


 飛ばしていた車のスピードも、標準速度に切り替わりどこかへ向かっていく。


※※※


「取り逃がしただと?」

「はい。追跡システムが何者かのハッキングによりダウン、追跡が出来ませんでした」

「自慢のハイテク装置も駄目でしたか」

「何他人事のように、元はと言えば阿笠の息子を使ったことが間違いなんだ!」

「それはこちらの不手際ですので、何も反論はしません。ただお宅の中にも内通者は存在したようですね」


 逃げた車の足取りを調べるのと平行して、何故突然電気が消えたのかその原因についても調査すると答えは単純なものだった。

 それは職員の一人が研究所の主電源を切ったことによる停電だったのだ。 


「それよりも、誰だ。このハッキング技術、他にも仲間がいるとしか思えない動きだな」


 内藤の関心は既に他へと移っていた。

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