第11話 違和感

「なら説明してもらおうか昌一郎」


 病棟の一角にある休憩スペースでコーヒーの缶を片手に、先程本堂あきらの病室前で起きたことの説明を柿は昌一郎に求めてきた。

 なにしろ、特殊災害に巻き込まれた少年がもう一人災害現場にいたと言えば焦るのは至極当然。

 柿は一刻も早い捜索を開始すべきだと考えたが、同僚の昌一郎に止められてしまい、その答えが漸く聞ける。


「まず始めに言っておくが白石亜香里という女の子は四年前に交通事故で既に亡くなっているあきらくんの幼なじみだ。俺は亡くなった彼女とはほんの一日ばかりの面識ではあったけど、活発な可愛らしい女の子だったよ」


 そこから昌一郎は本堂あきらと出会った経緯、夏の日の出来事から白石亜香里が死んだ翌日の朝起こった悲惨な交通事故に至るまで自分が知る範囲で柿に簡潔に説明した。


「なるほど、だからあの担当医もすぐにあきら君の母親の話を受け入れて対応したのか?」

「まぁそうなるな。それとあの医師が、以前精神が不安定になっていたころからあきらくんを診ていた方だそうだ」

「てことはあの担当医が言っていた通りあきら君が言っていた女の子は災害による怪我の後遺症って記憶の混濁が見られたってことで間違いないな?」

「間違いないと思う」

「一応はこのことも阿笠さんに報告しなくちゃいけないな。それに念のために現場に別の女の子がいなかったか捜索するようにも手配しておく」

「えっそれは俺の仕事だぞ」

「構うなそんくらいの雑務やってやるから」


 片手に持っていたコーヒー缶をテーブルの上に置くと、柿は部屋の端、壁際まで行くともたれかかりながら大宮高校で調査隊の総指揮をしている上司に電話をかける。

 そして上司との電話を終えた柿は続きを聞くために再び席に座る。


「取り敢えず相葉さんには伝えた。向こうの方でももう一度捜してはみるそうだ」

「誰も発見されないことを祈るしかないな……」


 万が一五人目があの場に居たのだとしたら、その者は既に死人と化しているだろう。

 それは悲しいことの為、しかし今成せることは数少ない昌一郎にとっては祈るしか出来ることはなかった。


「それでお前が本堂あきらとの面会を避けたのもその白石亜香里って女の子が関係しているのか?」

「ああ、あきら君はその子の死に責任を感じているんだ。自分が彼女をキャンプに誘わなければ死ぬことは無かったってな。それがきっかけで当時はかなりそれで荒んでいたよ。ただ今では一応克服したとは聞いていたが、何かの拍子で想起させたら不味いと思って会うのを避けたかったのが理由かな」


 理由を説明し終えると柿は昌一郎の目の前でいきなり髪をかきむしる。


「くそぉーこれで振り出しに戻った。折角五台目の謎に迫られると思ったんだがな」

「まだ考えていたのかそれ」

「よしっ決めた。お前だけ先に帰れ、俺にはやることが出来た」

「はぁ!?仕事の方はどうするんだ」

「相葉さんには適当にでっち上げてくれ。それぐらい引き受けてくれるだろ昌一郎?」

「いや流石に駄目だろ」

「じゃ頼んだ」


 告げると有無を言わさないうちに飛び出して行き、昌一郎は一人取り残されてしまった。




 昌一郎と別れた柿大地は地下に停めてある自動車に乗ることはなく、病院正面玄関口から外に出た。

 単独行動をしようにも車は一台だけの為、柿は自分の足で彗星の一部が落下した大宮学校方面に向けて歩き始めた。

 途中途中で通りを歩く人々の間では、昨日の彗星の一件を噂している声がやはり聞こえ、普段何も起こり得ない街の一大事として取り上げられている。

 ただその中には「政府は汚染された未知の菌を採取研究し、軍事利用を画策している」だの「善からぬ実験をしている」といった全くのデマが流布していた。


「あんな仰々しい構えをみたら無理もないか」


 隔離するために建設された白いドーム、そして中へ人を寄せ付けぬ警備の人間。

 その両方を目にすれば変な疑いもかけられるというものだ。


 そして柿はようやく自分が昨日救急車を五台・・目撃した場所の近くに辿り着く。


「それじゃー始めるとしますか」


 情報収集を開始する。




同日 午後四時


 地道に柿が救急車を目撃した辺りの家々を回り、情報を集めようとするがこれといって成果は得られず、半ば諦めつつあった。

 やはり自分の身間違いだったのでは無いかとすら思えてきた。

 これで完全に最後だと決めて、道沿いに建てられている家を訪問するためにインターホンのベルを鳴らす。


「はいどちら様ですか?」

「済みません警察の者ですが先日の彗星のことに関してお聞きしたいことがあるのですがお時間はありますか?」


 インターホンに内蔵されているカメラに向けて国家安全管理局のバッジを提示する。

 国家安全管理局のバッジは警察のバッジと似ている造りをしており柿はこの相違点の少なさを活用し警察と偽ることで住人から情報を聞き出していた。

 普通に全くの見知らぬ人物がいきなり自宅を訪問しても警戒されるだけで上手く話を聞き出すことが出来ないと考えこの方法を採用した。

 ただあまり良い方法とは言えず、怪しまれることも多々あった。


「あ……はい」


 流石に警官と名乗っても警戒していないはずがない。

 そこで柿は玄関前まで行かずに住人が家の外に出るまでインターホンの前で待機する。


「こんにちわ昨日のことなのですが、お宅の前の道を数台の救急車が通ったと思うのですが何台か分かりますか?」

「変な質問をする警官ねぇ。あれはねぇ~確か……そうそう五台・・だったかしら。ほらっ彗星落下の衝撃で地面が揺れたでしょ、あれで気になって外に出たら私の前を救急車が五台走り去っていったのよ」


 流石に変な質問だと柿自身も自覚はしていたが、住人はそのまま話を続けてくれ柿が最も欲しがっていた情報を話してくれた。


「そうですかご協力感謝します」

「ところで刑事さんあそこの車見えます?」

 

 灰色のワゴン車が、路上の隅にひっそりと停車していた。


「あの車、ずっとあそこに居て路上駐車禁止の区域だし不気味なんで注意してもらって下さる?」

「了解しました」


 住人からの頼みを聞いたには、ここで断るのは、不振極まりない行動で自分が警官ではないと疑われ兼ねず、その為に柿は引き受けることにした。

 そのワゴン車におそるおそる近寄り窓から中を覗き込むと、帽子で顔を隠しハッキリとは分からなかったが、ガタイから推測するに運転手は男だ。

 その男は車の運転席で昼寝をしているのか、柿が近づいても見向きもしない。

 そこで彼は寝ている男を起こそうと車の窓を強く叩く。


「なんじゃいお前さんは?」


 車内にいた男の正体は柿がよく知る老人だった。

 老人は窓を叩く音で目を覚まし、車の窓を開けて眠りの邪魔をする青年に尋ねる。。


「おじいさん、ここは駐車禁止の区域なのでってあれ!あなたは阿笠博士ではありませんか?覚えてませんか以前一度お会いした柿大地です」


 車の主は阿笠昌一郎の父である阿笠輝雄。

 彼は大宮高校から追い出されたあと高校からほど遠くないこの場所で待期して、妙な動きがあるのかチェックしていた。

 ただこれといって動きも無かったため、ついうたた寝をしてしまってのだ。


「おお、お前さん元気にしておったか。今は何をしておる」

「国家安全管理局にて働いています」


 その返答に老人の顔は曇る。


「どうしてお前が国家安全監理局に?」

「真相を知りたかったから。それ以外に理由はありません。教えて下さいあの人に何が起きたのか。あれはただの事故とは俺には到底理解しがたいものだ、あなたは知っているのですよね」

「ここでは不味い。後ろに乗ってまず移動じゃ、話はそれからだ」


 阿笠博士は柿を車内に招き入れようと、車後方の扉を開けた。

 招かれた本人は誘いに乗り、車が動き始めた。

 しかし驚いた。

 とある事故の真実を知りたかった柿が、唯一真実を知るであろうと思い、探した人物が今目の前で車を運転している。

 だけど何の因果があるんだろうな。

 柿は何もすることがない車内で昼間の出来事を思い起こしていた。

 一家の死が、こんなところで結ぶとは……。

 柿が以前働いていた職場の上司である白石亮に娘がいることは知っていたが、名前まで覚えてはいなかった。

 またもしも覚えていたとしても、この国には一億人以上の人間が暮らしている。

 出会うはずがない。

 亮さんの娘と、今回災害に巻き込まれた高校生が幼なじみで、それに自分が関わろうとはこの仕事を始めた時には思いもよらなかったことだ。

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