第12話 写真の女の子

同日 午後六時


 柿と別れてから学校に戻った昌一郎は調査隊の手伝いに勤めついさっきようやく一段落し休憩を貰える。

 自由に動ける昌一郎はその休憩時間を利用して大宮高校の校舎の中をなんとなく探検していた。

 

「やっぱり懐かしい感じだ」


 母校ではないが高校という場所そのものが昌一郎を童心へと帰らせる。

 その童心さが、探検の動機でもあった。


「そこの君、相葉がどこにいるか知らないか?」


 現場で何度かその姿だけはチラリと見たことがあった小太りの男が立っていた。

 ただ面識が無かったので、男が近づくまでは誰なのか気づかず不審者が校舎内に居たのかと警戒もしたがそれも杞憂に終わる。


「その前にあんた誰だ?」

「これは失礼私の名前は内藤修二、一応は国立科学研究所の所長をしておる」


 つい荒い口調で聞いてしまった。

 昌一郎が反省していると、小太りの男は自己紹介と同じタイミングで名刺を差し出してきた。

 その名刺には男の肩書きと名前が記載されていた。


「これは申し訳ありませんでした。私は国家安全管理局勤務の阿笠昌一郎といいます」

 

 国立科学研究所とは今回の彗星の一部落下についての調査を国家安全管理局と合同で行っている機関の総称である。

 国内有数の研究機関だ。


「そうか君が昌一郎くんかぁ」


 こっちは向こうのことを全く知らないのに、反応から察するに何故だか昌一郎のことを知っているそんなニュアンスだった。


「いやな、君の上司の相葉とは個人的に付き合いがあって度々話に出てくるから君のことはよく知っているつもりだよ。なかなか優秀なんだってね君」

「いえそんなことはありません。自分はまだ若輩の身です」 

「そう謙遜するのはよくないもっと若者なら若者らしく堂々としろ」

「それで内藤所長は相葉さんを探しているのですよね。それなら校庭付近にあるテントの中にはいないでしたか?」

「ああ居なかった。それでその場にいた者の話だと相葉が校舎の中に入っていくのを見かけたそうだから、私も入ったのだが学校の校舎など久しく来たことが無くてね。サッパリ見つけられないのさ」

「でしたら用件がお有りなら私が代わりに相葉さんにお伝えしておきましょうか?」

「それなら結構だよ。私の口から直接伝えないといけない案件だからね、それでは邪魔をした」


 彼は昌一郎にそう言い残し校舎の奥へと消えていき、再び捜しに戻っていく。

 まだ休憩時間が残っていた昌一郎は、気分転換に外の空気をまったりした場所で吸おうと屋上へと向かうことにした。



 電気が止まられているわけではなかった為に、校舎内の自動販売機も稼働していた。

 昌一郎はそこでコーンポタージュ缶を購入し、手で温もりを感じながら肌寒い秋の夜空が垣間見える屋上に出る。

 屋上は肌寒く、長袖シャツ一枚しか着ていなかった昌一郎は、持っていたコーンポタージュを飲んで身体の芯まで暖めた。


「そこで何をやってる!」


 温かい飲み物を飲みながら校舎の屋上から見える景色を物思いに耽っていると背後から女性の怒鳴り声が自分に向かう。

 昌一郎は突然の出来事にビクつき、後ろを振り返ると、そこには昌一郎がよく知る人物の姿があった。


「なんだ静香か……驚かさないでくれ心臓が飛び出るかと思ったぞ」

「にっしっししてやったり」


 驚きで未だに心臓の鼓動が収まらない俺を見て、ニヤニヤと楽しんでいるようにしか見えなかった。


「昌一郎君はこんな場所で何してるの?」

「何って休憩だよ休憩なにしろ昨日からまともに寝てやしないからな。休める時に休まないとな、てかなんで静香がここにいるんだ。俺的にはそっちの方が驚きなのだが」

「まさか気付かなかったの。私も仕事で来ていてちょくちょくすれ違っていたと思うんだけど、へぇ~昌一郎君は、自分の彼女の存在にも気付かないんだショックだわぁーーほんとショックよ私」

「気付かなくてごめんよ。俺もバタバタしていて忙しかったんだからさ」


 本当に忙しく、学校内は人の出入りが激しいこともあって誰がいるのかなど分かったもんじゃない。

 しかも研究機関の人間の服装はどれも似たり寄ったりで、個人の特定など出来るはずもなかった。


「ま、私も雑用ばっかりを任されて主だった調査には触れることすら許されないわ。で昌一郎君はパパとの仲は良好っ?」

「ああ扱き使われてるよ。それもこれも静香が相葉さんに交際相手として早々に紹介するからだろ」


 昌一郎と会話をしている女性は相葉静香。

 彼女は国家安全監理局特別事案対策室、室長である相葉秋の一人娘だ。

 彼女との出会いは大学生時代同じゼミを受けており昌一郎に一目惚れした静香がぐいぐい押してきて交際へと発展した経緯を持つ。

 その後国家安全管理局という職に就き仕事に勤しんでいるある日、静香に誘われ高級レストランで食事をすることなった。

 その際自分の父親として相葉さんに引き合わされた時の衝撃は今でも忘れることが出来ない思い出として心に刻まれている。


「こっちはあのあと職場で会っても気が気ではなかったんだぞ」

「まぁそれは私の可愛さに免じて許してよ」

「可愛さに免じてって。あのなぁ~」

「で、昌一郎君は結局お父さんには会ったの?」


 昌一郎の言葉をいきなり遮った。

 静香の家庭は仲が良好なこともあり、彼氏である昌一郎と彼の父親阿笠輝雄との関係が不仲であることを心配していた。


「まぁ久しぶりの連絡だったで最初は戸惑ったが、会ってみればそれなりに元気そうではあったかな」

「それはよかったね」


 阿笠輝雄は四年前に突然置き手紙も残さずに家族の前から姿を消した。

 そのことを……母に何も告げず家庭を捨てて家から出ていった自分の父親を許さずにはいられなかった。

 しかし母親は何も言わずただ自分の夫が帰ってくるその時を待ち続ける姿に、昌一郎は余計腹が立っていた。

 そして父親が出て行ってから早四年の月日が経過した先日、昌一郎の携帯に非通知で一本の電話がかかってきた。

 その電話の相手はいなくなった父親で、電話口で昌一郎は取り乱し激高して会話もままならなかった。

 ただ会話の中で、今度会う約束を取り付け頼み事を聞いてくれさえすれば何故家族のもとを離れたのか教えてくれると口約束を結んだ。

 口約束を結びはしたが、正直父親のもとへ行っていいのか分からず静香に相談していたのであった。


「だけどあいつをまだ許してはいない。なにせ話を聞いたわけじゃないしな」


 再会を約束した日、四年ぶりに見た父親は依然と変わらぬ姿だった。

 いや、少し見た目が細くシワも増えたように感じた。

 言葉を交わさずでの、荷物を父のワゴン車に乗せるだけの簡単な作業を手伝わされる作業を通して、四年前までの懐かしさを感じられた。

 それと共に父が全く気持ちの面において変化していないことを痛感させられた。

 親父ならきっと約束を果たしてくれる。

 そう信じられたからこそ、父親からの頼みで家を飛び出した理由を聞くのは後日に引き延ばした。

 だからもし昌一郎が本当の意味で父を許すとしたらそれは約束が果たされたときだ。

 父親との約束が引き延ばされた経緯を心配している静香にはキチンと説明した。


「そっ、約束果たされるといいね」


 昌一郎の想いを打ち明けられた静香は少し嬉しそうに答えた。


「ところで実は私たち国立科学研究所の末端の科学者には殆ど何を調べているのかすら知らされていないのよね」

「ハッ?」

「驚くのも無理はないよね。何故だか地質の分析や土壌に未知の細菌が付着して無いのかなどのことをさせられて、上は何か別のことをしているみたいなのよね。でもね私見ちゃったの」

「見たって何を?」

「昌一郎君のお父さんが書き記し学会から追放されるに至った例の論文・・・・を……」


 その論文は彗星が持つ未知なる物質とその物質がもたらす人的影響という名前のものだった。

 論文には名前の通りその未知の物資が可能とするある事象についてこと細かく記載されていた。

 当時学会にて阿笠輝雄博士により発表されたが空想や戯言と罵られ、阿笠博士は学会から追放されてしまう。


「おかしいのはそれを内藤所長が大事そうに持っていたこと。自分から突き放した物をだよ」


 阿笠博士の追放を主導したのが内藤所長であった。

 それまで国立科学研究所の所長であった阿笠博士は学会から追放されることがきっかけでその地位を剥奪され、代わりにその座についたのが内藤だ。


「それとこの写真」


 静香はふところから一枚の写真を取り出した。

 昌一郎はその写真を受け取り覗き込むとその写真には医療用ベッドに横たわる一人の少女がいた。


「これは?」

「わからない、ただ内藤所長が持っていた論文から抜け落ちた物がこれなの」

「で俺にこれをどうして欲しいんだ?」

「この写真の子について内密に調べて欲しい。実は国立科学研究所がこの子を施設に監禁している可能性があるの」

「なに、馬鹿げたこと言ってるんだ。監禁なんて、国立科学研究所がか?」

「そんなこと私にも分かっているわよ。ただ一台の救急車が国立科学研究所の施設内に搬送されたっていう噂が流れているの、それに今は施設内に一部の職員しか入れないように制限が成されている。怪しさ満点でしょ」


 静香が言うように確かに怪しい点がいくつもあるように思えた。そして静香の話と同僚である柿の話が重なる部分がある。


「ああ分かった。こっちの方でも調べてみる」

「あとパパにもこのことは内緒だから。気を付けて誰が敵で味方か分からないからね」

「敵って……」

「そんくらいの気概であたらないと、危険な気がするの……」


 言いたいことを言い終え最後に忠告し静香は昌一郎に別れを告げると屋上から下に降りる階段を降っていった。

 もう一度静香から手渡された写真を確かめる。

 その写真に写る少女をどこかで見たように感じ記憶を遡るがあとちょっとのところまで来ているものの、写真の顔はマスクを被りまともには見れないため、はっきりとは思い出すことが出来なかった。

 ふと時計を確認すると休憩時間が終わる時刻まで僅かしか残っておらず、昌一郎も現場に戻るため屋上の扉を開けると誰かの話し声が下の階から聞こえてくる。


※※※


「では被検体を捉えた例の写真が消えたのだな!?」

「ああ済まない、君にみせようと一枚だけ現像したのだが持ってくる際中にどうやら落としてしまったみたいだ」


 激しく声を荒らげている相葉秋と一方的に怒られている男が、先程廊下ですれ違った国立科学研究所の所長である内藤修二だと昌一郎は耳を澄ませて密かに聞けば声で分かった。


「だがあの写真だけで全てを把握できる者など居るわけがないはず……。それで彼女の具合はどうだ意識は回復したか?」

「それが未だ目を覚ます気配すらみせない。そのせいで研究は停滞しつつあることは否めない。だが逆に考えれば彼女さえ目を覚ませば我々の悲願達成へと大きく進むことは間違いない」


 相葉さんと内藤所長の会話を盗聴していてやはり何かを隠していることが明白となる。


「おいおい静香と柿の予想がズバリ的中したのかよ」


 ボソッとすぐ下の階にいる二人には気づかれないよう呟く。

 そしてまだ下の二人の会話は終わってないようで再び耳を傾ける。


「それと少女の持ち物から名前が特定したから知らせておく、その少女の名前はおそらく高校二年生だろう」

「白石亜香里???まさかと思うが内藤所長、の世界に二人招かれた可能性はあるか?」


 こちら側の世界?

 二人の会話に最後の方は付いていけなかったが聞き捨てることが出来ない人物の名が取り上げられたことに衝撃を受けた。


「この写真の少女があの白石亜香里ってことなのか」


 他に何か洩らすかもと聞耳をたてるが、写真に気を取られている内に声はしなくなっていた。

 恐る恐る下の階に降りたが誰もいない。 

 だが静香の「上は何か別のことをしている」、柿の「五台の救急車を見た」、そしてなにより屠られた論文。

 散りばめられたピースが繋がり、一つの答えを組み上げた。


「まさか……だから親父は………………」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る