第10話 他者の視点

十月十五日土曜日 午後八時過ぎ


 国家安全管理局で働き国家公務員でもある昌一郎は、誰も居ないフロアで一人寂しく黙々と事務作業に勤めていた。

 そんな時一本の内線がフロアに鳴り響き他に誰も居なかったので、昌一郎が電話の受話器を取った。

 

「はい、国家安全監理局特別事案対策室」

「緊急事態措置宣言を発令」


 電話の向こうから、緊急時のサインコールが伝えられ用件が伝えられた。

 緊急を要する報告を受けとると、席を外していた直属の上司である相葉秋に電話をすぐさま連絡を入れる。


「相葉さん、俺です阿笠昌一郎です。実は緊急にお知らせしたい案件が発生。」

 

 こうして相葉さんに電話が繋がると受け取った内容を寸分違わずに報告をした。

 彼らの活動内容は、人災や天災のなかでも稀まれなもの特別警戒に値するものの報せが寄せられその対応を行う。

 そとそも国家安全監理局は、緊急災害時全ての省庁へ命令権を持ち一刻も早い事態の沈静化を目的として創設された特別な政府機関であった。

 報告を終えると相葉さんは現地に直行すると言われ、代わりに関係各省庁・機関への連絡などを行うように指示を受けた。

 それら雑務をし終えて彗星の一部が落ちた現場へと駆けつけるとどこかで情報を聞きつけたのかテレビ局のクルーや野次馬の群れで溢れかえっていた。


「すいません通して下さい」


 昌一郎はそんな人混みの集団を無理やりかき分けながら押し進んでいく。

 半分ほど人混みを掻き分けたところで、その先に知った顔を見つけた。

 だがこの場は仕事を優先すべきと無視するべきなのだが、その人の顔がどうにも好奇心でこの場に居る他の野次馬達とは異なり険しい表情を浮かべていたために歩みを止めてしまった。


「美佐さんこんなところで何してるんですか?」


 その人の正体は本堂美佐、彼女とは四年前に出会いそしてあの悲惨な事故が起こった後毎年白石家の命日には墓参りで度々顔を会わせていた。


「昌一郎さん、実は息子が……あきらがこの中に居る筈なんです」


 俺は取り乱していて、焦燥しきった美佐さんの態度は嘘をついているようには思えない。

 昌一郎は慎重に言葉を選んで事情を聞く。

 すると、あきらくんが同じ部活の友達と共に災害現場となった目の前の高校で彗星観察をしていたとの話を受ける。

 また何度電話しても繋がらない旨も一緒に教えてもらった。


「それは本当なんですね?」

「はい」

「わかりました。僕について来て下さい」


 そこからははぐれないように美佐さんの手を握るように促す。

 そして握られた美佐さんの手はとても震えていたが、生半可に大丈夫とは言えず、心の中で少年の生存を祈るしか手立ては無かった。

 なんとか人混みを抜けた先には侵入防止の為に警備についている人が複数いる。


「私は国家安全管理局所属の阿笠昌一郎だ中に入らせてくれ」


 昌一郎は、胸ポケットから身分を証明する管理局のIDを取り出し警備員に提示する。

 警備の男はそのIDを念入りにチェックを行い、無事確認を終えると中へ入る許可を与えた。


「おい!そこの女性は通すな関係者じゃないだろ。中に入れてはならない規則だ」

「この方はこの学校で災害に巻き込まれた犠牲者の家族だ。中に入る権利がある」


 中の状況がどうなっているのか分からないなかでの賭けにも等しい言葉だった。

 犠牲者がいなかったら俺は単なるホラ吹き野郎だろうなという考えを浮かべるが、思いとは裏腹にすんなり美佐さんも中へ入る許可が下りた。

 だがそれが余計に不安をかき立てる。

 まさか本当にあきらくんが中に……。

 校門を入って先には多くの研究者や国家安全管理局の職員が現地調査をしていて、災害発生から余り時間は経過していないにも関わらず既に彗星の一部が墜落した場所をドーム型の布で覆うようにして外部から完全にシャットダウンしている。

 そして俺は来る前に相葉さんから送られていたメールにあったテントの中に入る。


「遅くなってすいません。阿笠昌一郎ただいま到着しました」

「おお、お疲れ。んっ阿笠そちらのご婦人は?」

「こちらの方は本堂美佐さんと申しまして」

「息子は無事なんですか?」


 突如美佐さんが昌一郎の言葉を遮り激しい剣幕で相葉さんに詰め寄る。


「お、落ち着いて下さい。あきら君は無事に病院へと運ばれました。尚他のご学友の方々も今のところは目立った外傷はないそうです」

「良かったぁ~~」


 美佐さんは相葉さんの言葉に安堵し緊張が解ほどけたのか床に座り込む。


「こちらがあきら君が入院している病院です。それとよかったら私の部下に病院まで送らせましょうか」


 相葉さんの提案を呑んで美佐さんは、俺ではない管理局の人とテントの外へと出て行きどこか晴れやかな面持ちだ。


「でもあの人がよく本堂あきらの母親でと気づきましたね」

「いやな、校庭付近に倒れていた少年らがいて、所持品から素性も特定出来た。そこから調べて自宅に連絡を入れたが、唯一本堂家とだけは連絡が取れなかったからもしかして先んじてこの付近に来ているのでないかと憶測を立てていたら、お前が一緒に連れてきたって訳だ」

「なるほど、そういう訳ですか」

「しかし良く見つけてくれた。疑問に思ったが二人は面識が?」

「ええ多少なりとは……」

「ならば君には頼みたいことがある」




十月十六日日曜日 午後十二時 


 一台の何の変哲もない車が閑散としている病院の地下駐車場の中に入り車を停めた。

 彗星落下に巻き込まれ入院している四名に入院に至った経緯を説明し、当時の状況を把握するためだ。

 彗星が落ちた震源地にいて、巻き込まれた高校生。

 報道関係者からしてみれば、絶好の取材対象だがそこは国家安全監理局のもとで情報統制が行われ、高校生四人が被害を受け病院に入院している事実を揉み消した為に誰も寄り付こうともしない。


「しかしよぉーなんで俺まで行くことになってるんだよ。もとはお前一人のはずだろ昌一郎」


 助手席に座る同僚の柿大地が愚痴を洩らしながら、リクライニングしていた椅子を元の状態に戻す。

 同僚と言っても三つほど昌一郎よりも歳上なのだが柿はそのくらいの歳の差は気にせず気軽に呼べと言っていたので二人っきりの時だけは、お互いにタメ口で語りあっている。


「だからなんども説明しただろ犠牲者の一人とは個人的に知り合いだからあんまり仕事を通じては接触したくはないって」

「へいへいわかぁーりました。だが他の三人の方はちゃんとやれよ」

「もちろんやるに決まってるだろ」

「と言っても、俺が担当する少年はまだ目を覚ましてないそうだってな」


 昨日美佐さんと別れた後、相葉さんから管理局でも若く高校生と接しやすいとの観点から被害者四名との接触コンタクトを任せられたのだ。


「らしいな大丈夫かなあきらくん……」


 被害にあった四人の内、既に三名は午前中に覚醒し今回起きたことについて簡単なことは医者の方から教えてあるそうだ。


「だが昌一郎今回の件少し妙だと思わんか」

「妙ってどこがだよ。これといって可笑しなところがあったか?」

「初期対応が如何せん速すぎる」


 その点については確かに昌一郎も言われてみれば確かにその通りだと納得させられた。

 なにしろ未知の細菌が地球に舞い降りる危険性を考慮し、拡大を防ぐ用途で校庭を覆う白いドーム型の布が設置されていたが関係各省庁への連絡を済ませ現場に到着したのは一報を受けてから僅か二時間足らずだった。

 にも関わらず、既に防菌対策が完璧に為されていた。

 ここまで迅速に対応できたことに少しの疑念も湧かないとは嘘になる。


「それと実はもう一つ気になってるのだがお前から電話をもらった時、現場近くに偶然いたんだが確かあの時俺は救急車が五台・・道路を走っていくのを目撃した」

「見間違えたんじゃないのか。現に病院に運ばれたのは今日面会予定の四人だけで他には誰もいない」

「本当に見間違いだったのか。俺にはその答えが分からず仕舞いでこう胸のこの辺りがモヤモヤしてるんだよ」


 柿は、胸部の少し下辺りを押さえ訴えた。


「それよりほらっ行くぞ」


 考え込み助手席から一歩も動こうとしない柿を昌一郎は無理矢理車外へと引っ張り出し、病院の中に入った。

 



同日 午後一時五分


「ではこれで質問はお仕舞いです。貝塚恭子さん、協力感謝します」


 昌一郎は幾つかの質問を終えて被害者三人目である貝塚恭子の病室から退出して外で待機していた柿と合流する。


「これであと一人あきら君だけだな」


 病院側の話から未だに本堂あきらだけが目を覚ましていないことを知らされていた為、昌一郎は個人的に彼のことを心配していた。


「そのあきら君だがちょっと前に目を覚ましたらしいぞ」

「ほっほんとうか!」

「ああ、まぁ約束通り俺が言ってくるから昌一郎は休んでいていいぞ」


 そう言って柿はあきら君が入院している病室へと向かう姿だけがチラつく。

 俺はあきら君の病室の前で待つしかなく、しばらくして美佐さんと妹の唯ちゃんだけが病室から出てきてその中に柿は居ない。

 彼の口から事の顛末を伝えられているころだろう。

 そんな正直些細なことよりも、あきらくんが目を覚ましたことを素直に喜ぶ。


「確認したいのですが白石亜香里・・・・・って名前に心当たりはありますか?」


 病室を飛び出た柿の表情は慌てて鬼気迫ると言った様子で、病室の外で待機していた美佐さんに詰め寄る。

 

「おい、柿何故お前がその名を知っている…?」


 今、俺は驚きを隠せないでいた。

 なにしろその名を柿は知らない筈、その言葉が意味することものがなんなのか全く理解できず俺は混乱する。


「何故って彼が災害現場にはもう一人、白石亜香里という女の子がいたと証言したからだが?」

「そんなわけないだろっ」

「おいおい、そんな風にキレんなよ俺は聞いたことを確認しただけなんだが。それとも何か、女の子がどうかしたのか?」

「あとで話す。今は何も言わずに本堂家の方々に付き添う形だけにしてくれ」


 柿は昌一郎の言葉に違和感を持ったに違いないが、今はなりふり構ってはいられないと昌一郎は判断し沈黙を促す。

 そして自分の発言を聞いた本堂美佐の今にも崩れてしまいそうな姿と、昌一郎の態度の急変を前に今は追求を避けることにした。


「分かった。ただし落ち着いたらしっかりと説明しろよ」

「ああ」


 昌一郎が柿に進言したあと、美佐と昌一郎、そして担当医の三人を交えて何か相談しているのを、疎外感に冴えまれながら柿は黙って待つ。

 ようやく話が纏まったのか、美佐が最初に部屋の中に入っていき、担当医、柿の順番で続くようにして後を追う。

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