第6話  導く手がかり

同日 午後二時


 約束の時間、俺は恭子ちゃんの家に来たのだが……。

 結果は変わらなかった。


「どうしてお前らまで亜香里のことを忘れているんだ!いや忘れられるんだよ」

「忘れるも何もその白石って誰だあきら?」


 亜香里のことを聞いても全く覚えていないどころか、知りもしないといった様子に苛立つ。

 どうして誰も覚えていないんだ。

 これまでに溜まった鬱憤を晴らすように怒りをぶつける。それでも態度は変わらなかった。


「お前、本当にそう言っているのか……」


 友に裏切られ愕然と肩を落とす。


「おいっ、どこに行く?」

「ついてこないでくれ。俺一人で亜香里を探し出してやる!」


 もうこれは意地だ。

 誰も何も覚えていないと言うのなら俺一人の力を頼るまで。

 必ず見つけてやる亜香里。

 俺は決意を新たに俺は外に出ていく。その様子を見守る影に俺が気づくなど到底なく、残された二人はお互いに顔を見合わせる。


「本当にあれでよかったの?あきら苦しそうで見てられないよ……」

「だよな行こう」


 恭子は自分が吐いた嘘に耐えられず胸が苦しくなる。それは権兵衛も同様。

 あきらの母親からお願いされたこととはいえ彼が苦しい思いをしているのならば、助けるのが友達のすること。

 なによりあきらのあの失望した眼差しを向けられれば、美佐さんの頼み事を否定し自分の意志を貫く覚悟が決まる。


「うん行こう権ちゃん」


※※※


 二人と別れ、なんでもいいから亜香里がこの世に実在したという手がかりが欲しくて俺は一人大宮高校へと向かう。

 昨夜テレビで報じられていた道路いっぱいに溢れ返る野次馬の数は、半数以下にまで激減し俺が予想していたよりも少なかった。

 とはいえまだこれだけの人数がいるのか。

 どんだけ暇人なんだよと飽きれツッコミをかますのはひとまず置いておき考える。

 実際に学校の敷地内に入ることは当然許されないだろうから強行突破するのなら、敷地を囲む高い塀を乗り越える選択肢もあり得るがそんなことすればすぐに人に見つかり捕まるのがオチなので却下。

 もしくは塀の存在しない学校に隣接する竹林からならと思えど、警備が手厚く見張っており野次馬が減るのは必然とも言えた。

 ただ何故だろう。竹林側の警備は異様なまでに警戒しており、その光景には不気味さすら感じる程だった。

 何か策はないか必死に探るの妙案は浮かばず周囲を散会しながら考え事をすれば、そこで俺は思いもしない人物と遭遇することとなる。


「あら、あきら君久しぶりね貴方こんなところで何しているのよ」

「由美子さんお久しぶりです。実は学校の中に入りたくてここにいるのですがやっぱりそう簡単に中に入れてくれなくて……」

「学校内はまだ危険なんだから入ろうとしないの。危ないでしょ」

「はぁ、でもどうしても入らないといけない理由があるんです」

「ふぅ~ん分かったわ。でも今は駄目今度にしなさい。そうだあきら君時間ある?」

「はい一応あります」

「なら良かった。貴方に幾つか聞きたいことがあったのよ。特に関連でね」


 手立てのない状況に次の行動が思いつかず、久々に直接こうして会話をした由美子さんの提案に乗ることにした。

 しかし恭子ちゃんと何かしたっけ俺。

 記憶を遡るも一考に答えは出ずとも、取り敢えずは由美子さんについていくことにする。


「なら良かった私についてきなさい」


 由美子さんは娘である恭子ちゃんと同じ顔立ちをしており、四十代のはずなのは恭子ちゃんから聞かされていたが凄く若々しく見えてしまう。もしも恭子ちゃんの紹介が無かったら、彼女の姉だと言われても納得してしまう若々しい美貌さを兼ね備え、その上頭脳明晰で由美子さんは俺が最も凄いと思う身近にいる大人の女性であった。

 そんな由美子さんが今加茂公園のベンチで愚痴を言う姿を見て、この人でもこんな風に意外な一面を持ったりするのだと痛感させられる。


「それで言ってやったのよ。ここは私の学校なのだから校舎の確認がしたいって。でも安全上立ち入りを禁止するとの一点張りで許されなかったわもう少し融通しなさいよって」


 どうやらあの場で由美子さんと遭遇したのは偶然ではなく、俺と同じく学校の中に入りたい思想があり出会うのは必然だったようだ。


「由美子さんでも駄目なら、俺なんて絶対に入るのは無理ってことじゃないですか」

「そうだあきら君は学校にどんな用があったのかしら」

「まぁ調べたいことが一つあったので。でもあの状況見る限り駄目っぽいっすね」

「そうね理事長の私すら閉め出すとは彼らも酷いわ。ところで話は全然変わるけど確かあきら君はこの公園で恭子と初めてあったのよね?」

「そうですね。懐かしい思い出です」


 家から最も近い場所に加茂公園は、位置していたためよく小さい頃は亜香里と二人でこの公園によく遊びに来ていた。

 そこで恭子ちゃんと初めて知り合った。


「恭子が毎日公園で遊んでは泥だらけでかえって来たことを今でも良く覚えているわ。本当にありがとうあの頃はこっちに引っ越してきて間もなかったこともあって、恭子には友達もいなくてきっと辛い思いをさせたと思うの。だから恭子が初めて泥だらけで帰って来た日は嬉しかったわ」

「そうだったんですかでも恭子ちゃんとの仲を深めるきっかけになったのは亜香里の一言だったんですよ。あいつが砂場で寂しそうに遊んでいる恭子ちゃんを見つけて声を掛けたのが最初です」


 今この場で亜香里の話をしても皆と同じ反応を取ることは間違いないと思いもう少し言葉を選んで発言するべきだったと激しく後悔した。

 じゃないと傷つくのは俺自身なのだから。

 俺が予想していた亜香里のことを尋ねて知らないと言わせた皆の反応とは違い悲しげな表情をする。


「確かに亜香里ちゃんのおかげで友達も出きたと恭子もその様なことを言っていたわ。だから残念だったわ……」


 何かを語るその目は虚ろな瞬きをみせた。

 この言葉を聞いたとき由美子さんが悲しげな表情をした理由が、何か亜香里に起因するものだと明確に悟る。

 同時にそれは恐らく由美子さんは、亜香里のことをなにかしら知っているということ。


「由美子さんは亜香里が今どこにいるのか知っているんですよね。教えて下さい」


 その問いに由美子さんはきょとんとした態度を見せこちらの問いの意味を余り理解していないように感じた。


「知っているもなにも彼女はもう死んでこの世にはいないことぐらい、貴方が一番理解しているはずよ」


 由美子さんの言葉をすぐに受け止めることは不可能に近く頭をフル回転させる。

 亜香里が死んでいる…………?

 死んだとの事実を受け止められずにいると、俺の頭の中で思い起こされるのは亜香里との一昨日まで一緒に過ごした何気ない日常の思い出の日々ばかりだ。


「亜香里が死んだって、そんなこと」


 亜香里が死んだその一言を口にすることで、言葉は意味を持ち己の心に余計な重みを増す。


「ええもう亜香里ちゃんが事故で亡くなって四年に…………。ごめんなさい貴方にとっては思い出したくはないわよね。あっもうこんな時間私そろそろ行くわね」


 慌てるようにして腕時計に一度目を運び、時間を確認するとベンチから立ち上がる。

 亜香里を知る唯一の手がかりである由美子さんから、話を聞くために右手をがっしりと掴み逃げられないようにした。


「亜香里に、亜香里に何があったのか教えて下さい由美子さん!」


 俺の周りの誰もが知らないと言った亜香里の存在を唯一知っていると思われる由美子さんを激しく問い詰める。激昂する俺に由美子さんは、戸惑うばかりで答えを与えてはくれない。

 それが俺を余計にイライラさせた。


「ちょどうしたのよ一体?」

「もおぉー止めてあきらっ!」


 聞き慣れた女性の叫びが公園の入り口の方からする。その声にふと我に戻った。

 由美子さんから目を離し、声のした方角へと振り向けば、そこには先ほど喧嘩別れの形で俺が去った権ちゃんと恭子ちゃんの姿があった。二人は息切れしよく見れば汗もかいている。


「おいあきら諦めろ亜香里はこの世に居ない。今のお前を見ているとこっちが苦しくなる………いいかよく聞け」


 権ちゃんが意味深に顔をした向けた後、言おうとして台詞を察してしまい何も言うなと言いたくなる。


「あきら、亜香里はもうこの世に居ない死んだんだ」

「嘘をつくな!さっきは知らないと言いながら今度は死んだだぁー?亜香里は昨日皆と一緒に彗星を観察していたじゃないか!つくのならもっとマシな嘘でもつくんだな」

「権ちゃんの話は嘘じゃないよ。いいから私達の話を聞いてあきらお願い」


 訴えかける恭子ちゃんの瞳からは大粒の涙がぽたぽたと地面に落ちて弾け飛ぶ。

 その涙を目にし俺の怒りがすぅーと引いて取り敢えずは二人の話を聞くことにした。こんなに恭子ちゃんが泣く姿は初めてだ。


「あきらお前に嘘をついたことは謝る。だが嘘をついたのはお前の心を守る為だった」

「俺の心を守るって何からだよ」

「過去の苦しみからだ。それと誤解の無いように言っておくが悪いのは俺と美佐さんだけ、恭子ちゃんは何も悪くない。寧ろ事実を告げるべきだとさえ言ってくれた」

「母さんも関わっているだと」

「関わっていると言うよりも、お前に亜香里のことを一切喋らないで欲しいと美佐さんに頼まれたんだ」


 突然母さんの名が出てきて驚く。

 確かに母さんも何か隠しているとは疑っていたが、まさか権ちゃんたちに口止めしていたとは予想もしなかった。

 

「驚くのも無理はないけどあの時彗星を観察して居たのは私達四人だけだった。それは嘘じゃない紛れもない事実よ」


 恭子ちゃんの迫真の言葉は嘘をついているように微塵も感じ得なかった。

 だから余計混乱する。


「ちょっと頭が追いつけない」


 俺と恭子ちゃんが話している隙に権ちゃんは携帯電話を開き誰かに電話をかけていた。


「もしもし安藤です。実は口止めされていた件なんですが、あの状態の彼を見ていてついあきらに話してしまいました」


 電話の内容から察するに相手は母さんでまず間違いはなさそうだった。


「はい、分かりました。では今からあきらを連れて恭子ちゃんとそちらのお宅にお邪魔します失礼しました」


 電話を切った権ちゃんは俺のもとに近寄ると一言「ついてこい」とだけ言って足早に歩き出す。

 俺はそんな権ちゃんの後ろ姿にただついていくだけに留まりこの時間は聞き出そうとは思わなかった。

 そして自宅に戻るまで一緒についてきた恭子ちゃんとも会話を一切せずに黙ったまま、三人の間に溝があった状態で移動していく。



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