7 『彼女が生まれ変わった理由』

 圭太さんと別れ、お洒落なカフェから出る。

 私は顔が緩むのを堪えながら黙々と歩き、まっすぐ家に帰って来た。

 本当は圭太さんに送って貰いたかったけれど、あれ以上は一緒にいることができなかった。

 喜びを我慢できずにやりとしてしまったり、叫び出したりしてしまいそうだった。


「ただいま」


 家族はみんな出かけているようで、家の中は静かだった。

 階段を駆け上り、自分の部屋に入ると、すぐさまベッドにダイブした。

 メイクも服も崩れてしまうかもしれないが、今日はもう圭太さんと会うことはないからかまわない。


「…………」


 うつ伏せのまま、今日の出来事を思い返す。

 やっと……やっと念願が叶った。

 とうとう彼が私に声をかけてくれた!

 今まで何度、彼の前を通っただろう。

 ようやく私は、彼の目に留まるレベルまで可愛くなれたのだ。


「やったあ……」


 嬉しくて足をバタバタしてしまった。


「でも……私、なんであんなこと言っちゃったんだろう!」


『他の女の子に目がいかないくらい、私がもっと可愛くなります!』


 彼は私に声をかけてくれたけれど、話をすると気に入って貰えなかったのか、連絡先を教えて貰えなかった。

 今回だけで終わってしまうなんて悲しい。

 だから、これからも会って貰えるように焦った結果、あんなことを口走ってしまった。


「私のことだけ見て、って言ってるのと同じよね。もう、『好き』って告白してちゃっているようなものじゃない!」


 今度は恥ずかしくなって足をバタバタした。

 顔から火が出そうだが、もう言ってしまったのでなかったことにはできない。

 彼の目に留まるように頑張って来た、今まで通りにがんばるだけだ。

 恋心を自覚して、「私は生まれ変わるんだ!」と決意した、あの時の気持ちを再び思い出した。


 私が彼を好きになったきっかけ。

 それは――。




「私、大きくなったらお姫様になりたい」


 幼稚園児の頃、私は自分が持っていた絵本の中のお姫様に憧れていた。

 綺麗なドレスを着て、素敵なアクセサリーをつけて、キラキラと輝いているお姫様。

 子供なりに無謀な夢だということは分かっていたが、それでも可愛いものが大好きだったし、可愛くなりたかった。

 お気に入りの服を着て、「可愛い」と言われると嬉しかった。

 でも……。


「ねえねえ。みづきちゃんってさ。自分のことばかり見てるね」

「…………え?」


 髪につけて貰った新しいリボンを、鏡で見てた私にそう聞いてきたのは、友達が多い人気者の女の子だった。

 男の子とも仲がよく、クラスのリーダーのような子だ。

 自分のことばかり見ている?

 どうしてそんなことを言ってきたのだろう。

 何を言えばいいか分からず、きょとんとしている私を見て、他の女の子も話しかけてきた。


「みづきちゃんみたいな子のこと、『ぶりっこ』とか、『あざとい』って言うんだよ。テレビで見たー」

「知ってる! わたしも見たよ。ママがあんまり好きじゃない、って言ってた」

「!」


 そんな話をしながら、彼女たちはクスクスと笑っていた。

 私は何がおかしいのか分からなかったけれど、ショックを受けた。

 とても悲しかった。


 それからはお洒落をするのが怖くなってしまった。

 可愛い髪形にすることも恥ずかしくて、前髪を伸ばして顔も隠すようになった。


 とにかく、自分が可愛いものを身に着けていると、またクスクス笑われてしまうかもしれないという恐怖に襲われる。

 好きだったパステルカラーのものは買わず、服も暗い色のシンプルなものを選ぶようになった。

 目立たない格好をしていると安心できた。


 それでも……『お洒落』も『可愛いもの』も、嫌いになることはなかった。

 むしろ好きな気持ちは増すばかりで、将来はファッションに携わる仕事をしたいと思うようになった。

 でも、同じ夢を抱くのは、きっとお洒落な人たちばかりだろう。

 私のような地味な奴が、そういった専門の学校に行ったら笑われるかも……。

 そう思うと、望む進路に一歩踏み出すことはできなかった。


「職業にできなくても……趣味でいいかな」


 今はネット社会だし、私自身が姿を見せなくても、作ったものを人に見て貰ったりすることはできるだろう。

 趣味にするとしても、ちゃんとした知識が欲しいので、私は図書館で勉強することにした。


 図書館でも人の目が気になり、こそこそと動いた。

 私のような見た目の子がファッションの勉強をしているところを見たら、また笑われるかもしれないから。

 目当ての本を見つけると、穴場になっている通路わきのソファを目指すのがいつもの流れだった。

 あそこなら、人に見つからずゆっくりと本を読むことができる。


 そんな毎日を送っていたある日。


「あ……」


 派手な金髪、流行の服――。

 私の定位置となってたソファに、図書館に来る人の中では珍しい風貌の先客がいた。

 どう見ても私の苦手なタイプの人だ。……最悪だ。

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