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「だめ……ですか?」
「行きます」
あれ? どうした、オレの口。
今は陽キャオートが入っていないと思うのだが、入っていたのか?
オレのような男から美少女を逃がしてあげるなら、断らないとだめだろう!
でも……こんな美少女に悲しい顔をされて、断れる奴がいるだろうか!
絶対にいないと思う! オレには無理だった!
「よかった……」
「!」
安心したように、ふわりと微笑む顔が眩しい。
可愛い過ぎて、キラキラと輝いて見える。
「た、楽しみだなあ! 楽しみ過ぎて、今日は夜しか寝れないなあ! ……あ。夜、寝るんだったら普通じゃん! って突っ込んでね?」
「?」
早くなった心臓の音を誤魔化すため、へらへらと笑った。
すごくつまらないことを言ってしまったが、話がスベるのは慣れているので大丈夫だ。
それから主にオレが喋って、彼女と他愛のない会話を続けた。
緊張していたのか、正直どんなことを話したかよく覚えていない。
しばらくすると、彼女は帰宅する時間だと伝えてきた。
「それでは、明日に備えて今日はもう帰ります」
まだ、夕方にもなっていないし、もっと一緒にいたかったが仕方ない。
「そっか。残念! 送っていくよ」
「ありがとうございます。でも、少し用事もありますので……。あの、強引にお誘いしてしまいましたが、無理にとは言いません。明日……来てくれたら嬉しいですっ」
「!」
そう言うと、彼女は手帳から抜いた紙に何かを書いた。
それをテーブルに置くと、オレを見ることなく足早に去っていった。
俯いて顔を隠していたようだったが、座っているオレからは、真っ赤に染まった顔や耳が丸見えだった。
オレはナンパモブだぞ?
どうせヒロインとくっついて幸せになる未来なんてない。
分かっているのに、あんな顔をされたら惚れてしまいそうだ。
「最初から最後まで怖いくらい可愛かったな」
綺麗な黒髪が揺れる後ろ姿を見送ったあと、テーブルに置かれた紙を手に取った。
紙には彼女らしい綺麗な字で『吉野美月』と書かれていた。
そして連絡先と、明日の待ち合わせについて記されていた。
「そういえば、名前を聞いてなかった……!」
普段のオレにはあり得ない失態だ。
やはり緊張していたようだ。
緊張というより、浮かれてしまっていたのかもしれない。
「美月ちゃんか。似合うな」
確かに美しい月、という感じだった。
そんな月の女神、ヒロインと明日はデート……。
「ナンパモブがヒロインとデートだなんて、何かがおかしい」と思いつつも、浮かれてしまうのは仕方がない。
「何ニヤニヤしてんだよ。どうせエロいこと考えてるんだろ」
「?」
彼女が座っていた場所にドサッと誰かが座った。
端の席からこちらを盗み見ていた不審者の親友だ。
「やだ、さっきからずっとこっちを見てた人だわ! イケメンなのにストーカーとか可哀想~」
いつもは迅が女の子を独占する勝者だが、今日の勝者は俺だ。
心に余裕を持って対応できる。
ニヤニヤするオレを見て、迅はイケメンフェイスを歪ませた。
「何キャラだよ。気持ち悪いからやめろ。お前、一人でイイ思いしてどういうつもりだ?」
「ごめんごめん」
ルールを破ったし、一人置いてきたことは申し訳ない。
「でもさ、たまにはいいだろ? いつもお前の方が得してるんだからさ。それに、お前のタイプはギャルだろ」
「あれだけ可愛いと、好きなタイプなんて些細なことは気にならない」
「へえ? ギャルじゃなくてもいいんだあ?」
「!」
突然女の子の声が割り込んできて驚いた。
そして、断りを入れることもなく、オレの隣に腰を下ろしたのは見慣れた人物だった。
「おう、なずなじゃん! ちわー!」
オレには手で挨拶を返し、迅には鋭い視線を向けている女の子――なずなは、以前オレ達がナンパした子だ。
何度か遊ぶようになり、今ではすっかり仲がいい友達だ。
美月ちゃんとはタイプが違うが、なずなも整った容姿の美少女で……迅の元カノである。
「なぜオレの隣に座った。迅の横に行けよ。かつて愛し合った仲だろう?」
「余計なこと言わないの」
オレの横っ腹に一撃を入れてきたなずなは、少し前まで派手なメイク、ファッションのギャルだった。
でも今はカジュアルというか、ショートカットのボーイッシュ系美少女だ。
オレは今の方が好きだが、ギャル好きの迅とは、この容姿の変化が原因で別れたと聞いている。
だから、「ギャルじゃなくてあれほど可愛ければOK」という、先ほどの迅の発言は問題有りだ。
「あー……俺、用事があったんだ。じゃあな!」
なずなの圧を受け、迅は逃げるように去って行った。
おかげで迅の恨みがましい抗議を受けずに済んだが……。
「圭さあ。さっきまでいた女の子のことだけど……ああいう真面目そうな子に声かけるのはやめなよ。質悪いよ?」
「お前も見てたのかよ」
迅の抗議は免れたが、まさかのなずなの説教が始まった。
「いや、まー……。あっ」
遊びで声をかけたわけではないが、確かにオレと彼女では釣り合わないよなあ、と頷いていると、手に持っていた美月ちゃんが書き残していった紙を奪われた。
書かれた内容を見たなずなが顔を顰める。
「…………。あの子とデートするの?」
「そりゃあ行くでしょ。あー……オレ、髪を黒く染めようかなあ」
好青年になるのは生まれ変わらないと無理だが、せめてチャラいところを抑えて行きたい。
少しでも彼女が一緒にいて恥ずかしくない相手になりたい。
「…………は? それ、マジで言ってる? あんた、そんな奴だったの?」
「?」
隣を見ると、なぜかなずなから黒いオーラが放たれていた。
「な、なんで怒ってるんだよ」
「見た目なんて気にしない、自分らしくいるのが一番ってあんたが言ったことでしょ!」
「え? いや、まー……それはそうなんだけどさ?」
オレは以前、ギャルからイメージチェンジをしたいなずなから相談を受けた。
周囲の友達がギャルだから、自分もそれに合わせた格好をしているけれど、それが嫌になってきた。
でも、ギャルじゃなかったら仲間に入れてくれない、友達をなくすかもしれない、と……。
その時にオレが、「くだらないことは気にしないで自分らしくいろ」と言ったのだ。
まあ、そんなかっこいい言葉は後付けで、「女友達がいなくなったら、オレが性転換して圭子ちゃんになって一緒にいてやるよ」とか、そんなことばかり言ったと思う。
「まあ、すごく可愛い子だったけど……。あの子のこと、マジになったの?」
「そういうわけじゃない、と思うけど……?」
今まで生きてきて、出会った中で一番可愛い子だとは思うけれど、本気で惚れたかというとそうではない。
……現時点では。
「あんたみたいなチャラいのが、相手にされるわけないじゃん。馬鹿じゃないの」
オレも同意するが、人に言われると悔しい。
「そんなの分からないだろ。こうやってお誘いを受けてるくらいだしさ!」
紙を取り返し、得意げに笑って見せた。
するとなずなは顔を顰めてムッとした。
「あんたは頭が派手だから認識されるの! あんたの黒髪とかダサいから! 絶対やめなさいよね!」
そう言うと、なずなは去って行った。
人のことを罵って去るなんてひどい。
それに頭が派手だから認識されるって……。
確かにオレはナンパモブだけどさ!
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