6

「だめ……ですか?」

「行きます」


 あれ? どうした、オレの口。

 今は陽キャオートが入っていないと思うのだが、入っていたのか?

 オレのような男から美少女を逃がしてあげるなら、断らないとだめだろう!


 でも……こんな美少女に悲しい顔をされて、断れる奴がいるだろうか!

 絶対にいないと思う! オレには無理だった!


「よかった……」

「!」


 安心したように、ふわりと微笑む顔が眩しい。

 可愛い過ぎて、キラキラと輝いて見える。


「た、楽しみだなあ! 楽しみ過ぎて、今日は夜しか寝れないなあ! ……あ。夜、寝るんだったら普通じゃん! って突っ込んでね?」

「?」


 早くなった心臓の音を誤魔化すため、へらへらと笑った。

 すごくつまらないことを言ってしまったが、話がスベるのは慣れているので大丈夫だ。




 それから主にオレが喋って、彼女と他愛のない会話を続けた。

 緊張していたのか、正直どんなことを話したかよく覚えていない。


 しばらくすると、彼女は帰宅する時間だと伝えてきた。


「それでは、明日に備えて今日はもう帰ります」


 まだ、夕方にもなっていないし、もっと一緒にいたかったが仕方ない。


「そっか。残念! 送っていくよ」

「ありがとうございます。でも、少し用事もありますので……。あの、強引にお誘いしてしまいましたが、無理にとは言いません。明日……来てくれたら嬉しいですっ」

「!」


 そう言うと、彼女は手帳から抜いた紙に何かを書いた。

 それをテーブルに置くと、オレを見ることなく足早に去っていった。

 俯いて顔を隠していたようだったが、座っているオレからは、真っ赤に染まった顔や耳が丸見えだった。


 オレはナンパモブだぞ?

 どうせヒロインとくっついて幸せになる未来なんてない。

 分かっているのに、あんな顔をされたら惚れてしまいそうだ。


「最初から最後まで怖いくらい可愛かったな」


 綺麗な黒髪が揺れる後ろ姿を見送ったあと、テーブルに置かれた紙を手に取った。

 紙には彼女らしい綺麗な字で『吉野美月』と書かれていた。

 そして連絡先と、明日の待ち合わせについて記されていた。


「そういえば、名前を聞いてなかった……!」


 普段のオレにはあり得ない失態だ。

 やはり緊張していたようだ。

 緊張というより、浮かれてしまっていたのかもしれない。


「美月ちゃんか。似合うな」


 確かに美しい月、という感じだった。

 そんな月の女神、ヒロインと明日はデート……。

「ナンパモブがヒロインとデートだなんて、何かがおかしい」と思いつつも、浮かれてしまうのは仕方がない。


「何ニヤニヤしてんだよ。どうせエロいこと考えてるんだろ」

「?」


 彼女が座っていた場所にドサッと誰かが座った。

 端の席からこちらを盗み見ていた不審者の親友だ。


「やだ、さっきからずっとこっちを見てた人だわ! イケメンなのにストーカーとか可哀想~」


 いつもは迅が女の子を独占する勝者だが、今日の勝者は俺だ。

 心に余裕を持って対応できる。

 ニヤニヤするオレを見て、迅はイケメンフェイスを歪ませた。


「何キャラだよ。気持ち悪いからやめろ。お前、一人でイイ思いしてどういうつもりだ?」

「ごめんごめん」


 ルールを破ったし、一人置いてきたことは申し訳ない。


「でもさ、たまにはいいだろ? いつもお前の方が得してるんだからさ。それに、お前のタイプはギャルだろ」

「あれだけ可愛いと、好きなタイプなんて些細なことは気にならない」

「へえ? ギャルじゃなくてもいいんだあ?」

「!」


 突然女の子の声が割り込んできて驚いた。

 そして、断りを入れることもなく、オレの隣に腰を下ろしたのは見慣れた人物だった。


「おう、なずなじゃん! ちわー!」


 オレには手で挨拶を返し、迅には鋭い視線を向けている女の子――なずなは、以前オレ達がナンパした子だ。

 何度か遊ぶようになり、今ではすっかり仲がいい友達だ。

 美月ちゃんとはタイプが違うが、なずなも整った容姿の美少女で……迅の元カノである。


「なぜオレの隣に座った。迅の横に行けよ。かつて愛し合った仲だろう?」

「余計なこと言わないの」


 オレの横っ腹に一撃を入れてきたなずなは、少し前まで派手なメイク、ファッションのギャルだった。

 でも今はカジュアルというか、ショートカットのボーイッシュ系美少女だ。

 オレは今の方が好きだが、ギャル好きの迅とは、この容姿の変化が原因で別れたと聞いている。

 だから、「ギャルじゃなくてあれほど可愛ければOK」という、先ほどの迅の発言は問題有りだ。


「あー……俺、用事があったんだ。じゃあな!」


 なずなの圧を受け、迅は逃げるように去って行った。

 おかげで迅の恨みがましい抗議を受けずに済んだが……。


「圭さあ。さっきまでいた女の子のことだけど……ああいう真面目そうな子に声かけるのはやめなよ。質悪いよ?」

「お前も見てたのかよ」


 迅の抗議は免れたが、まさかのなずなの説教が始まった。


「いや、まー……。あっ」


 遊びで声をかけたわけではないが、確かにオレと彼女では釣り合わないよなあ、と頷いていると、手に持っていた美月ちゃんが書き残していった紙を奪われた。

 書かれた内容を見たなずなが顔を顰める。


「…………。あの子とデートするの?」

「そりゃあ行くでしょ。あー……オレ、髪を黒く染めようかなあ」


 好青年になるのは生まれ変わらないと無理だが、せめてチャラいところを抑えて行きたい。

 少しでも彼女が一緒にいて恥ずかしくない相手になりたい。


「…………は? それ、マジで言ってる? あんた、そんな奴だったの?」

「?」


 隣を見ると、なぜかなずなから黒いオーラが放たれていた。


「な、なんで怒ってるんだよ」

「見た目なんて気にしない、自分らしくいるのが一番ってあんたが言ったことでしょ!」

「え? いや、まー……それはそうなんだけどさ?」


 オレは以前、ギャルからイメージチェンジをしたいなずなから相談を受けた。

 周囲の友達がギャルだから、自分もそれに合わせた格好をしているけれど、それが嫌になってきた。

 でも、ギャルじゃなかったら仲間に入れてくれない、友達をなくすかもしれない、と……。

 その時にオレが、「くだらないことは気にしないで自分らしくいろ」と言ったのだ。

 まあ、そんなかっこいい言葉は後付けで、「女友達がいなくなったら、オレが性転換して圭子ちゃんになって一緒にいてやるよ」とか、そんなことばかり言ったと思う。


「まあ、すごく可愛い子だったけど……。あの子のこと、マジになったの?」

「そういうわけじゃない、と思うけど……?」


 今まで生きてきて、出会った中で一番可愛い子だとは思うけれど、本気で惚れたかというとそうではない。

 ……現時点では。


「あんたみたいなチャラいのが、相手にされるわけないじゃん。馬鹿じゃないの」


 オレも同意するが、人に言われると悔しい。


「そんなの分からないだろ。こうやってお誘いを受けてるくらいだしさ!」


 紙を取り返し、得意げに笑って見せた。

 するとなずなは顔を顰めてムッとした。


「あんたは頭が派手だから認識されるの! あんたの黒髪とかダサいから! 絶対やめなさいよね!」


 そう言うと、なずなは去って行った。

 人のことを罵って去るなんてひどい。

 それに頭が派手だから認識されるって……。

 確かにオレはナンパモブだけどさ!

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