第23話 VSルナ


 スフィーダを出て西へ。散歩がてら立ち寄れそうな距離にミーヌの森はある。

 早朝のひんやりする空気の中、俺たちは森の中へ足を踏み入れた。


「なんか……寂れてないか?」


 森というには緑が少なすぎる。

 膝まである長い黒髪をふわりと舞わせながら、くるりと一回転するサーニャ。


「変ねえ。この時期は生い茂る葉っぱで緑臭くってしょうがないはずなのに。これじゃあ完全にハゲ森ね。ストレスかしら?」

「やめろ」


 横にある痩せた木を見上げるルナ。


「スフィーダの近くはもっと育ってるのにね。サロの実も見当たらないね」

「これだけ発育不良だとしかたないわね。もうちょっと奥へ行けば実ってるかも。ジットは剣の練習するんでしょ? ここじゃ人が来るかもしれないから場所を移しましょ。切れ味抜群の剣らしいしうっかり人に当たっちゃったら大変なことになるわ。さすがのサーニャ様も殺人鬼とは組みたくないしね。まあ勇者が殺人鬼ってのも皮肉が効いてて面白いかもしんないけど」

「なんで死に至らしめる前提なんだ……。いくら俺でもそんなヘマしねえよ。……けどまあ念のため、もうちょい奥へ行こうぜ」

「あはは、冗談よ冗談! そんな怖がんなくてもいいじゃない」

「べ、別に怖がってないんだからね! 静かなほうが集中できるだろ?」

「はーいはい。わかったわかった。じゃ、そういうことにしときましょ。勇者さま」


 俺をからかうようにジトっとした目を向けると、すぐに身をひるがえして森の奥へ駆けて行くサーニャ。


「おーい、待てよ! そんなに急ぐことないだろー」

「んもう! これも特訓よ、特訓! ジットは体力ないんだからちょっとはトレーニングしなさいな。じゃあねー!」


 サーニャはそう言い残すと、あっと言う間に森の奥へ走り去っていった。


「サーニャってば、もうあんなところに! ボクも行くね! 先に森の奥で遊んでるから!」


 銀色の髪を揺らしながら超高速で走り去るルナ。遊びに来たわけではないんだぜ。

 小柄な体にあんな重そうなプロテクターを着けてよくあれだけのスピードで走れるものだ。

 森の入り口にポツリ取り残された俺も俊足二人の後を追い、しぶしぶと森の奥へ走り出した。


 二人を追いかけて森の中ほどにある開けた空間へやってきた。

 そこには大地にうつぶせで寝そべっているサーニャの姿が。紫ローブが汚れるぞ。


「お、やっと来たわね。訓練するんでしょ? ルナが手伝ってくれるそうよ。私もここで応援してあげるから好きなだけ特訓していいわよ。ジットの剣のセンス、この私が見極めてあげるわ!」


 両手にあごを乗せて足を上下にゆっくりと動かすサーニャ。


「メイルスさんの話だとグラフカリバーってかなりの切れ味らしいし怪我だけはしないようにね。ルナ、ジットが死なない程度に手加減してあげてね」

「おい、怖いこと言うなよ? こっちはド素人だぜ。本気でやられたら一瞬で終わっちまう」

「加減するから大丈夫だよ。さ、始めよ。まずは剣を抜いてみて」


 ルナにうながされ背中の柄から剣を抜く。

 その大きさからは想像できないほど軽い。白銀に輝く刀身に俺の顔が映る。


「まずはなにをすればいいんだ?」

「ボクと実戦練習しよう」

「おいおい、いきなり実戦かよ? まずは素振りとかからのほうがよくないか?」

「素振りは一人でもできるけど実戦練習は相手がいないとできないでしょ? それに実戦形式で鍛えたほうが成長がずっと早いよ。せっかくの機会だから今からボクと戦おう」


 背負っている身の丈ほどもありそうな巨大な杖に片手を伸ばすルナ。

 取り出しながら片手でくるくると高速回転させたのち、もう片方の手でパシッと受け止める。


「さあ、どこからでもどうぞ!」

「絶対に本気出すなよ? 絶対だかんな?」

「うん。大丈夫だよ。ジットは本気でやっていいから。さあ! 勝負だジット!」


 二本の腕で杖をやや斜めに構えて腰を落とすルナ。


「よし! 行くぞ!」


 両腕でグラフカリバーを握りこみ腰を落とす。

 次の瞬間真正面からルナへ向かって踏み込み、剣を振り下ろした。

 ブンッという音がして空気を切る感触が両腕に伝わる。

 剣がルナの杖に触れるとガッという鈍い音と同時に腕に衝撃が伝わる。


「えっ」


 と短くつぶやいたルナが続けて。


「アアアアアエエエエエエボオオオオオッ!?」


 驚愕の表情をしながら不思議な奇声をあげるルナ。


「ル、ルナ!? どうしたっ! 大丈夫か?」

「ケガでもしたの!?」


 慌てて駆け寄ってくるサーニャ。

 なんだ? ルナの様子がおかしい。


「いや、ケガはしてないんだけど……」


 その場にへたり込みながら杖を見つめるルナ。


「なんだよ、なにがあったんだ?」

「ボ、ボクの杖が……杖が……欠けた」


 ルナが杖をさする。


「ほらここ。ちょっと欠けてるでしょ?」


 杖の真ん中よりも少し頭寄りの部分に一筋のきれいな切れ込みが入っている。


「ほんとだ。少し欠けてるな」

「うん。グリナゴの杖なのに……」

「ええっ!? その杖、グリナゴなの!?」


 すさまじい勢いでルナの杖に飛びつくサーニャ。


「ねえルナ。グリナゴってあのグリナゴよね!?」

「うん、そうだよ。ごほはあ……」


 独特な重厚感の漂うため息を吐くルナががくりと頭を落とす。

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勇者1/1 八雲清澄 @yakumoseicho

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