第21話 死闘! 武器屋さん


 ビビクンッ! と肩の筋肉を収縮させるお兄さん。その恐ろしいほどの隆起で首が筋肉に埋もれてしまう。


「どう? さっきの5倍よ。5倍! これでも無理かしら?」

「……ふう。いいかい、お嬢さん。よおく聞いてくんな。そのグラフカリバーは素材だけで80万は下らねえ。500で売ったら俺は破産だ」


 額を押さえながら苦い顔をするお兄さん。


「……そう。わかったわ。では買いましょう。この"伝説の剣"を!」


 急に真顔になるとその紫の瞳でお兄さんを見据えるサーニャ。


「伝説の剣……? そいつはどういう意味だい?」

「だってそうでしょ? 私たちは世界を救いに行くのよ? この剣を持ってね。世界を救った勇者が使った剣なんだから、それはもう伝説の剣としか呼びようがないでしょ? ……でも残念ね。剣はまだ私たちの手にはない。100万なんて大金、こんな子供に払えるわけないもの。……もしこの剣が世界を救えば、あなたは世界一の鍛冶師として認められるでしょうね。そう、伝説の鍛冶師よ! なってみたくはない? 伝説の鍛冶師に!」

「……なにが言いたいんだい」

「……わかってるでしょ」


 二人の間にヒュウウ……と、風が通り抜けた。……ような気がした。

 お兄さんは「ふう」と一呼吸し。


「わかった。80万だ。もうこれ以上は本当にまけられねえ。完全に原価割れだからな。前払いってことにしとくぜ。伝説の鍛冶師ってのになるためのな」

「……なあんだ。そんな程度だったの」

「……なんだと?」


 お兄さんの眉がピクリと動く。


「私たちは王宮によって世界中から集められた精鋭!! この街を出ればまたたく間にフォリドを倒すでしょう。そう! 確実にね。街の一鍛冶屋で終わるか、それとも伝説になるか。選べる立場にいるのよ。今のあなたはね」


 サーニャはしれっと嘘をついた。やっぱり嘘つきなんだな、この子は。


「……へっ。……へへっ! 言ってくれるじゃねえか……。よおし! そこまで言うなら俺も腹をくくろう。60万だ! 60万だお嬢さん!」

「ふっ。まだまだ。まだまだよ! 2000っ! 2000リーンよ!」

「ぬうううぅぅぅ……。へ、へへへ。はっはっは……。……………………お前の力はそんなもんか? そんなんじゃ俺を伝説の鍛冶師にできねえぞ! おらああああああ50万だっ!」


 うさちゃんの前掛けをパタパタと上下に扇ぎながら値を告げるお兄さん。


「くああうっ! や、やるわね……。負けないわよ……。こおおおおぉぉぉぉぉぉ……。はあああぁぁぁぁ……。……5000リーンよおおおおおおおっ!」


 両腕を蛇のようにぐにゃぐにゃさせる謎の動きを決めながら価格を叩きつけるサーニャ。


「ぐがかはあああっ……! かはっ……。く……くう……。ぐ……。………………。……スゥ。……ハァ。スゥ……」


 謎のダメージを食らったお兄さんが静かに深呼吸を繰り返す。そして、酷く静かに、そう、酷く静かだった。――その値を告げた。


「……30万」

「きゃああああああああああ!?」


 サーニャが大きく後ろにのけぞる。


「な、なんですってえ!? ふ、ふん……! 少しはやるじゃない。いいわ。こっちも本気を出しましょう。ふふっ、後悔しても遅いわよ? ……はあああぁ!」


 すごい勢いで髪を結い始めるサーニャ。なぜか三つ編みにすると、それをぶるんぶるんと振り回している。


「ほーら、どう? このフォルムを見たのはあなたが最初で最後よ! さああああああ~~~くらいなさいっ! さ・ん・ま・ん・よ・っ!!」

「ぐごほぉぉぉぁぁぁぁぁっ!? ぐっがっ……か、かはっ! げはっ……ごほ……。は、はぁ……はぁ……。ぐ、ぐぐぐ……。せ、精鋭ってのは伊達じゃねえな! 持ってくれよおおおぉぉぉ、俺の体ッ!」


 なぜか上着を破り捨てるお兄さん。


「うおおおおおおおお、俺のファイナルラストアタック! 20万だああああああああーーーーーー!!」


「!?!?!?!? …………きゅ………………ぼ………………ッ」


 膝からガクリと崩れ落ちたサーニャが、そのままうつぶせにパタリと倒れた。


「なん……て……こと。……まだよ。まだ、まだ戦える……。私はまだ……戦えるっ!」


 立ち上がろうとするも膝に力が入らないのか片膝立ちでガクガクと震えるサーニャ。


「くっ……。私だけでは……。このままじゃ……。……みんな! 私に力を分けてちょうだいっ!! みんなの力で戦うのよ!!」


 迫真の三つ編み呪術師が俺たちをキッ! と見つめる。


「サーニャ! わかったよ! 受け取ってボクの力! うおおおおおおお!」


 サーニャに向けて両腕を伸ばすルナ。


「さあジットも!」

「え、俺も? ……が、頑張れーサーニャ~……」


 俺も格好だけは一応腕を前に出す。すこぶる恥ずかしいよ……。


「――!! 来たわ! 来たわよ二人とも! 行ける……。私、まだ戦える!」


 サーニャは立ち上がると両腕を前に出し、手のひらと手のひらの間に力を溜めだす。


「できたわ。……パワーボールがね。これだけは使いたくなかった。……まさかここまでの相手とは」


 サーニャは両手の間にパワーボール(見えない)をつかみながら勢いよく腕を振り上げる。


「食らいなさい!! みんなのパワーの結晶!! パワーボーーーーーーール!!」


 勢いよく腕を振り下ろしてパワーボール(見えない)を投げ飛ばすサーニャ!


「――!!」


 驚愕し硬直するお兄さん。

 と、直後。


「ぬわああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 絶叫するお兄さん。たぶんパワーボール(見えない)が当たったんだと思う。

 お兄さんが豪快に大の字で倒れこむ。


「や、やった……! 勝った……! 勝ったのよ! ……ううん。買ったのよ! あ、今の5万だから!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるサーニャ。拍子に三つ編みがぐにゃぐにゃと揺れる。

 倒れているお兄さんが朦朧とした表情で語りだす。


「か……は……っ……。こ……こま……で……か……。結構……鍛えてたん……だけどな……。…………………………………………」


 それっきり何も言わなくなった。と。


『大丈夫お兄さん? しばらく休んでて、あとは僕たちで何とかするから』

「ショートソード!?」

『へっ、バカ野郎が。テメーは自分が思ってるほど強くねえんだよ。まったく、そんなこともわかんねえのか? ええ? ついに脳みそまで筋肉になっちまったか? めでてえ野郎だな! ……無茶しやがって。バカ野郎が……。……………………後のことは任せな』

「バトルアックス!!」

『ふぃ~。ま、玉砕すんのは目に見えてるけどとりあえずやってみるわ。先にあの世で席あっためといてやるよ。お前冷え性だからな』

「ロングランスっ!」


「みんな……」

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