第19話 イシュメ
「何かあったのか? 遠慮しないほうがいいぞ。あとで後悔するかもしれないし」
「あ、別に大したことじゃないんだけどさ。今日のはちみつミルク、サロの実が乗ってなかったなって」
「サロの実って、あの赤い実だよな。親指の先くらいの大きさの」
「うん。ほんのりと甘酸っぱいやつ。結構好きなんだ。いつもはミルクの上に乗ってるんだけど今日は乗ってなかったなって」
カウンターの奥にいるレイナさんが申し訳なさそうに話しかけてきた。
「実はね、最近サロの実の入荷ができなくて……。理由はわからないけど、どうも品薄みたいなの」
サーニャが眉間を指先でトントンしつつ天井を見つめている。
「サロの実ってこのあたりだと、たしか……そうそう! ミーヌの森でよく採れたわね」
言いながらポンと手を打つサーニャ。
「ミーヌの森かぁ。結構近いね。よし! もし森へ行くことがあったら採ってこよっと。レイナさんに渡すからミルクの上に乗せてね」
「あら、ルナちゃん。そうしてもらえると助かるわ。うふふ」
「ふっ。ルナ、私サロの実を採るのは得意だからまかせておいて。昔あのあたりでサバイバル訓練をしたから。あの頃はよく食べてたわねえ。懐かしいわ。素朴な味だから長く食べても飽きないのよねえ」
「そんなことまでやってたのかお前は……」
俺たちは支払いを済ませると外へ出た。背後で閉じたドアがからんからんと鈴の音を鳴らす。
「さ、次は武器屋だったわね。この街の武器屋は品ぞろえがいいって評判らしいわよ」
サーニャの言葉にルナの眉がピクリと動く。
「ほほう……」
「なんでも腕利きの鍛冶師がいるって話よ。この街の武器を買うためにわざわざ遠方からやってくる人もいるみたいね」
「そうなの!? なんだかいい武器が見つかりそうな予感がしてきた! よおし、先に行っていいの探しとくね!」
そう言い残すと、ルナがプロテクターの重さなど意にも介さぬ猛スピードで走り去っていった。
「おーい! こんな暗い中走ったら危ないぞ! ……って、もう見えなくなっちゃった」
「ふふ。若いっていいわねぇ」
「お前も似たような行動パターンだろ……。しょうがない。追いかけようぜ」
走り去ったルナを追いかけて西大通り沿いにある武器屋にやってきた。
「ここか。武器屋イシュメって書いてあるな」
入り口にぶら下がっている看板を読むと、店の扉を開けて中へ入った。
「おお……!」
扉を開けた瞬間、所狭しと並べられている無数の武器が目に飛び込んでくる。
剣だけではなく、こん棒やハンマーなどの鈍器、杖、槍、斧、弓など様々な武器が所狭しと並んでいる。
と、大量の武器に前のめりになりながら目を輝かせているルナを発見した。向こうも俺たちに気づいたようだ。
「ねえ見て見て。すごいよこの店、良質な武器ばかり」
ずらりと並ぶ武器の山を見てルナが感嘆のため息を漏らす。
「ものすごい種類だな。選ぶとしたら剣がいいのかな? 槍や斧との違いがよくわかんないな。なんでこんなに種類があるんだろう?」
「用途によって使い分けできるんだよ。例えば槍はリーチに優れているから遠くの相手に攻撃が届くの。離れたところから攻撃できるってそれだけで有利なんだよ。ほら、剣と比べるとこんなに違う」
ルナは近くに展示してあった剣を手に取って槍の横に並べた。
「じゃあ、剣よりも槍のほうが強いってこと?」
「そうとも限らないの。リーチが長いということは狭い場所での戦いには向かないってことだから。振り回したら壁にぶつかっちゃうでしょ? それに槍は大きいから持ち運びも大変だし」
「奥が深そうだな。初心者ならどれがいいかな? 武器とか一度も握ったことないけど。クワならあるけどさ」
「とりあえず、まずは剣の扱いに慣れるのがいいんじゃないかな。最もメジャーな武器だから入手も簡単だし。あんまり特殊な武器だと壊れた時に替えが手に入らないこともあるから。そんなことになったらせっかく身に着けたスキルが台無しだし。ジットは細身だから重い武器は向いてなさそうだね。じゃあこれとかどう? 慣れれば片手でも扱える軽量タイプだよ」
ルナが展示されているミドルサイズの剣を手に取り、俺に渡してきた。
「うおっ!?」
ルナが片手で軽々と渡してきたからこっちも片手で受け取ったが、握った瞬間、ずっしりとした重さが腕に伝わった。
「これで軽量なのか? 農具なら毎日のように握ってたけどそれよりもだいぶ重い気がする」
「農具とは重心が違うと思うから最初のうちは重く感じるかも」
……ん?
部屋の隅っこにいるサーニャが、目玉が飛び出しそうなくらい目を見開いてぶつぶつ言ってる。視線の先には金銀の装飾が施された杖。
「なん……これ、ちょ、すっごぉ……。うおぉぉ……やばひ……」
お前のほうがよっぽどやばひぞ……。挙動が完全に不審者のそれ。
ルナが不審者に話しかける。
「ねえねえ、サーニャは武器を使わないの?」
問いかけられたサーニャは姿勢を正して片腕を腰に当てるとニヤリと笑った。
「ふっ、私の武器はこの才能だから。あと美貌もね。それですべて。それで完璧」
そう言って髪をかき上げると、自信ありげな表情を見せる。
「じゃあ、杖は持たないスタイルなんだ」
「魔法使いって本来は杖を持つものなのか?」
「人それぞれね。持ってる魔法使いのほうが多いんじゃないかしら。魔力を補えるしね。でも杖を持ってる時点で魔法に頼って戦うことが相手にバレるからデメリットにもなるのよねえ。まあ私は持つまでもないわ。なぜなら天才だから」
「そりゃよかった」
そのあともしばらく物色していると、ふと気になるものを見つけた。
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