第18話 悪魔カフェ
――カフェ・スタイラにて。
俺たちは窓際の席で夕食をとっていた。
「ヒヒ……ヒヒヒ……ヒーッヒッヒッヒ!」
膝の上に乗せたずっしりと重たそうな革袋の中を、血走った眼(まなこ)で見つめるサーニャ。なんとも形容しがたい邪悪さにあふれる笑顔を浮かべ、わけのわからない奇声を発していた。
長い黒髪に包囲された逃げ場のない革袋君が実に憐れである。
「サーニャ。お前さ……。その邪悪なオーラ何とかしろよ。あと目が怖い」
隣に座る挙動不審な呪術師を横目で見つつ、食後の紅茶に口をつける。
「……ふう。でもクエスト受付所が両替サービスをしてて助かったぜ。金貨のままだと使い勝手悪いし」
カラフ城の一件で俺たちはちょっとした財産を手に入れたのだった。その額一人頭10万リーン。金貨だと1枚だけど、使い勝手を考えて銀貨10枚に両替した。10万リーンという額だけ聞くと大金のように思えるけど、銀貨にするとたったの10枚。案外少ないもんだ。
「でもララちゃんが無事、家に帰れてよかったよ。四日も行方知れずって聞いて内心ちょっと心配だったんだ」
少女を両親のもとへ送り届けると、少女は別れ際に「また助けてね!」と笑顔で手を振っていた。また失踪する気か。
向かいの席に座ったルナがはちみつミルクのコップを握り、口へ運んだ。
「うめぇ!」
ごくごくと喉を鳴らしながら豪快に飲み干すルナ。
「ふう~」
空っぽになったコップをテーブルにコトリと置くと、その瞳が俺と、俺の横にいる邪悪を見つめる。
「ねえねえ、ジットとサーニャはこれからどうするの?」
「フォリドに関する情報もつかめてないし、とりあえず街で情報収集かな。あ、でもその前に武器か。ずっと丸腰なのも不安だし」
俺は言った。
「ケケケケッ……」
横にいる邪悪が言った。
「おい、サーニャ! いい加減、正気に戻れよ。いったい、いつまで拝んでんだ。お前はコイン教徒かなんかか?」
袋の中でキラキラと輝く魔性に取りつかれた呪術師に呼びかける。
「な、なによ。私はいたって正気だったわ。こう見えてもれっきとした一流の呪術師なんだからね! この私がたかがお金ごときに心を奪われるわけないでしょ」
平気な顔で嘘をつく呪術師を見ていると、呪術師という生き物は皆こんなふうに嘘つきなんだろうかと疑念がわいてくる。それともサーニャが特別嘘つきなんだろうか。たぶん後者だろう。
「俺とサーニャはしばらくこの街にいると思う。フォリドの情報が手に入らない限り、動くに動けないしさ。ルナはどうするんだ?」
ルナは口元に手を当てながら天井のほうを見つめ、その後、空になったはちみつミルクのコップを見つめた。
「レイナさーん! はちみつミルクおかわり!」
また飲むのかよ!
「ボクもフォリドと戦う」
ルナは俺たちを見ながら真顔で言った。
「放っておいたら世界が危ないんだよね。じゃあボクも戦う」
「それはありがたいけど……。でも、ほんとにいいのか? ルナはルナでやりたいことがあるんじゃないのか? なにも無理に付き合うことはないぞ」
「大丈夫! だって修行にもなりそうだし。それにボク、武器屋を見て回るの結構好きなんだ。ジットは剣を持ったことないでしょ? ボクが合うもの見繕ってあげる!」
「そうしてもらえると助かるけど……。剣については完全に素人だし」
「ルナが来てくれるなんて心強いわ! 人数が多いほうが旅も楽しいでしょうしね!」
サーニャがルナを見て嬉しそうに目を見開く。……そしてすぐに膝の上の革袋に視線を落とし、「ヒヒヒヒ……」と不気味な声を上げだした。
というかこの呪術師はさっきから金のほうばかり見てるな……。
「にしても、一時はどうなるかと思ったぜ。飯代すら払えなかったからなあ。レイナさんがツケにしてくれたおかげて助かったけど」
まとまった資金が手に入ったとはいえ、宿代や武器の購入費用とかを考えると贅沢はできない。そんな俺たちにとってこの店のうまくてリーズナブルな料理はとてもありがたい存在だった。レイナさんも美人だし。
「まったくだわ! ジットってば全然お金持ってないんだから。よくあの所持金で食事しようなんて思えたわね。しかもドリンクまで頼んじゃって!」
隣の0リーンがぷくぅ! と顔をふくらませる。
この、金ばかり見ている呪術師は、やっと金のほうから目を離したと思ったら、金のことで俺を非難しだした。ドリンクはお前も頼んでたぞ。0リーンなのに。しかも贅沢なミックスサンドまで頼んじゃって。
ちらりと外を見ると、辺りはすでに真っ暗だった。
「なあ、そろそろ出かけないか? あんまり遅くなると武器屋も閉まっちゃうだろうし」
俺は早く武器を持ちたくて内心うずうずしていた。それに武器がないと冒険者って感じがしないし。
「異論ないわ。お腹もいっぱいだし。お金も十分拝んだしね。ヒヒヒ……」
サーニャはご満悦といった表情を浮かべた後、邪悪になった。
悪魔にでも憑かれているのか、お前は。
「ルナ、もうはちみつミルクはいいのか? おかわりしたっていいんだぞ」
「おかわりかあ……。あ、そういえば」
テーブルの上にある空のコップに視線を落とすルナ。
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