第17話 ガール・イン・ザ・ミラー
ルナと二人で鏡部屋の捜索を再会する。
身をかがめてテーブルの下をのぞき込んだ。
「いないよな。……もしかして!」
さらに身をかがめて椅子の下をのぞき込む。
「いるわけないか」
「ふふ。さすがにそこは狭すぎるね」
「はは……。冗談だよ、冗談! あと怪しいものと言ったら……」
俺は部屋の右奥へ視線を向けた。
そこにはあの不思議な感じのする鏡がある。
鏡の前まで歩く。
サーニャは消える前、この鏡の前にいたはず。……なにかあるはずだ。
「……どこかに仕掛けでもあるのか?」
鏡を上から下まで入念に調べる。
「駄目だ。見つからない。ルナ、そっちはどうだ?」
部屋へ振り向いてルナへ語り掛ける。
「……ルナ?」
部屋の中にルナの姿が見当たらない。
「ルナ? どこだ? いないのか?」
テーブルの上に置かれたランタンの光が煌々と部屋を照らす。
あっれれぇ。おかしいぞぉ?
ランタンがここにあるってことはそう遠くへは行ってないはず。
サーニャがいなくなったのもこの部屋だった。
……やはりこの部屋、――なにかある。
背中にぞわりとする感覚を覚えて、俺は背後の鏡へ振り返った。
本当に妙な鏡だ。見てると心が乱れる。だんだんと不安になってくる。この鏡はいったい……。
『……』
何だ?
妙な感じがする。全身にまとわりつくような。これは……視線?
「だ、誰だ? 誰かいるのか? サーニャか?」
部屋へ振り返り呼びかけるが返答は返ってこない。
気のせいだったのか?
『くくくっ……』
「誰だっ!」
聞き間違いじゃない。
どこかから声が聞こえた。……近いぞ。近くに誰かがいる……!
「どこにいる。姿を見せろ!」
部屋の中へ向かって問いかけるが返事はない。
鏡を向き直る。
不気味と暗い鏡面には俺の姿が映っている。そして、後ろの壁から生えた青白い腕がうにょうにょと滑らかに動いている。
「――!?」
慌てて振り返る。
そこには何の変哲もない普通の壁がただあるだけ。
鏡の中に映っていた腕はこつぜんと消えていたのだ。
『今のはさすがにやりすぎだったんじゃないかな? もうちょっとじんわりいったほうがよかったと思うけどな』
『平気、平気! ほら見て、あの顔。あれ絶対気づいてない顔よ』
どこからかはわからないが声が聞こえる。
鏡の裏か?
『ジット、さっきから鏡ばっかり調べてるね』
『でもあれってトラップよねぇ。知らなかったらあれが一番怪しいもん』
『でもサーニャはノーヒントでこれに気づいたんでしょ? よくわかったね』
『ふふ、まあね! この天才呪術師のサーニャ様にわからないことなんてそんなにないのよ。……ま、ほんとはまぐれで見つけたんだけど』
……近いな。
「サーニャ! ルナ! どこにいるんだよ。いるのはわかってんだぞ! お前ら声がダダ漏れだぞ」
『『……』』
呼びかけると二人は瞬時に口をつぐんだ。
なんだその謎の結束力は。
でもあの口ぶりだと鏡じゃないっぽいなぁ。
なんて思いながら何気なく鏡を見た。鏡には俺の姿が映っていた。そして、背後には見たこともない小さな少女が映っている。
「!?」
振り返ると白い服を着た少女と目が合う。無表情な少女は俺の顔をじっと見つめてなにも言わない。
少女は壁のほうを振り返り走り出した。
少女の体が壁に迫る。しかし少女は足を緩めない。そして間もなく、――壁にぶつかった。
いや、正確には壁に吸い込まれるように消えていった。
なんだ!?
声の主はサーニャ達じゃないのか!?
も、もしかして、本当に幽霊……?
『うわー、あれは怖すぎでしょ。一人であれはさすがに怖いよ』
『今のはなかなかに大胆だったわ。思い切ったことするわねぇ』
やっぱおまえらじゃねえか。
聞き耳を立てると少女が消えていった壁のほうから話し声が聞こえる。
壁へと歩きその前に立つ。いましがた謎の少女が消えた場所だ。
……ここか。
壁に向かってゆっくりと手を伸ばす。
と、壁に触れた瞬間――。
「ぬおっ!?」
壁に触れるとそこに壁の感触はなかった。俺の体はそのまま壁の中へと吸い込まれる。
吸い込まれた先は鏡部屋よりも少しだけ狭い小部屋になっていた。
「あーあ、見つかっちゃったか!」
目の前にいたルナが少しだけガッカリする。
「でもまあまあ楽しめたわね。あー面白かった!」
部屋の中央にいるサーニャがご満悦といった感じで機嫌よさそうにしている。
「まったく物好きな奴らだ」
部屋の奥から黒い洋服を身にまとった見知らぬ女性が現れた。
長い金の髪と赤い瞳、不自然なくらいに白い肌。
「あなたは?」
「私はカミラ。この城に住んでいるものだ」
住んでいる……? カラフ城は廃城のはずじゃないのか?
「さあ、気は済んだか。その子供を連れて帰ってくれ。ここまで来たということは城の入り口は開いたのだろう」
カミラの視線の先には、さきほど壁に向かって走って行った少女がいた。
「こんにちは」
「君は……」
「その子が例の女の子なのよ。ね、ララちゃん」
そうかこの子が!
見たところ元気そうだな。よかった。
まったく、安心したぜ。いろんな意味で。
「城の入り口が開かなくて帰れなくなっちゃったんだって」
少女の後ろに立ち、肩に手を添えるルナ。
「なるほどな。でも無事でよかった。それにしてもこの部屋はいったい何なんだ?」
「ここは私が魔法で作った空間だ。いたずら好きな街の子供たちが騒がしいのでな」
そう言うとカミラは部屋の入り口を指さした。
入り口を見ると鏡部屋の様子がはっきりと見える。
「向こうからこちらは見えないが、こちらからは外が見える。便利だろう?」
「それにしてもよくこんな場所に住めるな。怖くないのか? 城内は真っ暗だし……」
「怖くはない。それに、住んでみると意外と快適だぞ。人もあまり来ないしな。たまに子供が遊びに来るくらいだ。それに……この城はいろいろと面白いからな」
「面白いって?」
「さあな。くっくっく……」
俺の問いには答えず意味深に笑うカミラ。
「ねえねえ、あの生首人形はなんだったの?」
「無造作に置いてあると驚くわよねえ。見た目は可愛かったけど」
「お前たちにはあれがただのぬいぐるみに見えたのか?」
「……なんだと?」
カミラの口角が吊り上がる。
「ククク。幸福なことだな。知らないというのは。いいことを教えてやろう。昔、スフィーダの近くの森には首狩り族が住んでいたらしいぞ」
「ど、どういうことだ? まさかあの人形は……」
「あれ? よく考えたらあれに似た人形、スフィーダで見た気がする。たしか出店のぬいぐるみ屋さんだったかな」
口に指をあてながらつぶやくルナ。
「クククッ! ……バレたか。あれは街で買った。かわいかったから」
なんだよそれ!
「ねえねえ、じゃあ、あの鏡はなんなの? 何か魔術的な意味でもあるの?」
「……ほう、あの鏡の秘密に気づいてしまったか。お前たち、まさかとは思うがあの鏡を覗き込んだわけではあるまいな? もしあれをのぞき込めば――」
「あれは身だしなみ用なんだって!」
と、元気な声のララちゃん。
「クククッ! ……ばらされてしまった。この部屋に置いても良かったんだが、見ての通りここは手狭なのでな。だからあちらの部屋に置いてある」
「絶対なんかあると思ったのに。ほんとにそれだけの理由なのか?」
「ああ、そうだ。身だしなみは大切だ」
「さてと。ララちゃんも早く家に帰りたいでしょ? 日が暮れないうちに街へ帰りましょっか」
サーニャの言葉を聞いて無言でカミラの近くへ寄り、その洋服をつかむ少女。
「あら、ずいぶん懐かれてるのね」
「四日も一緒にいればそうなるかもな」
「ララ。お前と過ごしたこの四日間、悪くなかった。両親が心配しているだろう。早めに顔を見せてやるといい。気が向いたらいつでも遊びに来ればよい。私はいつもここにいるのだから」
カミラの言葉を聞いて元気にうなずく少女。
「ただし、ララ。この部屋のことは誰にも言うなよ」
立てた人差し指を口に当てるカミラ。
その顔からは柔らかい笑みがこぼれる。
「うん、わかった! 今度は友達と遊びに来るね!」
「クククッ! ……話を聞け」
「じゃあ私たちはこれで失礼するわね。お騒がせしちゃってごめんなさいね」
「ララも家に帰れなくて困っていたからな。連れ帰ってもらえるならこちらとしてもありがたい。……気が向いたら、いつでも遊びに来るといい」
鏡部屋を出て廊下を歩く。
突き当りを右に曲がると。
「帰るのかね?」
「うわあああ!? ……って脅かすなよ」
例の巨大な目玉が話しかけてきた。
「バイバーイ! 目玉さん」
「バイバーイ! ララちゃん」
飛び切りの笑顔で少女に笑いかける目玉。
「君も帰るのかね?」
ルナに話しかける目玉。
「うん! ララちゃんも見つかったしね」
「そうか……。本当に帰るのかね?」
「うん。暗くなっちゃうからね」
「そうか……。この城の中は朝も夜も関係ない。とても暗いからね。だからこの城にいれば夜になっても問題ないんじゃないかな。そうは思わないかね?」
「ズビシ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああああ」
人差し指の先端で目玉の中央を突き刺すサーニャ。
目玉さんの絶叫が城全体に響き渡った。
「まったく! 帰るって言ってんじゃない! 口説いてないでさっさと通してちょうだい」
「ひどい……。数少ない楽しみなのに……」
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