第16話 消失の間
部屋の中央には大きめのテーブルが置いてあり、テーブルの左右には椅子が三つずつ置かれている。
部屋の右奥には大きな鏡があり、その左側になにかが山積みになっていた。気になったので近づいて積まれたものを一つ手に取る。
「……ぬいぐるみ?」
「けっこう可愛い顔だね」
後ろからのぞき込んでいるルナが言う。
「なんでこんなところにぬいぐるみがあるんだ? それもこんなたくさん」
手の中にあるぬいぐるみを見ると、人間の顔がデフォルメされてかわいらしく描かれていた。胴体部分はない顔だけのぬいぐるみだ。
サーニャがいくつかの生首人形を手に持って。
「ほいっほいっほい……」
なぜかお手玉の要領でくるくると回しだした。
「な、なんて器用なの……!」
くるくると回転するぬいぐるみに顔を上下させながらルナがやたらと感動している。
「呪術師は、手先も器用、素晴らしい。byサーニャ様」
なに言ってんだこいつは。
しかしこのぬいぐるみ、意外に新しいな。誰かがここに持ち込んだのか? ……例の女の子か?
「にしても、でっかい鏡ねえ」
部屋の右奥に置かれている鏡は全身が映りこむほどに大きい。
鏡面は縦長の楕円形をしていて、デザインの凝った金色の縁に収まっていた。見るからに高そうだな……。心なしか鏡面が黒っぽい気がする。
「なんか不気味な鏡だねぇ」
鏡をのぞき込みながらルナがぽつりとつぶやく。
「見てるとだんだん吸い込まれそうな気分になってくるわね。……もしかしたら危険なものかも」
「そうか? べつに何も感じないけど。高そうだなあとしか」
「ちょっと、割らないでよ? 弁償できそうもないし」
「持ち主がいれば、の話だろ? でもさ、椅子といいテーブルといいこの鏡といい、高級そうなものばかり置いてあるな」
椅子の背もたれには細かな細工が施してある。おそらく相当腕のいい職人が作ったんだろうな。テーブルも一枚板で買ったら相当値が張るだろう。
だからこそここにあるのは不自然だ。椅子やテーブルの上にも汚れが全くないし。
まるで誰かがここで生活してるみたいだ。
「……そう言えばこの部屋も窓がないな。ランタンやボがなかったら真っ暗だ」
この部屋にも女の子は見当たらない。
「ふう……。一度休憩にしましょうか。いったん解くわね」
サーニャの指先で輝いているボが徐々にしぼんでいき、ふっと消えた。
一度休憩をはさむことにした。ちょうど椅子があるので腰掛けて休める。
ルナがランタンをテーブルの中央に置いくと周囲が光によって照らされる。狭い部屋だからランタン1個でも結構明るくなる。
どう考えても怪しい部屋だけど、手掛かりはいまのところ無し。
『……』
「ん? サーニャ、何か言ったか?」
「え? なにも言ってないわよ?」
なにか聞こえた気がしたんだけど。気のせいか?
「それにしても何度見てもきれいな鏡ねぇ」
サーニャが席を立ちあがり鏡に向かっていく。
そのあとをついて鏡の前まで行く。
「割るなよ」
「そんなもったいないことしないわよ」
鏡には俺とサーニャの姿が映っていた。
◇◇◇
俺たちはきれいな小部屋でしばらく休憩すると、再び捜索を開始することにした。
「この後はどうする? そろそろ別の部屋を探すか? ずっと座っててもしょうがないし」
「そうだね。でもさ、この部屋、絶対何かあると思ったんだけどなー。ほかの部屋と明らかに雰囲気違うし」
首の後ろで両手を組んだルナが残念そうな表情を浮かべる。
「ま、無難に一部屋ずつ調べていこうぜ。まだ日も高い時間だろうし。……この城の中は真っ暗だけど」
ルナがテーブルの上のランタンを手に持つ。
俺たちは椅子から立ち上がると部屋を後にしようとした。
「あれ? ねえジット、サーニャは?」
「ん? さっきまでそこにいたけど」
俺は鏡のほうを見ながら答えた。しかし、そこにサーニャの姿はなかった。
「サーニャ? どこー?」
ルナの声が部屋にこだました。
しかし返事はなく部屋に沈黙が訪れる。
ルナが入り口の扉を見つめる。
「もしかして一人で別の部屋に行っちゃったのかな?」
「でも、扉の開く音は聞こえなかったぜ? それにもし出ていくとしても一声かけるんじゃないか?」
「でも部屋の中には見当たらないよ?」
「う、それもそうだな……。……一度廊下に出てみよう」
廊下へ出ると周囲は冷たい空気に満たされ、しんと静まり返っていた。
左右を見渡すが光の届く範囲にサーニャの姿は見当たらない。
俺は声が遠くまで届くように口の周りを両手で囲うと、廊下の端まで届くように大声で叫んだ。
「サーーーニャーーーー!」
…………………………。
しかし返事は帰ってこなかった。
「神隠し……? 消えた女の子も神隠しにあったとかって言われてたよな。……もしかしたらサーニャも?」
心なしか廊下の空気が一段と冷え込んだ気がする。
「ねえジット、隣の部屋!」
右隣の部屋のドアがわずかに開いていた。
サーニャか?
駆け寄って半開きのドアをゆっくりと押し開けた。
「これは……」
壁一面に飾られている無数の肖像画が目に飛び込んできた。
「あーあ、来ちゃったねえ」
「かわいそうに……」
「こんな罠にかかるなんてなあ!?」
「入り口を少し開けといたの俺だかんな。忘れるなよ?」
「あのぉイキるのやめてもらえないすか?」
壁の肖像画が一斉にしゃべりだす。
かと思ったら肖像画たちはふわりと浮かび上がった!
「わあ! 浮いてるねえ。どういう仕組みなんだろ?」
「えらい冷静だな。……じゃなくって! なんか嫌な雰囲気だぞ……」
肖像画の一枚が俺めがけて飛び掛かってきた。
横に飛びのいてギリギリ回避する。
「あっぶねえ! ルナ、気をつけろ! こいつらやる気だぞ!」
「あーあ。俺の攻撃かわされちゃったねえ」
「かわいそうに……」
「いとも簡単にかわされるなんてなあ!?」
「今んとこ俺しか手柄なくね?」
「あのぉイキるのやめてもらえないすか?」
「く……。数が多すぎる!」
ふわふわと浮遊する無数の額縁が俺たち目掛けて突っ込んでくる。
次々に向かってくる肖像画をすんでのところでかわし続けていたが……。
「あん!」
額縁の一つがコツンと俺の頭に当たった。
「あーあ、当たっちゃったねえ」
「かわいそうに……」
「えらく豪快に当たっちまったなあ!?」
「やっば! また俺の手柄じゃん! お前ら無能すぎね? 俺有能すぎね?」
「あのぉイキるのやめてもらえないすか?」
「あ……」
途端に目の前が白く覆われていく。そして――。
まだ壁に肖像画がかかっている。
どうやら浮かび上がる直前まで戻ってきたようだ。
くっそー。今度は負けないぜ。
でもこれだけの数を同時に相手するのはきつすぎるな……。
と、肖像画たちがふわりと浮かび上がった!
「わあ! 浮いてるねえ。どういう仕組みなんだろ?」
「やばいぜルナ。あの壁の画、今にも襲ってきそうだっ! 魔法で何とかならないか?」
「え、そうなの? わかった! やってみる!」
ルナが背負っている大きな杖を手に取る。
「とくと見るがいい、このボクの超魔法! さあ画のみんな! この杖に注目して!」
手に持った杖の先端をぐるぐると回しだすルナ。
「あーあ、見てと言われると見たくもないのに見ちゃうねえ」
「かわいそうに……」
「そんなことしてなにになるんだあ!?」
「今んとこ働いたの俺だけだからな? 忘れるなよ?」
「あのぉイキるのやめてもらえないすか?」
ルナの声に反応した画たちが、回転する杖の先端を目で追う。
ぐるぐるぐるぐる……。
しばらくすると……。
ガタッガタタッ……!
肖像画が一つ、また一つと床へ落ちていく。
ゴトリ、ゴトリ、ゴトリ……。
ついには一つ残らず床に落ち、画は動かなくなった。
「どう? これがボクの混乱魔法。めったに使わないけど今日は特別!」
「いや、杖回してただけじゃん。魔法関係ないじゃん」
「あーあ、気持ち悪い……吐きそう……」
「かわいそうに……」
「うぼええええええええええええっ!?」
「おい! 俺にゲボかけるな! 一番働いてんだぞ!」
「あのぉ臭いんで寄らないでもらえないすか?」
ルナの魔法(?)が炸裂し、床に肖像画が散らばった!
「帰るか」
「うん」
俺たちは床が額縁で埋め尽くされた部屋を後にした。そして部屋の扉をしっかりと入念に閉じた。
「ふう。これでいいだろう。まったく。わけわかんない部屋だったな」
「ねえ、もう一度鏡の部屋を探してみない? やっぱりあの部屋が一番怪しいもん!」
「サーニャはあの部屋でいなくなったもんな。よし! もう一度隅から隅まで探してみるか!」
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