第15話 幻影


 片手を顔の前に上げて人差し指を立てるサーニャ。


「ほら! 私たちがよく知ってる魔法よ」


 言いながら横目で俺を見つめる。


「魔法なんて知らないぞ?」

「んもう。これよ、これ!」


 サーニャの指先が白い光に包まれ明るく輝きだす。


「おお! なんだよそれ」

「ボよ、ボ! 昨日も使ったでしょ?」

「ああ! リリトルとの戦いで使ってたやつか! 覚えてるよ」

「そうよね。忘れないわよねぇ。昨日大量に喰らったばっかだからねぇ。……私が」

「そ、そうだね……」


 ニタリと笑うサーニャから、ほのかに殺意が漏れる。


「ボは照明としても使えるのよ。結構明るいでしょ?」

「便利な魔法だな」


 ボのおかげでずいぶん明るくなったな。


「きっと近くに階段があるはずよ。探してみましょ」


 三人であたりをくまなく探す。


「……階段見つからないね。本当にここにあるのかな?」

「大きな城だし焦らずに探してみましょ」


 しばらく探し続ける俺たち。しかし一向に階段は見つからない。


「はああああ!? なんでどこにもないのよ! おっかしいでしょおおおお!」


 ぷくぅ! と顔を膨らませたサーニャの苦情が城の壁に反響しまくる。


「ねえ、おかしいよ。隅から隅まで見たのにどこにも見当たらないもん」

「何かのトラップじゃないか? 魔法ならそういうこともできるんだろ?」

「トラップか……。ありえるわね」


 壁や床にぺたぺたと触れて調べだすサーニャ。

 ルナがサーニャの周囲をランタンで照らして調査を手助けする。


「どうサーニャ。怪しいところあった?」

「……ううん。これといって見当たらないわ。……よし! 一か八か試してみるか」


 そう言うとサーニャは使っていたボを解き、奥の壁に両手を押し当てた。


「なにするんだサーニャ? 大丈夫なのか?」

「まあまあ、見てなさいって!」


 壁に触れている両手が青白く光りだす。


「ディスペル!」


 サーニャの叫びとともに、あたり一面の壁や階段が青白い光に包まれていく。


「正解だったみたいね」


 壁はしばらくの間、光輝いたのち次第にその輝きを失っていった。


「あ! 見て二人とも。あそこ!」


 ルナが城の右奥を指さす。そこには先ほどまではなかった階段があった。


「どうなってんだ?」

「たぶん壁に魔法がかかってたのよ。幻覚魔法か、あるいは空間操作系の魔法かも。詳しいことはわからないけど、とりあえず解除できたみたいね」

「さっきのディスペルってやつか?」

「うん。ディスペルは魔法を解除する魔法よ。呪術師には必須なの。呪いの解除にも使えるしね」


 見つかった階段を上り城の二階へと進む。


 ――カラフ城二階。


 ここは間取りでいったら二階の右奥。

 俺たちの正面と右には廊下が伸びていた。

 廊下に沿って一定間隔でドアが並んでいる。二階には多くの部屋があるみたいだ。


「ねえねえ、それにしてもこの城ってやけに窓が少ないよね。普通、城の二階ってもっと日が入るのに」


 ルナがランタンを持った腕を天井へかかげながら不思議そうな顔で見上げる。


「照明代がかさみそうねえ。やたら広い城だし。あ! それでお金がなくなったんじゃないの? 照明貧乏で夜逃げしたのよきっと!」

「さすがにマヌケすぎるだろ」

「冗談よ、冗談。ま、こんなお城に住めるくらいだからお金には困ってなかったでしょ、どーせ」

「ねえねえ、とりあえず右から調べてみない?」

「意義なーし!」


 元気よく手を上げるサーニャ。

 右側の廊下を道なりに歩く。しばらくすると左への曲がり道が視界に入った。――と。


『ここを通るのかね?』


 突然すぐ近くから声が聞こえた。


「だ、誰だ?」


『ずっとここにいる』


 左を見ると――。


「おわあああっ!?」

「気づいたかね?」


 壁に巨大な目玉が一つ。

 ぎょろりと俺たちを見る血走った目は禍々しさマックス。

 こいつ、口もないのにどうやって喋ってるんだ。


「な、何よあんた。でっかい目ん玉でじろじろ見ちゃって」

「生まれつきこのサイズだよ。ここを通るのかね?」


 壁に埋まっている巨大な目玉がまた同じ質問をした。


「ボクたちここで消えた女の子を探してるの」


 目玉に答えるルナ。


「そうか……。本当に通るのかね?」

「うん」

「そうか……。この先へ行くというのだな。君はまだだいぶ若い。年はいくつだね?」

「14歳だよ」

「そうか……。その若さでこの先へ行くというのか。それは君の本心なのかね?」

「うん」

「そうか……。本心だというのだな。わかった。君の意志、どうやら本物のようだ。しかし本当に後悔しないかね?」

「しないと思う。たぶん」

「そうか……。好みの食べ物は何だね?」

「えっ? なんだろう。うーん……。別に好き嫌いはないけど。あ、甘いものは好きだよ!」

「そうか……。私はスイーツのおいしい店を知っている。今度一緒に行かないかね?」

「おいしい店!? あ、でも今は急いでるから……」

「そうか……。もう一度よーく考えてみないかね?」

「うーん。でもやっぱり捜索のほうが大事だし」

「そうか……。でも本当は行きたいんじゃないかね?」

「おいしいものは好きだよ。でも今はもっと大事なことがあるの」

「そうか……。もう一度――」


 巨大な目玉が話している途中で。


「なに口説いてんのよ、このエロ目玉! 通るって言ってんでしょ!!」


 ズビシ! と黒目のど真ん中を人差し指で突き刺すサーニャ


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ」


 絶叫する目玉。残響する叫び声。


「んもう! しつこいのよ!」

「ひどい……」


 小さな声でつぶやいた目玉は、大きな瞳の中央から一筋の涙を流す。

 MAXで禍々しい。


「いきましょ! こんなところでぐずぐずなんてしてられないんだから!」

「うう……」


 しくしくと涙を流す目玉さんを後に奥へ進む。

 突き当りを左へ曲がる。

 曲がった先でも廊下はまっすぐに伸びているようだ。


「ドアだらけだな」


 廊下の左側に沿って並ぶ無数のドアを横目で見ながら歩く。

 ……あれ?

 歩いている途中で不自然なものが目に入った。


「なんだこのドア? ……新しい?」


 細かな細工が施された木製のドアは、ニスが丁寧に塗ってあり光沢を放っている。見るからに高級そうだ。


「誰かがこの部屋だけ修理したのかしら?」

「なんのためにだよ? そもそも人が住んでないんだし修理する意味もないだろ?」

「じゃあなんでこの部屋だけ? ……謎ね」


 謎の扉を見つめる。

 なんでだろう。この扉を見てるとなんだか嫌な感じがする……。


「見ててもわかんないよ! 入ってみよ!」

「あ、ルナ……」


 俺が制止するよりも早く、ルナが扉のノブをひねった。

 キィ……と不気味な音を立てて扉が開く。

 ルナはゆっくりと部屋の中へ入って行った。

 俺たちも続く。


「これは……」


 小さな部屋だった。

 そして部屋の中は不自然なくらいに整然としている。

 ルナが床に手を触れる。


「ホコリがない……」


 壁や床の老朽化は激しい。だけど、明らかに片付いている。


「誰かが掃除でもしたのか?」


 なんのために?

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