第14話 幽霊城のいざない


「ふ、雰囲気あるなあ……」


 目の前の幽霊城を見上げる。

 実際に近くまで来ると遠目に見ていた時よりも明らかに迫力が増し、不気味なことこの上ない。ルナじゃないがこれはたしかに出てもおかしくない雰囲気だ……。

 俺が城の迫力に戸惑っていると、サーニャがジトっとした横目をこちらに向ける。


「あら、なあにジット? ひょっとして怖いの? ビビっちゃったの? 怖じ気づいちゃったのぉ? 大丈夫ぅ? 行けるぅ? 無理しなくてもいいのよ~?」


 手の甲を口に当てて若干見下した目をこちらに向ける呪術師。


「だ、だいぶ古いし危なくないかなって思っただけだ。だって崩れたりしたら大変だろ? もし怪我なんてしたらまずいぜ。こんな人気のないところじゃ助けも望めないし」


 城は思った以上に老朽化していた。とっさに口をついた言葉だったが冗談抜きで本当に崩れ落ちたっておかしくない。


「まあそれはたしかに気をつけたほうがよさそうね」

「だろ?」


 城の入口には錆の激しい鉄製の巨大な扉が閉まっている。試しに近づいて押してみる。


「くっ……ぐぎぎぎぎぎぎ……」


 体全体を使って全力で押してみるが。


「……駄目だ。ピクリともしない」

「ボクもやってみる!」


 扉に両手を触れたルナが腰を落として押し付ける。


「んっ……ん~~~! んうううううぅぅぅぅ! ……駄目。重すぎるよ」

「三人で押せば何とかなるかもしれないわ」


 三人並んで鉄扉に体を押し当てる。


「行くわよ! せーの!」


 サーニャの合図で全力で扉を押し付ける。


「うおおおおぉぉ」

「ふぬうううぅぅ」

「おんどりゃあああああああああーーーーーーー!」


 サーニャのやたらでかい掛け声が城の壁に反響して周囲に響き渡る中。


『ギギギギギィ……』


 鈍い音を立て、扉がゆっくりと開く。


「ふっ。このサーニャ様にたてつくのは1世紀以上早いわ。錆を磨いて出直すことね」

「錆を磨いたら余計たてつけなくなるんじゃ」


 ツッコミを入れた後、扉の隙間から城の中を覗き見る。城内には底なしとも思える暗黒だけが広がっている。しばらく見ているとまるでその闇が扉の外へあふれ出て来るかのような、そんな錯覚を覚えた。それと同時にひんやりとした冷たい風が城内から伝わってくる。


「行くね!」


 ルナが先陣を切って扉の奥へと足を進める。ルナの体が扉をくぐった瞬間、その姿は一瞬にして闇に消えた。

 ルナに続いて俺たちも城の中へと足を踏み入れた……。


 ――カラフ城一階。

 歩くたびにカツーン、カツーンと響き渡る足音。音の感じからいってかなり広いことが容易に想像できる。


「やたら響くな」

「石造りだから反響しやすいのよ。にしてもちょっと暗すぎるわね。これじゃあ探すどころか歩くのさえ危ういわ」


 昼間だというのに城の中は真っ暗だ。おそらく採光のための窓が少ないんだろう。


「なんとかならないか? これじゃあ人探しどころじゃないぜ」

「あ、そうだ! ボクいいものもってるよ」


 ルナががさごそと何かを探しているようだ。


「あったあった」


 カチャカチャと音が聞こえた後、あたりがじんわりと明るくなる。


「こんなこともあろうかとランタンを用意しておいたんだ」

「変わった形だな」

「かぼちゃランタンだよ。屋台の人に勧められたの! おもしろいでしょ?」


 ルナが手に持つかぼちゃ形のランタンが煌々と明かりを灯す。


「ほえー。そんなものまで商売にしちゃうなんてスフィーダの商人ってさすがねー。やっぱ名産品ってお金になるんでしょうね。覚えておこっと」

「あはは。ボクのほかにも買ってる人結構いたよ」

「ほんとに!? 旅が終わったらスフィーダで露店でも開いて商売しようかしら」

「旅が終わったらな。さ、奥行くぞ」


 明かりが灯ったことで周囲の様子が見えるようになった。

 石造りの城内は老朽化が激しく、ところどころ崩れていた。崩れた石片がそこら中に転がっているため足元には注意したほうがよさそうだ。


「蜘蛛の巣だらけだな。ずいぶん埃っぽいし。女の子は本当にこんなところにきたのか?」

「でも結構涼しいよね。涼むにはよさそう。もしかしたらそれが目的で来てたのかも?」


 床に落ちている石片を軽やかにかわすルナ。


「かもな。俺はこんなおっかないとこ一人じゃ来たくないけど……」


 周囲を見渡すが怪しい箇所は見当たらない。暗闇に閉ざされた空間だけがただ静かに広がっている。


「こんな大きな城を放棄するなんてもったいないわよね。私だったら崩れるまで住み続けるわ」

「でもさ、なんで住まなくなっちゃったんだろう? わざわざスフィーダを作らなくてもみんなでここに住めばいいのにね」

「……言われてみるとたしかに変だな」


 足元に気を付けつつ進んでいく。

 ランタンの火もそう遠くまで届くわけではないから見通せる範囲は限られる。次第に自分たちのいる場所がわからなくなってくる。ただ、感覚としては結構奥まで来た気がする。


『クックック……』


「なんか言ったか?」


 ふいに笑い声が聞こえた気がした。


「なにも言ってないわよ」

「ボクも声が聞こえた気がする。……あ! ねえ見て二人とも! あそこ!」


 ルナが城の奥を指で指す。

 その先に、ぼんやりと人影が見える。


「誰だ!?」


 呼びかけるとその影は、なにも言わず城の奥へと消えていった。


「見たか?」

「例の女の子かな?」

「それにしては背丈が高かったわね」


 明らかに幼い少女の体型ではなかった。


「……行ってみようぜ」


 影が見えたあたりまでやってくると……。


「行き止まり……? どういうことだ? たしかこの辺りにいたはずだけど」


 どうやら一階の突き当たりまでやってきたようだ。


「変ねえ。どこに行っちゃったのかしら」

「階段も見当たらないね」

「おかしいわね。外から見たら二階のテラスが見えたのよ? どこかに階段があるはずよ。探してみましょう」

「探すにしてもランタンの明りだけじゃ心もとないな。見える範囲も限られてるし」

「あ、そうだわ! 大丈夫よ。私に任せて」

「なんだよ。サーニャもランタン持ってたのか?」

「ランタンは持ってないけど、でも、あれがあるじゃない」

「なんだよアレって」

「ほら、アレよ。ア・レ!」

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