第12話 白銀の乙女


「サーニャがもっと安いの頼んでれば足りてたんだぞ」

「でもかぼちゃおいしかったでしょ?」

「うん、おいしかった」

「じゃあよかったじゃない」

「まあな。いや、それとこれとは話が違うから!」


 ああー……どうしよう。食べる前に確認しておけばよかった。どうする。皿洗いでもしてまけてもらうか?

 俺が途方に暮れていると、ふいにテーブルに影ができた。


「こんにちは。お困りかしら、お二人さん」


 テーブルの横に店員のお姉さんが立っていた。


「あ、ええっと……」


 内心焦っていた俺は言葉に詰まってしまった。場に一瞬、沈黙が訪れる。気まずい……。


「うふふ。お金がなくて困ってるんでしょ?」

「あ、あはは……。聞こえてましたか」


 俺は乾いた笑い声で返答した。


「私、地獄耳なのよ」


 優しく微笑んだお姉さんは首を少し傾けて片耳に手を当てる。その後、姿勢を正して笑顔であいさつをした。


「スタイラへようこそ。私は店長のレイナです」

「えっ! 店長さんなんですか? すごく若いのに」


 レイナさんが口に片手を当てながら少し照れたようにほほ笑む。


「あら、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」


 拍子に、結われたブラウンの髪が揺れる。背中の上部ほどまであるその髪は、おろしていれば腰くらいまでありそうだ。

 若いというのは別にお世辞で言ったわけじゃない。年はおそらく二十代前半。

 物腰はおっとりしていて落ち着いた雰囲気の人だ。


「実はお二人に耳寄りな情報がありまして……」


 レイナさんは少し思わせぶりな態度をとる。


「耳寄りな情報……ですか?」

「ええ。たぶん今の二人にはとってもいい情報よ」

「聞かせてもらえますか?」

「私も気になる!」


 いい情報という言葉に反応してやや興奮気味なサーニャ。


「突然だけど二人は幽霊って信じる?」

「幽霊、ですか? うーん、信じるかと言われても……。まあ、見たことはないですね」


 いったい何の話だろう。


「私は信じてるわ。だっていたら面白そうだし、信じてたほうが絶対に人生お得よ」

「お得っていうのがよくわかんないけどな」

「うふふ。幽霊。いたら面白いわよね。……それで本題なんだけど、実は今この街で話題になってる事件があるの」

「事件ですか?」

「ええ」


 レイナさんがこくりとうなずき話をつづける。


「今から四日前にね、この街の女の子が幽霊にさらわれる事件があったの」

「幽霊に? まさかそんなことが……」


 幽霊にさらわれるって……。そんなことが本当にあり得るのか?

 にわかには信じがたいけどレイナさんはいたって真剣な雰囲気だ。からかっているわけではないらしい。


「いなくなったのはまだ八歳の女の子よ。その子は四日前にカラフ城へ行ったきり帰ってこないの」

「カラフ城ってこの街の北東にある、あのぼろぼろのお城?」


 サーニャが尋ねると、レイナさんは胸の前で勢いよく手を合わせた。


「そうそう! あのぼろぼろのお城のこと。このあたりでは幽霊城って呼ばれてるの。みんな不気味がって近づこうともしないわ。女の子がいつまでたっても帰らないから、きっと幽霊にさらわれたんだろうって。中には神隠しじゃないかって言う人もいるわ」

「神隠し……」


 俺はその単語をなぜか無意識のうちに反復していた。


「あのお城、前々から幽霊の目撃情報が絶えないのよ。青白い光を放つ女の霊を見かけたって人が何人もいるの。目の錯覚にしては目撃者の証言が具体的だし、それに報告件数がすごく多いのよ。ただの見間違いというには不自然なの。あのお城は呪われてるんじゃないかって言う人もいるわ」

「呪い、ね。でもカラフ城はもうずっと前から人が住んでないわよね。女の子はなんでそんな場所に行ったのかしら」


 テーブルの上に乗せた手を組みながら、腑に落ちないといった顔のサーニャ。


「それは……わからないわ。でも街がこの件に関して懸賞金を懸けたの」

「へえー懸賞金を。いくらですか?」

「30万リーンよ」

「「30万!?」」


 30万もあれば武器を買っても余裕でおつりがくるぞ。それどころかしばらくは生活に困らないくらいの大金だ。

 そういや、よく考えたら今日の宿代すらなかった。……それ以前に今食べた食事代すらないんだけど。


「ただし女の子を生きて連れ戻すことが懸賞金支払いの条件なの」


 けど結局は女の子を見つけて連れ帰るだけだろ?

 それで30万なら、こりゃかなりおいしい案件だな。

 でも内容に対して報酬額が大きすぎる気もするけど……。


「お金に困ってるなら悪い話じゃないと思うのだけど。お食事代は後払いでいいわ」

「本当ですか助かります!」

「ただし懸賞金は早い者勝ちだから急いだほうがいいかもね。中央広場で大々的に参加者を募ってるから。ほかにも参加する人、いると思うわ。まあ、地元の人は気味悪がってあの城には近づかないけどね」


 早い者勝ちか。よし、先を越される前に、いっちょやってやるか!


「サーニャ、カラフ城へ行くぞ! 女の子を連れ戻して食事代を払わないと。あと、今日の宿代もないしな」

「わかったわ! 急ぎましょ!」


 二人して席を立ち上がろうとした時だった。


「あの~ちょっといいかな」


 見知らぬ少女が俺たちの席までやってきてレイナさんの横に立つと唐突に話しかけてきた。

 白銀のショートの髪にエメラルドのように輝く緑色の目。

 身長はサーニャよりも一回り小さい。

 年齢はおそらく俺やサーニャよりも少し下だろうか。

 胸の周囲を守るプロテクターを身に着けていて背中には身の丈ほどもある大きな杖を背負っていた。


「ねえ、君たちはカラフ城へ行くの?」

「ええそうよ。どこかの誰かさんのせいでお昼代が払えなくてね。はあ……」


 露骨にため息を吐くサーニャ。


「いや、むしろそっちのせいだよね?」

「はあ~……。で、私たちになにかご用かしら?」


 再び露骨なため息を吐くサーニャ。


「実はボクもその女の子の捜索をしようと思ってたんだ。もうすぐ資金が尽きそうでさ。だから今から城へ向かおうと思ってたところなんだ。あ、今食べた分はあるけどね」

「あら、しっかりしてるわねぇ。それに比べてジットときたら……」

「だからなんで俺なの!? 違うよね!?」


 呆れた顔で視線を落とすサーニャ。


「あ、自己紹介がまだだったね。ボクはルナ。バトルクレリックのはしくれだよ」

「まあ、あなたバトルクレリックなの!」


 身を乗り出したサーニャが目を見開いて驚いている。


『バトルクレリックってなんだ?』


 小声でサーニャに質問した。


『バトルクレリックっていうのは神聖魔法と剣術を使いこなす高位の騎士よ。そうそうなれるもんじゃないんだから。ぶっちゃけかなりすごいわよ。ジットじゃ一生なれないと思うわ』

『一言多いよ!』


 よくわかんないけど、このルナって子どうやらすごいらしい。見た目は小柄な少女なのに。

 神聖魔法と剣術か。でもその割には剣を持ってないみたいだけど……?


「それで相談なんだけどさ。街で聞いた情報だとカラフ城って結構広いらしいんだ。一人で探すの大変そうだし、よかったらボクを君たちの仲間に加えてもらえないかな。唐突で悪いんだけどさ」


 ルナの申し出にサーニャと顔を見合わせる。

 協力して3人で探索するべきか。でもそうすると分け前も三等分だよなぁ。さて、どうしたものか。

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