第11話 隠された手紙
扉の上部に備え付けられた鈴がカランカランと鳴る。
店内は席と席の間隔が広めにとってあり、ゆったりとくつろげるようになっている。カウンター席もあるようだ。あまり広くはないが落ち着いた雰囲気だった。
店員の「いらっしゃいませ」という声を聞いて俺たちは窓際の席に腰かけた。
「いい店ね」
「な。でもその割には客がまばらだけど」
「路地裏にあって目立たないからじゃない? この場所だと表通りからは気づかないもん。知る人ぞ知る店かもね」
テーブルの端に置かれているメニューに手を伸ばす。
「サーニャは好き嫌いないのか?」
俺と対面するように座っているサーニャに何とはなしに聞いた。
「ないわよ。だってサバイバルの修業中とか好き嫌いしてたら飢え死にすることあるんだもん」
「どんな修業だよ……」
メニューに視線を落とす。
「暑いから冷たいものでも頼もうかな。アイスティーと、あとこのスタイラ特製ハンバーグってのにしよう。あ、無料でライス大盛にできるって!」
「じゃあ私はお祭りサンドイッチとオレンジジュースにするわ」
注文してしばらくすると頼んだ料理がテーブルに運ばれてきた。
「なんか久しぶりにテーブルで食事する気がするよ」
「そお? 外で食べたのなんて昨日一日だけじゃない」
「そうだけど、やっぱ室内のほうが落ち着くじゃん」
「ふうん……。私は外でも気にならないのよね。広々してて開放的だし」
「たくましいことだぜ」
アツアツに焼けた鉄板の上でジュージューと音を立てるハンバーグ。
やや固めで肉っぽさが強く、ナイフを入れると中から肉汁と湯気があふれてくる。
一口食べてみる。
「うっま!」
「ねえねえサンドイッチもおいしいわよ。はい、一切れあげる」
「サンキュー。スライスしたかぼちゃが入ってるな」
「スフィーダ産のかぼちゃって言ったらちょっとばかし有名なのよ。王侯貴族にも愛好家がいるくらいだから。こんな大陸のはずれで採れた食べ物が遠路はるばるいろんな国に出荷されてるって考えるとなんだかすごい話よね」
「へえ。……ん! あくがぜんぜんない。すっごく食べやすい!」
サーニャが食べているサンドイッチはミックスサンドみたいだな。ポテトサラダ、スモークチキン、スクランブルエッグ、ハム、それにスフィーダのかぼちゃ。様々な具材が挟まれたサンドイッチが皿の上に所狭しと並んでいる。ずいぶん贅沢に食材を使ってるな。
「やっぱ人に作ってもらった料理っておいしいわね。座ってるだけで食事が出てくるなんて最高よ。いつかお金持ちになったら料理人を雇って私の好物だけで献立を立ててもらうんだから」
「ずいぶん夢のある話だけどそんな金どうやって手に入れるんだよ」
「そんなもん世界を救った勇者ならいくらでも出せるでしょ?」
「なんで俺が出す前提なのよ。しかも救うかどうかもわかんないし」
「そんなの、このサーニャ様がいるから大丈夫に決まってるじゃないの。私が立てた手柄を譲ってあげるからお金のほうだけよろしくね。勇者さま」
笑顔でウインクを飛ばすサーニャ。
「そういう都合のいいときだけ勇者扱いなんだから……」
二人してたわいのない会話をしながら食事を楽しむ。やっぱ街の中はいいな。外と違って周りに気を張らなくてすむし。
気が付けば皿の上はきれいになっていた。
「ねえ、この後どうする?」
窓の外を眺めていたサーニャがこちらに向きなおる。
「とりあえず俺は武器を見に行きたいな。丸腰じゃ戦いになった時困るし」
「だけど武器を買うにもお金がいるわよ。予算は大丈夫なの?」
「あ、そうだった。うっかり忘れてたけど、俺211リーンしか持ってないんだった。親が全然餞別くれなくてさ」
「えっ! ちょ、ちょっと! それだけしか持ってないの?」
サーニャが焦ったような表情で身を乗り出してくる。
「これでも全へそくり持ってきたんだぞ。……少ないけど。あ、ごめん、悪いけど食事代建て替えといてくれないか? 街で何かクエストを探してそれで返すから」
「私、お金全然持ってないわよ?」
「えっ。全然持ってないっていくら持ってるんだ?」
「0リーン」
真顔で返答するサーニャ。
「はあああっ!? ちょ……食事代どうすんだよ」
「参ったわよね」
まるで他人事のように言い放つと、両手にあごを乗せて窓の外を遠い目で見つめるサーニャ。
「参ったわよね、じゃないだろ!? 全然足りないじゃん。もう食っちまったよ!」
どうしよう。このままじゃ勇者どころか無銭飲食の犯罪者だ。
「食い逃げ勇者」
ぽつりとこぼすサーニャ。
「やめて! ていうかお前も共犯だぞ!」
「だって勇者なんだから、お金くらい持ってると思ったのよ」
「なにその謎の理論」
「気前よく奢ってくれると思ってたから何も考えずに注文しちゃったじゃない! どうしてくれんのよ!」
「なんでお前が怒ってんだよ……」
「もう! レディを食事に誘うんだから奢るのが当たり前でしょ! それが世界の常識でしょ! こんなことしてくれちゃって、どうしてくれんのよ!」
「あーもう、うっさい奴だな。あんまり騒ぐな」
とはいえ211リーンしか持ってない手前、俺もあまり強くは言えない。
マジでどうしよう。
「いや、待てよ!」
実はものすごく安い店って可能性もある。だってこんな路地裏にあるんだ。立地が悪い分サービスがいいかもしれない。
俺はその可能性に賭けてテーブルの端に伏せられた伝票に手を伸ばした。
頼むぞ……。
勢いよく伝票をひっくり返す。
『計2500リーン』
「全っ然、足りねえ!」
というか高えよ!
なんでそんなにするんだ?
伝票を確認する。
「サンドイッチ1500リーンもするじゃねえか! 俺のハンバーグ600リーンだぞ!」
「別に高くはないわよ。スフィーダかぼちゃは高級食材よ? 1500リーンならむしろ安いくらいだわ。んっもぉ~! ジットってば、もうちょっと金銭感覚を養わなきゃ。ね!」
笑顔でウインクを飛ばすサーニャ。
「うっさい! 金持ってないのにそんないいもん頼むな!」
「なによー。サンドイッチ一切れあげたじゃない」
「あ、そっか……。って、関係ねーし! 俺が払うなら関係ないから! そもそもなんでサーニャは金持ってないんだよ」
「レディはお金を持ち歩かない」
サーニャは「ふっ」と言いながら長い黒髪をかき上げた。
ダメだこいつは。
「どうすんだよ~……」
困り果て、藁をもすがる思いでポケットの中をガサゴソしてみる、と。
「あれ? なんだこれ?」
「どうしたの? 金貨でも見つかったの?」
「なんか見覚えのない封筒が入ってる」
封筒を開けると中から手紙が出てきた。
「お袋の字だ」
『ジットへ。
お父さんのヘソクリをこっそり入れておきます。
困ったときに使ってください。
母より』
「まあ! なんて気の利くお母さん」
「さっすがお袋だぜ。どれどれ……」
封筒の底からコインが出てくる。
「銅貨だ! それも二枚も入ってる」
「銅貨は一枚1000リーンだから、二枚で2000リーンね」
「俺の211リーンを足せば2211リーンか」
……。
「足りねえ……。……ん? 手紙に続きがある」
『追伸
世界を救った暁にはこの手紙を美談として紹介してください。よろしくね☆』
「……抜け目がないな」
「まあ! しっかりしたお母さんね。素晴らしいわ!」
「しっかりというよりちゃっかりだと思うけどな……」
どうしよう……。マジで。
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