第10話 路地裏の殺人鬼


「つ、着いたあああーーーー!」


 トルラ村を出発した翌日、俺たちはスフィーダの南門の前にいた。


「だいぶ早く着いたな」


 空を見上げるとまだ日が高い。


「よかったわねぇ昨日たくさん走って。大丈夫ジット? 筋肉痛になってない?」


 冷ややかな視線で心配の言葉をかけてくるサーニャ。


「う、うん……。大丈夫……」


 円状の巨大な壁で周囲を囲まれたスフィーダは東西南北にそれぞれ門があり、そのいずれからも出入りできる。

 巨大な南門をくぐって街の大通りへ足を進める。


「すごい人だ……。トルラ村とは大違いだな」

「大部分は旅人よ。スフィーダは商業が発展してるから遠くから買い物に来る人も多いのよ」


 大通りは大勢の人々が行き交い喧騒に包まれていた。

 そんな街の様子に俺とサーニャは少しだけそわそわしていた。


「ジットはこの街は初めて?」

「幼いころに何度か来たよ。でも街の雰囲気だいぶ変わってるな。人もここまで多くなかったし。店もだいぶ増えてる」

「私も街の中に入るのは久しぶりなのよ。最近は特に人が増えたみたいね」


 歩きながら大通りの左右にずらりと並ぶ出店を見て回る。


「にしてもすごい数の店だな」

「どの店も流行ってるわねえ。景気のいいことだわ。」


 笑顔で行き交う人々を見ていると世界に危機が迫っていることを忘れそうになる。


「なあ、これからどうする?」

「そうねえ……。ねえジット。私、お腹減っちゃった! まずはご飯にしない?」

「そうだな。俺も腹ペコだ。とりあえず飯にするか」

「じゃあ、お店探しましょ!」


 お腹をさすりながら「どこかいい店はないかしら?」ときょろきょろするサーニャ。

 サーニャと二人でよさそうな店を探しがてら大通りを散策する。


「それにしてもいろんな店があるな」


 名物の焼き菓子を売る店。なんだかよくわからない不気味な人形がたくさん並んでいる店。かぼちゃが大量に積み上げられた店。ガラスでできたちょっとずんぐりしたネコのような生き物のオブジェが並ぶ店。古文書っぽい俺には読めない文字で書かれた本がたくさん並ぶ店。などなど。たくさんの店があり、ついつい目移りする。


「まるでお祭りみたいだな」

「スフィーダって年中こんな感じなのよ。遊びに来るにはいい場所よね」

「もう少し村から近いといいんだけどな。せめて歩いて三十分くらい」


 うろうろしながらいろんな店を眺めていたら、大通りから西へ向かって伸びるわき道を見つけた。道の先にカフェらしき店が見える。


「なあサーニャ。あの店は?」


 路地裏の店を指さす。


「あら、あんな目立たない所に。よく見つけたわね。行ってみましょ」


 薄暗いわき道は表通りから少し外れただけなのに人もまばらになり、急に静かになる。


「カフェ・スタイラ、か」


 店のドアに貼られているブレートを読む。


「よさそうな店ね。ここにしましょっか」


 店に入ろうとドアに手をかけた時だった。視界が急激に白く塗りつぶされていく。


「えっ」


 そして次の瞬間には路地の入り口に戻されていた。

 ……これってやっぱ例のあれだよな。

 確か店のドアに手を掛けた瞬間だったけど……。

 あの店に何かあるのか……?


「……サーニャ」

「なあに?」

「気を付けろ。この先、なにかがある」


 薄暗い通路の先を見つめながらサーニャに伝える。

 俺の緊張を読み取ったのかサーニャにも警戒感が生まれる。


「……わかったわ」


 周囲を警戒しながら二人で通路に足を踏み入れる。

 慎重に進んでいき店の近くまで来た。

 ……とりあえず今のところは何もない。


『何かいるか? サーニャ』


 小声で話しかける。


『ううん。いないわ。後ろも大丈夫よ。つけられてるわけでもないみたい』

『突然来るかもしれない。警戒を怠るなよ』

『うん』


 店のドアの少し前に立つ。

 さっきはこのあたりでやられたが……。一体何者だ? まるで気配を感じなかったぞ。

 サーニャに静止の合図を送る。

 周囲を警戒しつつその場でしばらく待機する。


「チチチッ」


 唐突に頭上から何者かの声が聞こえてきた!


「誰だ!」


 空を見上げた。

 ――鳥だ。小さな鳥だった。青い鳥だった。美しい鳥だった。美しい青い鳥だった。


「鳥……?」


 次の瞬間。


 ぷりりっ!


 鳥は景気よくぷりっと可愛い塊を発射した。

 尾部から放たれたボは、尾部との別れを惜しむ暇もなく、ただちに地面へと吸い込まれる。まるでそこが帰るべき当然の場所とでも言わんばかりに。

 刹那、大地と衝突するやいなや、穢れなき白の塊はまるで自己を強く主張するが如く巨大な大地にべちゃり! と散らばった。


 なーんだ、鳥のフンか。ははっ!

 って、クソじゃねえかああああああああっ!

 生きてんだよ、こっちは! 生き物なんだ!

 このくだり、昨日もやっただろ!

 鳥類は俺に恨みでもあるの!?

 いいから、うんこはもう二度と俺を殺すな!

 ハアッ……ハアッ……。


「どうぞ安らかに」


 サーニャはボの遺体に砂をかぶせると、手を合わせて祈りをささげた。


「あの……何してるの?」

「うんこの墓」

「そ、そっか……」


 サーニャはそっとうんこを埋葬した。

 死んだのは俺の方なんだけどな。


「それにしても、よくうんこが降ってくるってわかったわね。これからはうんちセンサーって呼ばせてもらうわ」

「絶対にやめろ。……店、入ろうぜ」


 旅立ち二日目にして、うんこに二度も屠られた俺は、埋められた殺人鬼を横目にカフェの扉に手を掛けた。

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