第9話 魔弾


 どうする? 走って逃げるか……? 無理だ! 玉の範囲が広すぎる! 範囲外へ逃げられない。

 なんとかかわすか? ……もっと無理だ!! この密度だぞ。かわす隙間がない!

 ……くそ! こうなったら最終手段……!


「サーニャ!」

「えっ?」


 あっけにとられているサーニャの後ろへ瞬時にもぐりこむ。そしてローブをつかんでサーニャが動かないように固定した俺は小さく小さく縮こまった!

 食らえ! リリトル! これがッ!


「サーニャシーーーールドッ!!!」


 その瞬間! 大量のボがサーニャ目掛けて衝突した! (主に顔に)


「ぎゃああああああああああーーーーーーッ!!!!!!!!」


 ボのシャワーが降り注ぐ中、サーニャの絶叫が平原の彼方へと駆け抜ける。

 大量のボが降り注ぎ続ける中、俺はサーニャシールドに守られ続けた。

 そしてすべての光球が降り注いだのを確認してサーニャシールドを解除。

 と同時に、大の字の格好で後ろへ倒れこむサーニャ。


「あぶねっ」


 サーニャの後ろに隠れていた俺は慌ててその場を飛びのいて衝突を避ける。

 やばいやばい。ぶつかったら、たぶんまた巻き戻るからな。


「ごっはあああああっ……」


 きれいな大の字のまま、まるでスローモーションのようにゆっくりと大地へ吸い込まれていくサーニャ。長く美しい黒髪が宙を舞う。そして偶然後ろに生えていた草のクッションに優しく抱き留められた。

 はじけるボが光り輝きながらサーニャの周囲を白い光で照らす。その光景はどことなく神々しい。


「クルクルクルクル……」


 笑い声らしき声を上げるリリトル。

 自身の放った魔法がクリティカルヒットしたことにご満悦のようだ。さっきまで怒ってたのに調子のいい奴め。

 一方サーニャは草の上でたおやかにのびている。


「おい! 大丈夫かサーニャ!」

「……う、う……ん」


 呻き声を上げながらゆっくりと目を開くサーニャ。


「無事みたいだな。ふう、安心したぜ。顔に大量に食らっていたようだが……。……よし。傷らしきものはないな」


 ホッと胸をなでおろす。


「あ……あれ……? ここはいったい? なんで私、こんなところで寝てるの?」


 草のじゅうたんの上で上半身を起こすサーニャ。


「大丈夫かサーニャ? リリトルのボを食らって伸びてたんだよ。でもケガはないから安心していいぜ」


 まだぼんやりしているサーニャ。状況が呑み込めないといった様子だ。まあ無理もない。

 リリトルはまだ『クルクル』とご機嫌だ。


「……」


 無言のままリリトルを見つめるサーニャ。こめかみの血管がピクピクと拍動している。


「サ、サーニャ? 大丈夫か?」

「あのもふもふ……。よくもこのサーニャ様の顔に!」


 恐ろしい形相のサーニャが低い声でこぼす。

 と、人差し指をリリトルへ向け……。


「くらいなさいっ!」


 指先から放たれた光の球がリリトルへ向かって飛んでいく。

 これは、ボか!

 高速で飛ぶボがリリトルの足元にぶつかり強く輝く。

 光に驚いたリリトルが慌てて目を隠す。


「キュッキュッ……」


 切なげな鳴き声を上げるリリトル。そして、辺りをきょろきょろと見回した後、俺たちのいる場所とは逆方向へ一目散に走り出した。見た目に似合わず、なかなかの健脚で平原の彼方へと消えていく。


「やった……のか? や、やった……。乗り切ったんだ!」


 かろうじてとはいえ魔獣との勝負に勝ったぞ!


「なんだよ、サーニャもボを使えるのかよ! すごいじゃん!」

「まあ低位魔法だからね。もちろん使えるわよ」

「にしてもあいつ……すごい勢いで逃げてったな。俺たちのことさんざん脅かしたくせに自分は同じことされてビビって逃げてくとか。ちょっとかわいいな」

「リリトルは本来、臆病な性格なのよ。少し脅かせばご覧の通り」

「なんだよ。じゃあ最初からやってくれればよかったのに。大変だったんだぜ? いろいろと」

「相手をしなければ、すぐに立ち去ると思ったのよ。それにまさかあそこまで好戦的なリリトルがいるとは思いもしなかったから」

「ま、運が悪かったってことかな? なんとかなったからいいけどさ」


 俺はサーニャの顔をちらりと見た。

 リリトルを追い払ったというのに、いまだこめかみをピクピクと力強く拍動させるサーニャ。


「ジット。さっきのは痛かった」


 サーニャの声色が冷たい。


「えっ? な、何のこと……ですか……?」


 サーニャの眉がピクリと動く。


「……何のこと? ……あれだけ大量のボをこの私になすりつけておいて何のこと、ですって?」


 やべ、話題を変えよう。


「それにしてもだいぶ遠くまで来たね! このペースだとすぐにスフィーダに着いちゃいそうだなあ! ははは!」

「へーえ。そんなに早く着きたいんだ。じゃあ……」


 一瞬沈黙するサーニャ。


「もっと早く着かせてあげるわ! そおおおーーーーら! 走りなさーいッ!」


 紫ローブの呪術師が恐ろしい形相で大声を上げながら追ってくる。


「あんたねえ! 威力が低いって言ってもあんだけ食らえばめちゃくちゃ痛いんだからね! もう痛かった! 痛かったぞジットォォォォォッーーーーーー!!」

「ご、ごめんって! 仕方なかったんだ! 謝るからっ! 話を聞いてくれーーーーーー!」

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