第8話 光陣


 案の定、リリトルが連続でボを放つ! 無数のボが俺たち目掛けて飛んでくる。ボの動きにもだいぶ慣れてきたため、二回目よりもうまくかわせた。かすってもいない。念のためかなり余裕をもってすべてのボをかわした。

 よおしっ! 確実にかわした!


 この後だ! 前回はこの後になぜか巻き戻りが起こった。いったい何があった?

 周囲に気を配る。

 と、視界の端に一羽の鳥が羽ばたいている。青い鳥だ。

 この鳥、前回もいたのか? いや、前回はボをかわすのに精いっぱいで他のことまで意識する余裕がなかった。

 しかし、展開が同じだとすると、おそらく前回もいたんだろう。

 ……まさか鳥がボを打ってくる、なんてことはないよな?

 しかし――。

 鳥が俺の真上を横切った時だった。鳥から白いものが放たれた!


「なにいっ!?」


 お前も打てるのかよ!

 鳥が放ったボはこちらへ向かって一直線に垂直落下する!


「ひいっ!」


 頭上からの飛翔物をなんとかかわす。

 鳥が放ったボは俺の真横に落ち、そして地面にびちゃりとこびりついた。

 ……地面にぶつかったボがなぜか消えない。輝くことも破裂音を鳴らすこともなく、そこにある。


「ど、どういうことだ……?」


 地面にこびりついた白い物体を覗き見ると……。


「これ……うんこだ……」


 うんこ……。

 そうか。触れたのは禁忌<タブー>じゃなくてうんこか。

 でも本当に?

 …………………………。

 巻き戻らない。

 本当なんだね。

 正直なことを言うと予感はあった。

 鳥って時点でもうなんとなく察した。

 でも信じたくなかった。

 だってそうだろう?

 うんこで死んだ実績を、知らずに積んでいた。受け入れがたいだろう? 誰だってそうさ。

 でもね。うんこなんだ。もう、これは事実なんだ。もう決して揺るがないんだ。うんこで死んだんだ。僕はうんこで死んだんだ。僕は死んだよ。うんこで。

 嫌だよ。そりゃあ。でもね。

 過去を変えることはできない。それは神でさえも。

 変えられるのは未来だけ。

 だからもう、よそう。

 前を向こう。

 前だけ見て歩くんだ。できるよ。きみならね。


 ……でもさ。本当かな?

 前だけを見て歩ける人間がこの世にどれだけいる?

 みんながみんなそんな勇気で満ち溢れているかい?

 違うよね。

 臆病風が吹く瞬間が誰にだってある。

 そんな時はさ。立ち止まって振り返ればいい。

 そこに仲間がいるから。

 顔を見れば安心するだろ? そしたらまた歩けるよ。

 そして疲れたらまた立ち止まればいい。なんどだって。

 後ろを振り返るのはさ、前に進むためなんだ。

 決して悪いことなんかじゃあない。引け目なんて感じる必要もない。

 勇気という燃料が切れたらまた振り返るといい。

 仲間はそこにいるよ。いつだって。

 十分に充電で来たらさ、また、歩けるよ。

 ずっと進んでいける。きみならね。


「人間がうんこで死ぬなよッ!!!!」

「!? ジ、ジット? どうしたの? 大丈夫?」

「あ、ああ……。悪いな……。なんでもないんだ……」


 ……よし。巻き戻りが起こらない。乗り切ったんだ!

 カラクリさえわかればもう怖くない。一回目も二回目もダメージを食らったタイミングで巻き戻っている。

 ボの軌道は直線的だし、軌道さえ見極めれば食らうことはないだろう。……いけるぞ!


「リリトル……見切ったぜ」

「やるわね! さっすが勇者さま!」

「ははは!」


 しかし初戦の相手がリリトルで幸運だった。もっと凶暴な敵が相手だったらこうはいかなかっただろう。……まあ、リリトル相手でも何度かやり直してるけど。

 待てよ……? 仮にここで、もっと凶悪な魔物に遭遇していたらどうなっていたんだ……? 下手したら一生倒せずに永久に戦い続けるハメになっていたんじゃ……。

 そう考えた途端、背筋がぞっとする。


「……ジット」


 さっきまでより低いサーニャの声。


「うん? どうした?」

「リリトルの様子が……」

「え? ……なんか震えてるな、あいつ」

「それに不機嫌そうな顔してるわね」

「なにかあったのかな?」

「たぶんだけど、さっきのボをかわされたのがショックだったのかも」

「はあ!? そんなことで? ボに青春でもかけてんのかよ……。ていうかそんなことでショック受けるなんてメンタル弱すぎでは? よし! ちょっと励ましてやるか」


 俺はおもむろにリリトルのもとへ歩いた。


「まあまあ、リリトル君。落ち着きたまえ。なにを落ち込んでいるんだい? 落ち込むことはない。君のボはなかなかのものだったよ? 切れもあったしね。しかし、君は運が悪かった。なぜだと思う? そう! 相手がこの僕だったからだ。僕はこう見えても勇者だからねえ。勇者ってわかるかい? 世界を救う者のことを言うんだよ? 悪いが俺は無敵なんだ。ごめんね」

「ちょ、ちょっと! あんまり刺激しないほうが……」


 調子に乗っていた俺はサーニャが慌てていることに気づかなかった。そして怒りをあらわにして震えるリリトルにも。


「ぐるおおおおおおおッ!」


 怒気のこもった雄叫びを上げながら両腕を天へと伸ばすリリトル。

 直後、すべての指先から無数のボが空高く放たれた!


「な、なんだよあの量!?」


 一瞬のうちに空を覆いつくす光の一群。


「すごい量ね……。空の一部が消えちゃったわ。ジット! どうやら本気で来るみたいよ!」

「あんなのかわせねえぞ!? ど、どうすれば……」


 リリトルが上げていた両腕を地面へ向かって大きく振り下ろす。同時に空一面を覆いつくす大量のボが一斉に俺たち目掛けて飛んできた!


「なんて密度だ……! ――無理だ! かわせっこねえ! どうするサーニャ。逃げ場がないぜ」

「私に言われてもわかんないわよ! ジット、勇者なんだからなんかいい方法考えてよ!」

「いい方法って言われても……」

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