第6話 邂逅


「もしもーし! 誰かいるのー?」

「お、おいサーニャ。危ないぞ。やめとけよ……!」


 草むらに向かってのんきに呼びかけるサーニャ。――と。


「グルルル……」


 草むらの陰から全身毛むくじゃらの生き物が現れた!


「で、出たーーーー!?」


 な、なんだこいつ!? 魔物か? 魔物はいないんじゃなかったのか!?

 俺たちを見て低いうなり声を上げる謎の生物。


「まあ! めずらしい。リリトルじゃないの」


 謎の生き物を見て驚いたような不思議がっているような表情を浮かべるサーニャ。


「リリトル……? なんだよそれ」

「目の前にいる魔獣がリリトルよ。あのふわふわして触ったら気持ちよさそうな生き物」

「いや、そこじゃなくて……」


 目の前には全身が体毛に覆われた二本足で立っている獣がいる。背丈はあまり大きくなく、俺やサーニャよりも一回り以上は小さい。つぶらな瞳に大きな垂れ耳。顔がやや大きく、等身は低い。率直に言って犬みたいでちょっとかわいい。……いや、そんなこと言ってる場合じゃない!


「全く気付かなかった……」

「気配を消して近づいてきたんでしょうね。このあたりは草むらがところどころにあるし。リリトルが姿を隠すには十分よ。さすがは魔獣ね」


 ……うかつだった。もう少し周囲を警戒すべきだった……!

 つぶらな瞳で静かに見つめてくるリリトル。俺たちの出方をうかがっているといった感じだ。


「て、敵なのか? どうする? サーニャ」


 雰囲気からしてそんなに凶暴そうには見えないが……。


「リリトルは主に森に生息しているはずだけど……。なんでこんな平原に? まあ、おとなしい生き物だから危険はないと思うけ――」


 サーニャがしゃべっている途中だった。

 リリトルの指先から小さな光の玉が飛び出し、俺たちめがけて勢いよく飛んできた!


「うわあっ! あぶねえっ」

「えっ!?」


 飛んできた光の玉をギリギリかわす。

 後ろを振り向き、玉の様子をうかがう。

 玉は勢いを保ったまま地面に衝突した。その瞬間、パンッという小さな破裂音と同時にその周囲を一瞬だけ強い光が包む。その後、光の玉は掻き消えてまるで何事もなかったかのように静寂が戻ってきた。

 サーニャが驚きの表情を浮かべる。


「サーニャ、今のは!?」

「今のは……『ボ』よ」

「ボ?」


 なんだその変な名前。


「魔法の一種よ。だけど大丈夫。威力はほとんどないから。たぶん私たちをからかってるんだと思うけど……。リリトルはいたずら好きな魔獣だっていうし」

「ど、どうすれば? 戦うのか? まだ心の準備が……。やべ、武器がない!」

「大丈夫! 刺激しなければすぐにどこかへ行くわよ。あまり目を合わせないようにして! 去ってくれるのを待ちましょう」

「よ、よし。わかった!」


 隣を見るとサーニャはすでに落ち着きを取り戻していた。リリトルがボを放った時は驚いていたが今はもう冷静だった。その様子を見て俺も何とか平静を取り戻した。

 リリトルはこちらとの距離を一定に保ったまま様子をうかがっている。


「案外怖くないな」

「基本的に人を襲うような魔物ではないのよ。だからボを撃たれたときは驚いたけど。ま、ボにはほとんど威力がないからそんなに身構えなくても大丈夫よ」


 ほとんど威力がない、か。

 でも当たれば多少は痛いのかな?

 その時、ふいにラティナの言葉が頭をよぎった。


『決して傷を負ってはならない』


 あの言葉はどういう意味だ。

 傷ってどこからが傷になるんだろう。大ケガ? それとも、かすり傷でもダメなのかな。もし後者だとしたらボを食らってもまずいんだろうか? でもそれだとうっかり小指をぶつけたとか、そのレベルでもまずいんじゃないか。日常生活すら送れないじゃん。

 そもそも傷を負うとどうなるっていうんだ?

 そんなことを考えていると。

 リリトルが再びこちらを指さす。それと同時に今度は連続で飛び出した光の玉が俺たちを襲う!


「うわあっ!」


 突然の激しい攻撃に無意識に声が漏れる。

 前方から飛んでくる無数の光の玉に意識を集中し、右に左に回避する。光の玉はそれなりに速く、決して気を抜けない。

 サーニャは身軽な動きで飛んでくるすべてのボをかわして華麗に受け身をとった。

 俺は不格好ながら最初の数発を避けた。しかし――。


「――しまった!」


 無数に飛んできたボの一発が肩にぶつかる。

 当たったボは破裂音を発すると同時に強く光り、俺は眩しさで反射的に目を閉じた。それと同時にボが当たった場所からピリピリとした感覚が伝わってきた。

 その時、なぜかとても嫌な予感がした……。


 肩に食らったボが光と音を放ち、はじけ飛んだ。それと同時にビリビリとした微かな痛みが肩から伝わってくる。その時だった――。

 周囲が急激に白くなり、一気に視界が奪われる。まるで一瞬にして深い霧の中に迷い込んだかのように。


「――!?」


 視界が完全に白で覆われ、サーニャやリリトルの姿を見失う。

 なにが起こった?

 ボの効果か? 視界を奪う効果があるのか?

 いや、違う。

 視界だけじゃない。音も全くない。それどころかサーニャやリリトルの気配すらも。

 目の前にはただ、白があるだけ。

 なんなんだこの空間は……。

 突然の事態に得も言えぬ不安感に襲われる。


「サ、サーニャ? どこだ? いたら返事してくれ!」


 返事は返ってこない。

 次の瞬間、唐突に視界が開けた。


「ぐっ……」


 眩しい……。

 周囲の霧が唐突に晴れる。視界が回復し、平原の姿が飛び込んできた。

 ここは……。さっきいた場所……か?

 どういうことだ? 何があった?


『がさがさ……ッ! がさがさ……ッ!』


 突然、目の前の草むらが大きな音を立てて揺れだした。

 まさか……。


「二匹目か!?」


 どうなってんだよ!? 魔物はいないんじゃなかったのか!?


「二匹目?」


 ぽかんと俺を見つめるサーニャ。


「さっきのリリトルと合わせて二匹目……って、あれ? さっきのは?」


 周囲を注意深く見まわすが先ほどのリリトルの姿はどこにも見当たらない。

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