第2話 黒の少女
さすがに不死身の力があれば戦闘経験ゼロのド素人でしかない俺でもやれるんじゃないか?
だって不死身ってことは絶対負けないってことだろ?
負けないんだったら絶対勝てるじゃん!
え? ……すごくないか? 精霊パワー。
「ふふ、やる気になってきたわね? あなたを選んで正解だったようね。やはり私の目に狂いはなかったわ! そうよ、最初から分かってたんだから! 別に『めんどくさいから第一村人のこの子でいいや』なんて適当に選んだわけじゃないのよ?」
「は、はあ……」
適当に選びやがって。
「そうだわ! 勇者になるともう一ついいことがあるのよ。なにかわかる?」
「いいことですか? なんだろう……。あ、敵と戦って体力がつくとか?」
「ふふ、まあそれもあるんだけど。もっといいことよ。それはね……」
手のひらを上へ向け、親指と人差し指で輪っかを作るラティナ。
「勇者は金になるわよ~!」
満面の笑みを浮かべながら目の前のソイツは言った。
ダメだこの精霊は。
「勇者は金になるわよ~! 勇者よ! あっはっは!」
お前は十年来の親友かよと言いたくなるぐらいに気安く肩を組んでくるダメ精霊。
「金になるぞ~~~!」
「き、聞こえてますって」
ダメだこの精霊は。
「もう、ノリが悪いわよジット! 若いんだからもっと勢い出さなきゃ! どうせ失うものなんてなんにもないんでしょ? だったら勢いを武器にすればいいのよ! んもう! 最近の若者はほんと元気がないんだから! しっかりしてよね!」
「は、はあ……」
お前、外見年齢俺と変わんないだろ。
と、騒がしかったラティナが急に俺から数歩離れて赤い泉の上に立つ。
「ねえジット」
さっきまでとうって変わって声のトーンをとたんに落とすラティナ。
「一つだけ忠告があるの。聞いてくれる?」
「な、なんでしょう?」
「あなたに授けた力には一つの制約があるの」
「制約?」
「守るべきルールのことよ」
「はあ。で、どんなルールなんです?」
精霊は、ゆっくりと静かに唇を動かし、こう告げた。
「決して傷を負ってはならない」
ラティナの冷ややかな眼光に射抜かれる。
その瞳には熱といったものが全く感じられない。
目の前にいる少女がまるで得体のしれない何かに変貌してしまったかのような、そんな不気味さを感じた。
「傷を……? どういう意味です?」
「すぐにわかるわ」
なぜだろう。
この少女とこのまま別れてはいけない気がする。
……ここで別れたらなにか大変なことになる。
頭のどこかが強烈にそれを伝えてくる。
「……この力、やっぱりお返しします。よく考えたら戦えない俺なんかよりもラティナ様が使ったほうがよっぽど強いでしょうし」
身の危険を感じて力を返そうとすると。
「あ、ごっめーん! 言い忘れてたけど一度あげた精霊パワーは、その人の一部になっちゃうの。返すとかできないってわけ。だからその力はずっとジットのものよ! 安心して?」
「はああああああああああああっ!?」
頭のおかしいことを軽っるーい感じでのたまうラティナ。
「ふふ。精霊パワーはもうあなたのもの。そしてフォリドを倒せるのは精霊パワーを持った勇者だけ。わかる? この意味」
出会い頭でいきなり押し付けたんだろ!
完全に詐欺じゃねえか。
「で、でも俺じゃ無理ですよ! 何とか返す方法はないんですか!?」
「それが私にも無理なのよねえ~。ごめんちゃ!」
頭をこつんとしながら首をかしげて舌をペロッと出した精霊のしぐさに、うっすらと殺意を覚えた。
「大丈夫よ。安心して行ってきなさいな。私が保証してあげるから。ね!」
笑顔でパチッと軽快なウインクを飛ばすラティナ。
お前の保証ほどあてにならないものもないけどな。
「さあ、準備は整いました。旅立つのです、勇者よ! 愛すべき人の子よ! 世界の命運はあなたの手にゆだねられました。一刻も早く旅立ち、この世界に平和を取り戻すのです! じゃ、お仕事終了っと。あとはよろしく頼んだわよ、勇者さま! 頑張ってねー!」
赤い泉の上をツーと滑っていくラティナ。
泉の中央まで行くと足元から静かに沈んでいく。
「ええ!? 帰っちゃうんですか!? 力の使い方まだ聞いてませんけど!」
「すぐにわかるから大丈夫よ」
泉の底から響く声。
「絶対に大丈夫。あきらめさえしなければね。また会いましょうジット。すべてが終わったその時に……」
その言葉を最後にラティナの声は聞こえなくなった。
――あ! そういやフォリドはどこにいるんだよ!
「おーい、ラティナ様! フォリドはどこにいるんですかー?」
泉に向かって叫ぶも反応がない。と。
「ゆ、勇者……さま……?」
ふいに背後からよく通る声が聞こえた。
振り返ると見知らぬ少女がそこにいた――。
大きく澄んだ瞳でこちらを見つめる少女。薄い紫色の瞳がどこか神秘的な雰囲気を醸し出す。
まっすぐに伸びた美しい黒髪の先端は膝の裏に達するほどに長い。まとっている紫のローブからのぞく肌は、透き通るように白かった。日照時間の長いトルラ村でここまで色白な人は珍しい。
年は俺と同じくらいだろうか。
平均身長の俺よりも拳一個分くらい小さい。女の子としては長身だ。
それにしてもこんな子この村にいたっけ?
少女は俺の前まで駆けてくると。
「明日の朝ここで待ってるから!!」
身を乗り出して興奮気味に告げると、ものすごい勢いで村のどこかへ走り去っていく謎の黒髪少女。
「だ、誰?」
誰もいなくなった泉に静寂が訪れる。
赤い泉の前にぽつりと一人取り残されてしまった。
「……帰るか」
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