勇者1/1

八雲清澄

第1話 鮮血の少女


「あら」


 まるで血のように赤い泉の上に立つ少女が一言漏らす。そして水面に波紋を立てながら泉の上をすべるようにして、泉の前に立つ俺の元までやってきた。

 少女はなにも言わず、唐突に俺の胸へ手を当てた。


「あ、あの……。なにを……?」

「静かに」


 突然の出来事に戸惑う俺に、口をつぐむよう伝える少女。

 俺の胸に接触した少女の手が赤黒く光り輝き、同時にそこから温かな熱が伝わってくる。

 それは次第に体中へ広がっていき、手足の指先にまで達した。

 不思議と嫌な感覚ではなかった。


「終わりました」


 そう告げると当てていた手を離す少女。


「はあ……」

「では旅立つのです。勇者よ」

「はあ……?」


 なにを言ってるんだこの子は。


「あの、あなたは誰なんです?」

「私はラティナ。精霊ラティナよ」


 ラティナと名乗った少女は、ぱっと見は十五、六歳くらい。

 膝の裏あたりまでストレートに伸びた金色の髪。透明に近いきれいなブルーの瞳は、見ているだけで吸い込まれそうな不思議な気分になる。そして、少女の身をまとっている白い服には縫い目が一切なかった。

 どこか人間離れした不思議な雰囲気の少女に俺は見とれていた。

 偶然だとは思うけど髪と瞳の色は俺とそっくりだった。


「精霊……。あ、俺はこの村に住んでるジットといいます」


 精霊……。昔話とかに出てくるあの精霊か。正直、ただの少女にしか見えない。いや、ただの少女というにはかなり美しいか。それにしてもこの子どうやって水の上に立ってるんだ? 魔法とか?

 なぜこのトルラ村に精霊が?

 精霊は村の入り口にある泉の上に立っていた。

 しかも泉はなぜか真っ赤に染まっている。朝はそんなことなかったのに。


「そうですか。ジットというの。あの、あまりじろじろ見られると照れるんだけど」


 物珍しさに見とれているとラティナ様が少しだけ顔をそらす。


「俺、精霊に会ったの初めてで」

「あら、そうだったの。超常の存在だもんね。見とれてしまうのも無理ないわ。ふっ、今日はサービス。好きなだけ拝むがいいわ。人の子よ!」


 急に偉そうな態度になる精霊。


「旅立つって言ってましたけどなんの話ですか?」

「なにって、決まってるでしょ? フォリドを倒すのよ」

「フォリド? なんですそれは?」

「え? ジットってばフォリドをご存じない? それ本気で言ってる?」


 アホを見る顔を向けてくるラティナ。


「しっかたないわねえ。じゃあ説明してあげるわ。いい? フォリドっていうのは四つの災厄のことよ」

「四つの災厄?」

「そ! フォリドは遥か昔、世界を破滅させようとした悪っる~い奴らよ。各国の精鋭騎士団さえまるで歯が立たないほどに常軌を逸した強さだったわ。フォリドは一体一体が世界を滅ぼしかねない恐ろしい力を持っているの。ま、結局は封印されちゃったんだけどさ」

「はあ」

「私が目覚めたってことはフォリドも目覚めたってことなの」

「はあ!?」


 とんでもないことをしれっと真顔で言う精霊。


「え……。じゃあ今ってかなり危機な状況じゃ……」

「かなりっていうかめちゃくちゃやばいわよ? ま、フォリドは復活したばかりだし辺境のこの村が滅ぼされるのはまだまだ先でしょうけど」

「滅ぼされる……。――じゃあ早くなんとかしないと!」

「うん。だからジットに倒してきてほしいのよ」

「はあ!? なんで俺が!?」

「だって力あげたじゃない」

「力……?」

「さっき手のひらをくっつけたとき温かかったでしょ?」

「はあ」

「あれが力よ」

「はああああああああああ!? ちょっとなに言ってるかわかんないんですが!」

「簡単なことよ。旅に出てフォリドを倒してくれるだけでいいから」

「いやいや! できるわけないでしょ!? 各国の精鋭騎士団が束になってもかなわなかったんでしょ!? 無理に決まってるじゃないですか! てか言い方軽いですよね!?」


 まるでお使い感覚で災厄を倒すよう命じるラティナ。


「あら、なにか不満?」

「当たり前ですよ! だって世界を破滅させようとした超物騒な奴らでしょ? ただの村人でしかない俺がかなうわけないじゃないですか!」


 めちゃくちゃな要求を突きつけるラティナに俺は興奮気味に反論した。


「……ふっ。愚かね人間。そう、愚か。愚か極まれりだわ! 愚かめ!」


 やたらと愚かを連呼した後、やれやれといった感じでため息をつくと片手で金の髪をかき上げるラティナ。


「いい? よーく聞きなさい。あなたは私の力を授かったのよ? この私の精霊パワーをね! わかる? この意味が」


 わかってたまるか。

 というかなんだその胡散臭いネーミングは……。


「いい? 聞いて驚きなさい! 私の精霊パワーがあればね……。なんと! 死とは無縁になれるのよ!」


 片手をパーで前に突き出し、もう片方の手を同様に横に突き出しながらカッコつけポーズをするラティナ。


「死と……無縁? それってどういう……」

「言葉通りの意味よ。不死身になれるってわけ。すごいでしょ?」

「嘘でしょ……?」

「本当よ?」


 できるのか、そんなことが……?

 ていうかそんな力があるならお前がいけよ……。


「不死身って死なないってことですよね? 今の俺って不死身なんですか?」

「……ま、ある意味でね」


 精霊がポツリと小声で何かを言った。


「え? なんですか?」

「ううん。なんでもない」

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