「市松」
サカシタテツオ
□市松
「目が見えない!」
それは突然の事だった。
気がついたらこうなっていた。
見えないだけじゃない。身体もまっく動かせない。声すら出せないようなのだ。
私はあまりの恐怖に泣き叫んだ。
けれど私の必死の訴えは誰の耳にも届く事はなく、ただただ時間だけを消費してゆく。
時間の経過と共に恐怖の上に絶望が降り積もる。
ーー私は何も出来ずただ死を待つだけの存在。
そう自覚した瞬間、恐怖と絶望は自分以外の全てに対する怨みへと変わる。
「どうして私だけがこんな目に」
「憎い、憎い、全てが憎い」
怨みの感情に全てを預けている間は”恐怖と絶望から意識を逸らす事が出来る”と気付いたのは随分時間が経ってからだった。
どれだけの時間が経っただろう。ある日、微かではあったが自分以外の声が聞こえた気がした。
ボソボソと何か会話をしているようにも思えた。
「誰かいるの!?私の声が聞こえる?」
私は全力で叫んだつもりだったが、やはり声は届かなかったようだった。
またいつもの恐怖と絶望がこみ上げてくる。正気ではとても耐えられない心の痛み。どんなに泣いても喚いても何一つ変化しない真っ暗な世界。
「こんな世界、全部壊れてしまえばいい」
心の底からそう思い、ただひたすら自分以外へ不幸を願う。いつものように怨みの感情に全てを預けてしまえばいい。そう思ったときだった。
『やだ、怖い、本当に伸びてる』
『でしょー!』
ボソボソと聞こえていた声の主達が今度はハッキリ聞とれる距離で声を上げたのだ。
「誰かいるの!お願い!私を助けて!」
私はさっきまでの怨み言の全てを棚に上げ、文字通り全身全霊の力を込めて助けを求める声を上げる。
「お願い!助けて!誰か!気づいて!お願いだから!」
けれど私の心の底からの叫びは、私の望まない結果を呼び寄せた。
突然身体を押さえつけらる感覚。何一つ抵抗出来ない私の背後から髪を強く引っ張る感覚が襲う。
「え!何?なんなの!?」
そう叫ぶのと同時に髪を引っ張られる感覚が消え、そばに居たはずの人の気配も掻き消えてしまった。
「髪を切り落とされたんだ」
しばらくして自分に成された行為を理解する。
理解した瞬間怒りがこみ上げ、怨みに我を忘れ、吹き荒れる憎悪に身を任せた。
身動き出来ない私に対して卑劣な行為に及んだ誰とも分からぬ相手に思いつく限りの呪いの言葉を叫ぶ。
叫んで叫んで叫び続ける。
やがて呪いの言葉も尽き果て、何もかもがどうでもよくなった。
「どうせ私はこのまま死んでしまうんだ」
こんな真っ暗な世界でひとりで生きているくらいなら死んだほうが遥かにマシだとも思えてくる。
押さえつけられ髪を引っ張られても、肉体的な痛みを感じなかったし、きっと自分の身体はもうダメになっているのだろう。
そういえば何となくだが腐敗臭を感じるような気もする。死への恐怖は消えないけれど、この絶望しかない真っ暗な世界と決別できるならソレもいいかなと思えてきた。
『可哀想に』
自分に向かってそんな言葉を選んだつもりはなかったけれど、確かにそんな言葉が響いていた。
どれぐらいの時間意識を閉ざしていたのだろう。こんなにグッスリと眠ったのは久しぶりの事だった。意識が戻っても相変わらず真っ暗な世界しか見えないけれど、今日はいつもより少し変な感じがする。
何となくだけれど、フワッとした場所に身体を横たえているよな感覚。それになんだか肌寒い気もする。
「え!私、ハダカにされてる!?」
あまりの事に大きな声で叫んだけれど、どうせ私の声は誰にも届かない。
身動きひとつ出来ない身体にされ、髪を切り落とされ、さらには何処の誰とも分からない獣物の慰みものにされるだなんて、この世界には神も仏も居ないのだと痛感する。けれどもう何もかもどうでもいい。死はそこまで迫っているのだから。今の私にとってそれだけが救いなのだ。
『思ったより身体のバランスが悪いな』
鼻息の荒い男の声が響いてくる。ほんの一瞬だけ憎悪の感情に飲まれそうになったが、何とか思い留まる。この男が私に死をもたらしてくれるかもしれない。私の身体をまさぐるのに飽きれば用済みとばかりに斬り捨てて貰えるはずだ。
『輪郭のわりに目も小さめだし』
汚らわしい事に男は私の顔や身体の品定めをしているようだった。だが我慢だ。これさえ乗り切れば死と言う安らぎを手に入れられるのだから。
『痛いかもしれないけど少し我慢してな』
痛みなんてカケラも感じないけれど、頬に鼻に唇に僅かだけれど熱を感じる。獣物なら獣物らしくもっと乱暴に扱えばいいものを。なんならその最中に殺してくれればとも思う。
『素の作りの良さも活かしたいな」
獣物のクセに身勝手な言い分だ。
きっと私の身体はこの獣物に蹂躙されている最中なのだろう。けれど手も足も動かせない、ちゃんと身体があるのかさえ確認出来ない今の自分にはどうでもいい事だ。
『唇は可愛いから悩むなぁ』
獣物の身勝手な言い分が続く。
素の作りが良いとか唇が可愛いとか大きなお世話でしかない。自分にとって唯一の自慢だったのは切り落とされた腰まで伸ばした綺麗な黒髪だけだ。
『輪郭を少しスッキリさせて、目は大きくなるよう大胆に・・・』
男の言葉が徐々に猟奇的なモノへと変質していくのが分かる。やはり獣物なのだ。私の身体を蹂躙するだけでは物足りず顔や身体を切り刻んで愉しんでいるのだろう。何という悲惨な最後なんだろうか。悲惨すぎて涙も出てこない。それどころか間近に迫る悲惨な死に対して希望と喜びすら感じてしまう。待ち望んだ死がもう眼前に迫っている。その証拠に私の身体を蹂躙する獣物の声が遠くなっていく。
『そろそろ首と胴体を切り離すか』
それが私が聞いた最後の言葉になる。
そう思いながら意識を閉ざした。
「出来た!」
唐突に響いた男の大きな声に驚いて閉ざしていたはずの意識が引き戻される。意識がハッキリするとさらに驚くハメになった。目の前に見た事もない大男の顔があり、私の顔を覗き込んでいたからだ。
「うんうん、我ながらいい出来だわ」
大男はそう言いながらカシャカシャと不快な音を立てる黒い板を振り回す。
「ボディーの変更は冒険だったけど結果オーライだな!俺GJ!」
大きな男ではあったが凶悪な印象はなく、どちらかと言えばパッとしない腑抜けた風貌。
「黒髪ツインテもアリだな!うん」
大男の言葉の意味は理解出来ないが、私の容姿を褒めているのが伝わってくる。
「和服ベースでここまで魔法少女っぽいデザインってのも萌えるなぁ」
段々と大男の鼻息が荒くなり、改めて身の危険を感じる。
「ほら可愛くなったでしょ!」
大男はそう言いながら先程からカシャカシャと不快な音を立てていた黒い板を裏返して私に見せる。
その時になってはじめて気がついた。
『私!目が見えてる!!』
相変わらず身体は動かせず声も出せないが、それも致し方ない事だと悟る。
「こんな可愛いのに生ゴミと一緒に捨てる奴がいるなんて信じらんないよなぁ」
大男が言葉を続けるが私の頭にはまったく入って来る事はなかった。
第一印象最悪の出会いから何年か経ったけれど、大男は相も変わらず多くの人形に囲まれていた。その中には彼自身の手で生み出した人形達も少なからず居る。
私はと言えば彼の欲望のままに衣装を取っ替え引っ換えの日々が今なお続いているが気分はそんなに悪くない。
時々自分の過去について考える事もあるのだけれど、腰まで伸ばした長い黒髪が自慢だったと言う事以外何一つ思い出せない。私はきっと本当の私からの分家みたいな存在なのかもしれないと思うようになった。けれどソレも今となっては些末な事。
今。現在。
進行形な私の課題は彼に変な女(蟲)が付かないように強力な魔法(呪詛)を習得する事。それに尽きる。その為にも彼にはもっともっとたくさんの魔法少女アニメを鑑賞して貰わないといけない。
「市松」 サカシタテツオ @tetsuoSS
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