第12話 ヒロイン2

 学園に入学したその日、私は急いで裏庭に回り、用意した小道具ねこと共に茂みの裏に座ってフレたんが通りかかるのを待っていた。


 フレたん。

 まだまだ美少女にしか見えないフレたん。

 あんなロボ女に騙されていちゃいちゃさせられているフレたん。


 ほら、ここにヒロインがいるよ。

 フレたんの大好きなヒロインだよ。

 さあ、おいで?



 ドキドキソワソワしながら待っていると、ついにその時がやってきた。

 フレたんだ。

 漆黒の滑らかなストレートの長い髪を風に靡かせ、深く澄んだ青い瞳と何も付けていなくとも赤く彩られた小さな唇。華奢な体に見えるけど実は超鍛えられているし、印象程身長も実は低くはない。

 ああ、思い描いていた通りのフレたんだ。

 これからどんどん身長が伸びて、卒業する頃には超イケメンになるのよね。今の美少女なフレたんも好きだけど、イケメンなフレたんも見たいわ。


 その為にも出逢いイベントだ。

 よし、猫ちゃん。GO!


 尻尾の根本を思いっきり握ってやると、「に゛ゃああああ」と鳴いて向かせた方、つまりフレたんの方に走り出した。

 成功だ。


「待って、猫ちゃんっ!」


 すかさず追いかける。

 そして茂みを出たところに当然の如く居たフレたんに驚いた振りをして、目を閉じる。

 ふわっと包まれる感覚と、いい匂いに包まれる。

 が、すぐに離れていった。


 くっ、出逢いイベント中じゃなきゃ、もっと堪能できるようにしたのにっ。

 ダメダメ。

 今はちゃんと出逢いイベントをこなさないと!

 一時の欲に流されていたら、あのロボ女からフレたんを取り戻せないわ!


「大丈夫かい?」


 ああ……声まで最高。

 耳が蕩けそう。

 この声で「アニー、愛してるよ」とか囁かれたら、あああっ、堪んないっ!


「あ……も、申し訳ございませんっ」


 急いで頭を下げる。


 私はヒロインだ。

 ヒロインは貴族社会に慣れなくて、誰にも見つからないよう一人で居たところだったのに、早速失敗しそうになって恐怖を感じているところだ。

 だから恐怖に震え、反省して、こうして頭を下げれば、優しい王子様は「構わないさ、素敵なご令嬢に触れることが出来て光栄だよ」と言ってくれるのだ。



「気を付けると良い。ここは身分を翳すことの出来ない学園ではあるが、同時に社会の縮図でもある。平民では謝れば許されることでも貴族社会では攻撃の元となる。マナーは自分の身を守る為に必要な武装だ。早々に身に着けることをおススメするよ、

 アニエス・モルメク嬢」



 ……………………は?

 あれ?

 今、フレたんなんて言った?

 こんなの、出逢いイベントになかった。


 あれ?

 じゃあ、転生者はロボ女じゃなくて、フレたん!?


「あ、え……わ、私のことをご存じなのですか?」


 どうしよう。

 このパターンは考えていなかった。


「私が誰か知らないのかな?」


 ヤバい。

 ここで目を付けられるわけにはいかない。

 私は庶民派ヒロイン。がっついたらあのロボ女と同じになる!


「い、いえっ、お初にお目にかかります。アニエス・モルメクでございます、フレデリック第三王子殿下」

「ふむ。やはりマナー講座をきちんと受けることをおススメするよ。必要なら私の方から話を通しておこう」

「あ、ありがとうございます、フレデリック殿下」

「ああ、では私は失礼する」


 ……作戦を練り直さなければ。



 まず、ゲーム通りに好感度を上げるイベントは起こらないと見ていいだろう。

 フレたんは既にロボ女の毒牙にやられてしまっているのだから。

 だから、別の方法を取らないといけない。


 その為にもあのロボ女が邪魔だ。

 アレは排さなければ。

 ロボ女なんて殺してしまわないと。

 だけどフレたんに知られたら、嫌われてしまう。

 私を置いて、居なくなってしまう。


 絶対にフレたんに知られるわけにはいかない。

 フレたんに知られないように、ロボ女を殺し、悲しみにくれるフレたんの心を私が癒してあげるんだ。

 そうすればフレたんは私のモノだ。



 その為にもスケープゴートが必要だ。

 私の代わりにロボ女を殺してくれる人。

 私の代わりにロボ女を殺した責任を取ってくれる人。


 失敗は許されない。

 一度失敗したら、フレたんは徹底的に対策を取ってしまう。

 フレたんは王子様として優秀なんだ。絶対にする。


 そうだ。

 なら、一度でなくすればいいんだ。

 対策を取る時間を与えずに殺しまくれば良いんだ。


 よし、戦争をしよう。

 フレたんも殺されかければ、フレたんは王子様だから匿われる。

 フレたんはああ見えて強いから絶対殺されないし、ロボ女と離すことが出来る。

 そうしたらロボ女を殺す機会なんて幾らでも作れる。


 そうだ。

 手駒を作ろう。

 沢山作って、沢山送り込もう。

 誰か一人成功すればそれで良いんだ。



 責任を取ってくれる人は誰にしよう。

 フレたんに敵対して不自然ではない人。

 そして私が操れる人。


 ……よし、第一王子にしよう。

 第一王子ならフレたんと既に敵対している。

 何より、第一王子は隠しキャラだった。

 ゲームという情報を私は持っているんだ。

 こんな簡単な操り人形はいない。


 ヒロインと甘い夢が見れるんだ。

 第一王子にとっても悪い話ではないだろう。

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