第9話 悪役令嬢の弟3

 その日の夜、いつも通り笑顔を浮かべた美少女王子がやってきた。


「俺の可愛いファニー。今日もいつも以上に可愛いね」


 深窓の令嬢にしか見えない美少女王子がひょいっとステファニー姉様をお姫様抱っこするのを見て、あの折れそうなくらいに細い腕のどこにそんな力があるのか、いつも疑問に思う。

 ソファーに座り、ステファニー姉様を自らの膝の上に乗せて、抱きしめながら顔中にキスをし、可愛いと言いまくっているところにお邪魔するのは悪いとは思うが、終わるのを待っていたら帰られてしまう。


「フレデリック殿下、お話し中のところ申し訳ありません。少しよろしいでしょうか」

「大丈夫。来週には終わるよ。君達は気にする必要はない。ファニーをここで守ることが君達の仕事だ」


 ステファニー姉様に向けた甘い声ではなく、王子として威厳のある声でそうきっぱりと告げてくる。

 俺達がヨアン殿下から事情を聞いたことも、俺達がステファニー姉様の為に動きたいことも全て分かっているのだろう。


「リック様、ご無理をなされておられませんか?」

「心配してくれているのかい、俺の可愛いファニー。嬉しいな。でも大丈夫だよ。俺は指示をしているだけだからね。ファニーが心配するような現場に行ったりはしていないよ。ファニーを悲しませたくないからね」

「……なら、大丈夫ですね。でも、睡眠はきちんと取って下さいね」

「勿論さ。睡眠不足は思考の弊害だからね、俺はきちんと自分の役割を分かっているよ」

「はい」


 ああ、やっぱりステファニー姉様の視線はいつだって美少女王子に釘付けだ。

 俺達にあんな愛情あふれた瞳も幸せそうな笑みも向けてくれたことはない。

 大切にして貰っていることは分かっているけど、ただそれだけだ。

 それが悔しくて、そして安心する。


 俺にとってステファニー姉様は決して手の届かない人だからこそ、比べないで済んでいるのだから。

 ただ憧れて、尊敬するだけで居られているのだから。




 結局、美少女王子は俺達に宣言した通り一週間ほどで事態を収束させた。

 反乱組織は全員捕まったらしい。


「内々的な決定だが、お前達にも影響はあるから教えておく。

 フレデリック兄さんの立太子が正式に決まったよ」


 収束後、ヨアン殿下がやってきて、そう告げた。

 つまり、ステファニー姉様は次期王妃となることが決定したようだ。


「それは本当ですか?」

「ああ、事実だ。陛下が今回のことを重くみたらしい。反乱組織を見つけ出し、事前に壊滅させたことを功績に早々にフレデリック兄さんを立太子することで混乱を収束させる狙いみたいだ」

「つまり、立太子の宣言は早々に行われる予定なのですね?」

「ああ。来月、ちょうど良いことに建国パーティーがあるからな、フレデリック兄さんは今大忙しだよ。多分すぐにステファニー義姉様もああなる」


 あの美少女王子の美少女具合は確かに隣国などにも知られているけど、美少女が次期国王だなんて大丈夫なのだろうか。

 能力的に問題ないことは十分分かっているが、見た目だけは本当に美少女だからな、あの王子。


 いや、それよりも気になるのは正妃側の人達だ。


「クリストファー殿下とシルヴァン殿下はどうなさるのでしょう」

「クリストファー兄さんは今回の件の処罰も含めて、諸外国を回ることが決定している。成果を出せたら、そのまま外交官になる手筈だ。出せなくても、世界は広いことが分かれば十分反省に繋がるだろう。

 シルヴァン兄さんは他国に留学だな。元々シルヴァン兄さん自体は王位に興味がないから、この機会に逃げたんだろ。後は他国で婿入り出来るところを見つければ万々歳ってところだろうな」


 第二王子であるシルヴァン殿下は処罰を受ける必要はない。

 しかし、俺も会ったことはあるが、あの人は美少女王子が王位に就けばいいと言うスタンスだったのは知っている。基本怠け者なのだ。

 だからうまく逃げたなと思う。



「だからお前ら、早めに婚約しろよ」

「………………はい?」


 この流れでなんで俺達の婚約の話になるんだ?


「気付いてないのか。次期王妃の実家だぞ? 縁談が山ほど来るに決まってるじゃないか。特にお前は跡取りなんだからな、ひっきりなしに来ると思うぞ」


 き、気付かなかった。

 まずい。これは本気でまずい。

 何がまずいってうちは今代理でステファニー姉様が確かに当主をしているけど、正式にはあの父親が当主ということだ。

 つまり、あっちに手を回して強引に婚約を結ぼうとされたら俺達は逆らえない。


 勿論、ステファニー姉様の不興を買うようなやり方をしたら、美少女王子に消されるだけなのだけれど、そういうことをしでかす人もいないとは言えないのだ。


「ミュリエル、誰かいい人知らないか? お前自身の相手でも良い。早急に婚約しよう」

「そ、そう言われましても……ステファニーお姉様みたいな方を今から見つけられるかしら」

「ステファニー姉様みたいな人が他にも居るわけないだろ! 基準をステファニー姉様にしたら一生結婚出来ないよっ」

「それもそうですわね」


 そもそもあんな天才を嫁にして上手くいくのは、あの美少女王子くらいぶっ飛んだ人じゃないと無理だ。

 俺は平凡なんだ。平凡な男には平凡な女がお似合いなんだよ。


「ま、まあ、ミュリエルは相手が居なければ俺が相手になれば良いから、そこは心配しなくていいよ」

「ヨアン殿下。ミュリエルはやりませんよ」


 もうそれを言いたかっただけだろう。

 ヨアン殿下がミュリエルを好きなことくらい知っているけど、ミュリエルまで王子と結婚したら、我が家の権力が急に増大しすぎて、国内が混乱する。

 ヨアン殿下には感謝しているし、友人だとも思っているけど、ミュリエルをそんな権力の渦に放り込む気はない。

 絶対に却下だ。


 一時しのぎなら悪くはない選択肢なんだけど、後から婚約解消する契約にしてもしらを切られそうだからな。

 うん、絶対却下。

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