第8話 悪役令嬢の弟2

「ステファニー義姉様は家から出してないよな?」


 手紙を出した翌日、ヨアン殿下がやってきて、真っ先にそう言ってきた。

 どうやら本当に何かが起こっているらしい。


「出していませんが、ヨアン殿下。何かあったのですか?」

「ステファニーお姉様に危険が迫っているということですか?」


「あー……どこから話したものかな……。んー、ほら、今フレデリック兄さんとステファニー義姉様は学園に通っているだろう? その学園の学生であるが牢屋に入っているんだ」


 アニエス・モルメク嬢。

 その名前には聞き覚えがあった。


 ステファニー姉様が入学して半年したくらいだったか、美少女王子が俺とミュリエルをわざわざ呼び出して、その名前を告げてきたのだ。

 もし接触があったらステファニー姉様に近づけず、最速で知らせるようにと。


「まさか、ステファニーお姉様にその方が何かなさったのですか!?」

「ミュリエル、落ち着け。まだ何も起こっていない。起こっていたら、フレデリック兄さんがステファニー義姉様と離れるはずがないだろう」

「……それもそうですわね」


 ミュリエルは幼い頃辛かったことは覚えていても、詳しいことは覚えていない。

 まだミュリエルが2歳の頃にステファニー姉様が手を打ってくれたのだから当然だ。

 だけど、俺がミュリエルにどれだけ酷い環境に居たのか、ステファニー姉様が俺達にどれだけのことをしてきてくれたのかを何度も話したお陰か、俺以上にステファニー姉様を敬愛しているのだ。

 勿論俺も敬愛しているが、ミュリエルのあまりの熱意に圧倒されてしまうことが時々ある。


「アニエス・モルメク嬢の爪牙に掛かりかけていたのはフレデリック兄さんの側近衆さ。フレデリック兄さんとステファニー義姉様に届く前にフレデリック兄さんがアニエス・モルメク嬢の計画に気付いて暴いているのが今だ」

「相変わらずフレデリック殿下は優秀ですわね。流石ステファニーお姉様の婚約者ですわ」

「フレデリック殿下が優秀なのは昔からだから良いとして、それならステファニー姉様を家から出すなという理由は何ですか? 犯人は既に捕まっているというのに」

「あー、ここからは本当に他言無用で頼むぞ」


 高々一学生が起こそうとした犯罪だ。

 周りを見渡し、小声になるヨアン殿下に疑問を抱く。


「クリストファー兄さんが関わっている可能性がある」


 第一王子、クリストファー殿下。

 正妃の嫡男なのにも関わらず、昔からフレデリック殿下を王太子に望む声に押され、存在自体を忘れかけている人もいるくらいパッとしない方。


 だけど、昔から正妃側の人達はフレデリック殿下を害そうと躍起だったはずだ。

 今更驚くことでもない。


「一介の学生が第一王子と渡りを付けられたのは称賛に値しますが、そこまで気にすることですか?」

「それだけならな。でも今回は反乱組織が作られていた可能性が浮上した」

「!! つまり……」


「ああ。アニエス・モルメク嬢はクリストファー兄さんを旗印にした反乱を企んだ疑いで捕まっている」


 思った以上に大事だった。


「そのアニエス・モルメク嬢は何か言っているのですか?」

「俺も良く分かってないんだけどな、あのご令嬢はどうやらフレデリック兄さんを手に入れる為にこんな大々的なことをしでかそうとしたらしい」

「はい? 何をどうしたらそういうことになるのですか?」

「分かってないんだ。ただ多分反乱の混乱に託けて、ステファニー義姉様を殺害するのが目的だったのではないかと言うのが今のところの見方だな。だからステファニー義姉様を外に出したくないんだ」

「なるほど。そういう理由でしたか」


「でも変ね。それならフレデリック殿下はステファニーお姉様を傍に置きそうなものだけれど」

「クリストファー兄さんが関わっている疑いがあるんだ。城の奴らが信用できないんだろう」

「あ、そう言うことですか。だから我が家で匿って欲しいんですね。ようやく理解しました」


 ステファニー姉様は元々活発な方ではない。

 意外にフットワークが軽いので、助けを求められたら簡単に地方に赴いたりするのだが、普段はじっと座って本を読んでいるか、勉強しているか、美少女王子が援助して建てられた研究室に籠っているかのどちらかだ。

 だから家から出ないで欲しいという要望を告げても、何も思っていないようだった。


 問題はあの美少女王子がどれだけステファニー姉様に会いに来れるかだろう。

 何せ美少女王子の溺愛に負けず劣らずステファニー姉様も実は美少女王子が大好きだからだ。


「フレデリック殿下はどうなさっているのですか?」

「忙しくしてるさ。ああ、勿論どんなに忙しくても一日に一回はステファニー義姉様に会いに来るだろうから、そこは気にする必要はないさ」

「良かったわ。それならステファニーお姉様は問題ないわね」

「ああ、そうだな。だが、反乱組織か……。捜査は長引きそうだな……」

「フレデリック兄さんならあっさり終わらせそうな気もするけどな」


 それは言えている。

 あの人は優秀だし、何よりステファニー姉様の為なら不可能も可能にしてみせるだろう。



 クリストファー殿下の気持ちも分からないではないのだ。

 あまりに優秀な人が兄妹に居ると、普通のやり方ではどうしようもないところはある。

 俺とミュリエルも結局ヨアン殿下に匿って貰っているところがあるのだ。

 ヨアン殿下が居るから、両親は俺達に手を出せない。

 幼い頃あれだけ大きく見えた両親だけど、俺達がヨアン殿下に、ステファニー姉様が美少女王子に庇護されたことで家庭内での権力を失った。

 今はもう領地の別宅に引っ込み、アルノー家の当主はステファニー姉様が片手間に行っているくらいだ。そうなるように、あのステファニー姉様命な美少女王子が追い込んだ結果でもあるのだが。


 俺達にとって、ステファニー姉様は姉であると同時に保護者でもあった。

 直接的に何かされたわけではないけど、俺達はステファニー姉様の背中を見て育ったと言ってもいい。

 だから、クリストファー殿下には同情するけど、ステファニー姉様に危害を加える気なら、こちらも容赦はしない。

 俺達程度には何も出来ないだろうけど、この命と引き換えにしてでもステファニー姉様を守ってみせる。

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