第7話 悪役令嬢の弟1

「しばらくファニーをこの屋敷から出さないで欲しい」


 ある日突然、どこからどう見ても深窓の令嬢にしか見えない美少女な王子に呼び出されて、そう言われた。

 この美少女王子は我が国の第三王子で、我が家の長女で俺の姉でもあるステファニー姉様の婚約者だ。


 2人が学園に通うようになってから、毎日送り迎えしているので我が家にこの美少女王子が来ることは日常だ。

 だが、こうして俺と妹ミュリエルが呼び出されるのは大変珍しかった。

 何せこの美少女王子はステファニー姉様しか見えていないと言うくらいにステファニー姉様を溺愛しているからだ。


 だけど、軟禁紛いのことをして欲しいと言われたのは流石に初めてだった。



「どう致しますか? クロードお兄様」


 兎に角危ないからと詳しいことを話すことなく帰って行った美少女王子を見送った後、ミュリエルが困惑を隠さずにそう言ってきた。


「どうって……聞くしかないだろう」


 王子というだけではない。

 あの美少女王子はステファニー姉様と共に、俺とミュリエルの恩人でもあるのだ。

 だけど、もしステファニー姉様に危害が加わるようなら、恩があっても無条件で聞くわけにはいかない。


「まずはヨアン殿下に事情を知らないか聞いてみることにしよう」

「それが良いでしょうね。私はステファニーお姉様の様子を見てまいります」

「ああ、よろしく頼む」




 我が家は伯爵家。

 分かりやすい特徴もなければ、伯爵家としての格が格段に優れているわけでも劣っているわけでもない平凡な家だ。


 しかし、否だからか、俺達の両親は身分不相応なまでの権力欲を有していた。

 そして産まれてすぐに神童となったステファニー姉様を産んだことで、その欲が増大した。


 ステファニー姉様は天才だ。

 社交に優れ、政治感覚に優れ、民を思う正しき治世を行うと幼い頃から期待される程に王子として優れていたあの美少女王子の婚約者として片腕になれているくらいに天才だ。

 ステファニー姉様が開発した発明品で各地を救っている話を聞く度にその凄さを実感する。


 だから、そんな凄くて優秀なステファニー姉様の次に産まれてきたのが平凡な俺とミュリエルであったことが両親には溜まらなく恥だったらしい。

 物心付く前から俺とミュリエルは散々ステファニー姉様と比べられ、罵倒されながら育った。

 今ならあんな凄いステファニー姉様と比べないで欲しいと言えるのだが、あの頃は自分達が人として欠陥品であると思い込まされていた。

 体罰は当たり前で、食事を抜かれたりと貴族の子息として劣悪な環境で育てられた。


 自分一人だった時はただただ俺はダメな人間なんだとそう思っていた。

 でもミュリエルが産まれ、ミュリエルも同じように虐げられるのを見て、俺はステファニー姉様を憎むようになっていった。

 ステファニー姉様さえ居なければという逆恨みの気持ちと、助けてくれないステファニー姉様の無関心さへの悲しみや寂しさが混じり混じって、憎しみとなったのだ。



 そうしているうちに、ステファニー姉様の婚約者候補としてあの美少女王子が我が家に訪問してくるようになった。

 いつ来るか分からないということで、俺とミュリエルは初めて平穏な日々を迎えるようになった。

 両親が変なところを見せて、あの美少女王子とステファニー姉様の婚約がなくなることを恐れたのだ。

 だから仲良し家族のような演技は求められたけど、きちんとした寝床で寝られたし、食事を抜かれることもなくなった。何より体罰を与えられることがなくなったのが嬉しかった。

 ずっと屋敷に居てくれれば良いのにと本気で思っていた。


 だけど、ステファニー姉様が婚約を受け入れたことで状況は一変した。

 いや、前より最悪になったと言って良い。


 まず、美少女王子が我が家に訪れることがなくなった。

 ステファニー姉様が王妃教育の為に王宮に赴くことになったからだ。

 だからわざわざ美少女王子が我が家に来る理由がなくなった。

 これにより両親は家の中でも演技をする理由がなくなった。


 次に王子の婚約者が家族に居るという理由で教育が苛烈なものになったのだ。

 当然、求められるレベルが高すぎて、俺もミュリエルも全くついていけなかった。

 となれば体罰を始めとした過剰な躾がこれまで以上に降りかかってきた。

 俺達にとってみれば教育というのはただあらゆる痛みや辛さに耐える為の時間だった。



 そうしていたある日、美少女王子が我が家を訪れた。

 何故か両親だけでなく俺とミュリエルも呼ばれ、その場に美少女王子と我が家の家族一同が揃った。


「私の可愛い婚約者殿から聞いたんだけど、そちらのクロード殿とミュリエル嬢はもう教育を行っているのだろう?」

「はい、貴族の当然の義務でございます故、勿論でございます」

「なら申し分ない。是非とも2人も私の可愛い婚約者と一緒に城に来てくれないかな」

「はい?」

「私の弟は遊びまわっていて教育を大人しく受けられないんだ。だから同じ年頃の子等が傍に居てくれれば互いに切磋琢磨してくれると思うんだ。そちらとしても王族の教育が共に受けられるんだ。悪い話ではないだろう?」


 何を言っているのか理解できなかったが、一刻後には俺とミュリエルは美少女王子とステファニー姉様と共に馬車に乗り、王城へ向かっていた。

 そうして、美少女王子の弟君であるヨアン第四王子殿下にお目見えしたのだ。


 それから毎日、俺とミュリエルはヨアン殿下と王宮で遊びまくった。

 初めて生きているのが楽しいと思えた。

 それからかなり経ってからようやく理解した。


 俺とミュリエルの現状をどうにかする為にわざわざ友人となるという言い訳を使って、ステファニー姉様と美少女王子が俺達をあの家から救い出してくれたのだと。


 ステファニー姉様は決してそれを口にしたりしない。

 今でもステファニー姉様は俺達とあまり話をしたりしないし、俺達に関心を見せたりしない。お世辞にも仲が良いとは言えないのだ。

 だけど、何か不味いことになりそうな時は俺達の知らないうちに手を回してくれている。

 ヨアン殿下がポロリと口を滑らさなければ知りえなかったくらいに、ステファニー姉様は見ていないようで見ているし、何もしていないようで色々してくれている。


 それを知ってからは、俺とミュリエルはステファニー姉様を深く慕っている。

 だからと言って、色々とお忙しいステファニー姉様にご迷惑をお掛けするようなことはしていないが、ステファニー姉様の為なら何でもしたいとそう思っている。

 例え直接的に俺達を助ける行動をしてくれるのが美少女王子であっても、ステファニー姉様が働きかけてくれなければあのステファニー姉様命な美少女王子が動くわけがないことを知っているからだ。


 勿論美少女王子にも感謝はしているし、慕ってもいる。

 ステファニー姉様をあそこまで愛してくれ、大切にしてくれているのだ。悪い感情など抱きようもない。

 少し、いや、かなりくっつきすぎだと思うし、甘すぎるとは思うけど、ステファニー姉様が嬉しがっているのでそこは良い。

 でも、愛しすぎるが故にステファニー姉様の幸せをそっちのけにして軟禁などと言い出しているのなら話は別だ。

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