第26話 最初の実験
研究を始めて約三年、俺が十一歳になった時だった。
「父上! 父上!」
その日は三体の死体を素体として修復していた。父が一体の修復を終え、別の一体に取り掛かり、俺がさらに別の一体の仕上げをしていた時だった。
工房の中に、突如として例の魔力塊が現れた。おそらくは、工房のどこかの壁をすり抜けて入ってきたものと思われる。が、ふと顔を上げた瞬間に見つけたそれは、俺にとって「突如現れた」と見えた。
観察によると、目に見える状態はほんの三十秒ほど。この世界に現れた瞬間から光っているのか、それとも何かのきっかけで光りはじめ、やがて消えるのかは分からないが、とにかく時間がない。
「け、計測器!」
父が慌てて道具台の上の計測器を手に取った。もちろん、この現象がいずれ起こる想定で、手近なところに置いていたのだ。
光る魔力塊は、そのまま漂って光を弱めた。慌てた俺は、物を捕まえる魔法を出した。工房に入り浸りだったとはいえ、通常の魔術の勉強もしていたのだ。
紐のような形状の魔法で、魔力塊を捕縛した。
「ナレディ!」
驚いた父は俺の名を叫んだ。俺もその声に驚いた。
が、ふと冷静になり、捕縛したその魔力塊をそのままゆっくり引き下ろし、修復を終えたばかりの素体の上に置いた。
魔力塊は素体の中に吸い込まれたように見えた。単に可視状態が解除されて消えて見えたのかもしれない。
そうではなかった。父の手にした計測器は、素体の中に莫大な魔力が入っていることを示していたし、俺の捕縛魔法も、掴むものを失ってだらりと素体の腹に落ちた。
俺と父は顔を見合わせた。そして、素体をのぞき込んだ。
素体は姿形を変えていた。老人だったその素体は若返り、中年男性となった。身長も、小柄だったはずだが、台からはみ出そうなほどになっていた。
やがて素体は目を開けた。
「あう、あ」
素体が声を出した。喃語のような声をしばらく出していたかと思ったら、急に絶叫し始めた。
「なんだ!?」
俺と父はたじろいだ。過去に読んだ本のジェレミー氏のように、会話ができるわけではなかった。
素体は叫び続けた。ほとんどが「あー」とか「うおー」というような叫びだったが、時折「たすけて」というような言葉も発した。やがて何も言わなくなり、目も力なく半分閉じた状態となった。
「どうした!?」
近隣の工房の人が駆けつけた時には、素体はただの修復された死体になっていた。ただし、見た目は大柄な中年男性のままだったが。
「考えてみたんだが」
夕食の席で父が言い出した。夕食、と言っても、俺と父は遅くまで工房に入り浸りなため、母と弟はすでに済ませて二人きりだった。
「あれは死んだ時のままなんじゃないか?」
「死んだ時?」
肉を口に運びながら俺は聞き返した。父はうなずく。フォークとナイフに手すらつけていない。
「叫んだのは、死んだ時と記憶や感覚が混乱していたからなんじゃないだろうか?」
確かに、そう考えるとつじつまが合う。そして、あの魔力塊が魂だ、という、俺自身の仮説とも合致する。
「それと、もう一つ」
俺はまだ肉を食べ続けながら耳を傾ける。
「ナレディ、お前、魔法であの魂……今後はあれをあえて『魂』と呼ぶことにするが、魂を捕縛したな」
「ああ、そういえば」
「あれはどうやった? なぜ捕まえ方を知っていた?」
肉を咀嚼し、飲み込むと、俺は答えた。
「知ってたわけじゃないんだ。逃がしたくなくてとっさに出ただけ。とっさだったけど、あれが光ってたから、通常の捕縛紐の魔法に、光魔法の要素を加えてみたんだ。そしたら効いた」
父は頭を振り、手や肩を震わせながら言った。
「大発見だ……! お前ほどの息子を持てて私は誇りに思う……!」
すべては偶然の産物だったが、何かを成し遂げる人というのは、得てして偶然に背を押されるものなのかもしれない。
と言っても、その偶然に出会うまで三年かかっているし、次の偶然がいつ起こるかも分からないが。
「あっ」
「どうした、ナレディ?」
俺はその次の偶然を覆す思いつきに気がついた。
「捕まえられるということは、工房でじっと魂が舞い込んでくるのを待たなくても、その辺で見かけたやつを捕まえて連れ帰ることもできるのでは?」
父はフォークで皿をチンチンと叩いた。
「そうだ! その通りだ! やろう、さっそく明日から!」
皿の音を聞きつけて、母が迷惑そうな顔で食堂にやってきて、冷たい一瞥をくれてまた去って行った。
翌日から、研究地区をうろつきまわるようになった。その間、父が工房で素体修復をする、という役割分担だ。時折役割を交替したが、父は光魔法の素質が極めて低く、魂を捕まえられる捕縛紐が作れなかった。
なので、俺が外に魂狩りに行くか、二人で修復をするか、のどちらかだった。
「このところ隣国との戦争もなくて助かるな。あったら素体を兵団として動かさなきゃならん。研究に素体も時間も使えなくなってしまうからな」
俺が物心ついた頃から、この国は一度も戦争をしていなかった。国境付近のいざこざが、とかなんとかで、屍兵団に素体を提供することが何度かあった程度だ。
素体は常にある程度必要とされていたが、屍術師全員が兵団を率いねばならないほどの大規模な戦争は、ありがたいことに起こらなかった。
「何してるの?」
上空の魂に捕捉紐を伸ばそうとしていた時だった。見知らぬ少女に声をかけられた。おそらく、歳は同じか少し下。基礎魔術の本を持っていた。
「別に」
俺はそっけなく答えたが、少女はかまわず話しかけ続けた。
「もしかして光魔法の練習?」
残念なことに、その時には魂はすでに目に見えなくなっていた。
「ああそうだよ」
苛立ち、面倒になった俺はそう答えた。
「あたしも光魔法って、研究の価値があると思うの。強くないってみんなは言うんだけどねぇ」
俺はもうそれ以降はその少女を無視して工房に帰った。
が、その少女とはその後も何度も会うことになった。最初のうちはあいさつ程度だったが、なんとなく魔法に関する知識の交換なんかをするようになった。
その少女はエレナといった。
「見て、ナレディ。あの光を捕まえるなら、紐にするよりもこういう網の形状の方が確実性が上がると思うの」
「確かに」
「いっそ罠として何か所かにしかけて、何かがかかったら感知できるように魔法を組めないかしら?」
エレナのアイデアは、結果としてとても有用だった。試用してみたところ、魂の捕縛率が飛躍的に上がった。
同時期、テーベという少年とも出会った。テーベは、研究地区の警備を担当している兵士の息子だった。
どうやらエレナの知り合いらしい、という程度にしかこの時は認識していなかったが、俺が光るエネルギー塊を探して歩き回っていることを察して、
「あの木の上にいるぞ」
等の情報をくれるようになった。
この二人のおかげで、何体もの実験が実現した。動かなくなった後の素体を解剖して、どうやら血液の代わりに魔力が流れることなども分かってきた。
素体の臓器の状態や、魔臓の発達具合により、体内に魔力が収納しきれないと、素体が爆発することも分かった。爆発させてしまった日は、掃除が本当に大変だった。翌日以降も、しばらく工房内には嫌なにおいが立ち込めていた。
逆に、体内と魂に魔力製のフックのようなものを作ってかみ合わせると、魂が勝手に抜け出るのを防げることも分かった。
とはいえ、修復に穴があるとそこから魔力が流れ出し、やがてフックを作った魔力すらも失われて、魂は素体から離れていってしまうが。
そんな試行錯誤を経て、やがて修復が完全な素体とエネルギー塊さえあれば確実に屍生者が作り出せるくらいになった。
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