第24話 幼き屍術師のこころざし

「父上、どうして死者は心を持たないの?」

 物心ついた頃から俺は、父の工房に入り浸って、父が作る屍者を観察していた。

「それはな、魂が入っていないからだ。死者は、死んだ時に魂が抜ける。それで動けなくなるのだよ」

「屍者が動けるのは、父上が魔力を込めてるからでしょ?」

 死んだ人間は「死者」、屍術師が魔力で動かしている死体は「屍者」と呼ばれる。

「そうだ。さすがナレディ。我が息子にして一番弟子だな」

「へへっ」

 父は、祖父だったか曽祖父の代から屍術師をしている。俺も父の跡を継いで屍術師になることに何の疑問もなかったし、むしろ早くなりたいとすら思っていた。

「あのね、父上、ぼくが大人になったら、心のある屍者を作りたい!」

「ふふ、それは楽しみだね」

 もちろん父は、その頃は子供のたわごととして扱っていたようだが。


 父の工房があったのは、王都の東方にある王立屍術研究施設の一角。代々うちは、王家直属の屍術師だった。

 研究施設といっても、他の王家直属の屍術師の研究工房や、本人およびその家族の住居、そして、それらの人々の生活に必要な商店なんかが集まっていて、それだけでひとつの街のようになっていた。屍術研究区、という呼ばれ方の方が一般的だった。

「ナレディ」

 もちろん俺や母もそこで暮らしていた。

「たまには外で遊んでらっしゃい。弟の面倒もみてね」

 そして二つ下の弟も。

「ええ? 今日は父上、死体の修復術をたくさんかけるって言ってた。見たかったのに」

 母は、俺が屍術にばかり興味を持つのに難色を示していた。

「外で自然と触れ合わないと、魔力が育たないわよ?」

 母は通常の魔術師で、俺や弟もそうなって欲しかったんだろう。じゃあなぜ父と結婚したのか? それは子供の俺には分からなかった。

「ほら、ロラート、お兄ちゃんと遊んできなさい」

 俺は弟と遊ぶのが好きではなかった。弟は生まれつき身体が弱く、すぐに疲れる。そのペースに合わせて遊ぶのは、俺にとっては遊びではなかった。退屈と責任の混ざりあった、時間を潰すだけの行為だった。

 こんな事をしている間に、屍術のひとつでも覚えたいのに。砂遊びをする弟を眺めながら幾度となく思った。

 母の言い分も実際もっともではある。屍術といえど魔力を使う行為で、魔力を生成する器官、すなわち魔臓を育てるには、自然と触れ合うという行為が必要だ。それにより、各属性の下位精霊との親和性を高める。それも必要なことではあった。……だが。

「いつまで砂遊びしてるんだよ?」

 弟はあまりしゃべらない。退屈だ。

「ロラートには土魔法の素質があるのよ」

 母は言った。

「あなたの属性は何かしらね?」

 やれやれ。弟が砂遊びしてるのは、風を切って走りまわるほどの元気はなく、水遊びをできるような場所が近所になく、火はさすがに周りの大人が使わせないってだけの話なのに。

「結局母上がついてるんじゃないか。ならぼくは父上のところへ行く」

「あっ、こら、ナレディ!」


 工房に入ると、いつもより数倍生臭かった。

「ナレディ、今日は外で遊ぶんじゃなかったのか」

 どうやら届いた死体の損傷がひどく、子供には見せたくないと思ったんだろう。

「ぼくにやり方を教えてよ。ぼくが手伝った方が早く終わるでしょ?」

 父ですら呆れた顔をした。

「こんな状態の死体でも怖がらないとは。お前には本当に天職かもしれんな」

 そんなだったから、十歳になる頃には俺は完全に父の片腕として工房に入り浸りになっていた。

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