第23話 再会、作戦の概要
「遅いぞ。食い殺されるかと思ったじゃないか」
翌朝、ナレディはあっさり見つかった。屍術研究区の広場跡でばったり遭遇した、というか。
「お前、どこに行っていた」
マーヌさんの激怒の声に、まったくたじろがないナレディ。
「言ったはずだが。一族の霊廟に行くと」
「あのな、その時私は返事をしたか?」
「したような気がするが、したと明言できるほどではない」
「ナレディ、お前に一つ有益なことを教えてやろう。相手が返事をしていない場合、それは気付いていないか聞き取れなかったか理解できなかった時だ。相手に伝わっていないことは言ったうちに入らないのだ」
「ああ、なるほど」
マーヌさんは頭を抱えた。分かる、分かるよ。いるよな、こういう奴。部下にしても上司にしてもホウレンソウができなくて周りが苦労する奴。でも仕事は好きで才能もあるから、さらに上の上司からはやたら評判良かったりする奴。きっとこいつが国から表彰されてる影で、たくさんの人が苦労したんだろう……。
「どちらにせよ、俺は無事に霊廟にたどり着き、霊廟で夜を明かし、必要なものを見つけてきた。ここに長居は無用だ」
「だったら最初から研究区までお前一人で来ればよかっただろうが」
マーヌさんめちゃくちゃ怖い目つきになってる。ナレディは意に介さぬって感じで肩をすくめた。
「これで叔父上は直接北へ向かえる。時短になったじゃないか」
「帰って来た時に奴に殺されてなかったら、私がお前を殺してやる」
「叔父上はさすが軍人なだけあって血の気が多いな」
いや、お前が怒らせてるんだよ。
とにかくまぁ、ナレディたちが行きに使ったっていう隠し通路を通って屍術研究区から離れることにした。
「覚悟しろよ、モモ。この通路はかなり不快だ。ホコリやらクモの巣やらで進みづらい」
はぁ?
「ホコリ? クモの巣?」
「嫌そうな顔しているな。だが仕方ない。通るしかないのだ」
「ふっざけんなよ! おれらはなぁ! 来る時アンデッドの群れと遭遇したっつーの!」
「アンデッドなら研究区にもたくさんいただろう」
「はぁぁぁ? ホコリもクモの巣も前の宿にいたわ!」
かたわらで聞いてたマーヌさんがため息をついた。
「すまんな、トモ。こいつは昔から人の神経を逆なでするのがやけに得意なのだ」
ええ、気付いてますよ。
イライラしながらも、戦闘無しで通路を抜けた。戦闘無しで!
「これからの作戦を説明する」
地下通路を抜けたら、どこかの森の中だった。そこから少し歩いて小さな村へ。戦闘? 一切無しだ。
で、村唯一の食堂、っていう、まぁ小さなひなびた建物に入ったおれたちである。
「いやいや、これからの作戦もいいけど、おれは知らなきゃならないことがある!」
「なんだ、モモ。さっきも言ったが、この村で肉料理が提供できる店はない」
「そんなことじゃねぇぇぇぇ! いきさつだよ、いきさつ!」
「はあ?」
「だから、なんで魔王を倒す流れになったのかっていう、いきさつ!」
驚いたことに、ナレディが驚いた顔をした。
「モモはまだ知らなかったのか」
「誰も教えてくんねーのに知ってるわけないだろーがぁぁぁ!」
「いや、てっきりテーベから聞いているかと思ってな」
「俺が勝手に話すわけないだろう」
そもそもテーベはほとんどしゃべらない。やけにしゃべるなと思ったのは、吸血虫の話とアンデッドの……あれ、もしかしてテーベってモンスターオタクとかなの? こいつらただのオタクで、自分の興味あるジャンルの時だけやたらしゃべる人種なの?
「分かった、それなら今夜その件は説明するとしよう」
「なぜもったいぶる」
「もったいぶっているわけじゃない。叔父上はこの後、隣国アジョアに向かって出発するからな。作戦の話が先だ」
「なるほど」
……って、隣国? 確かその国って、この国と戦争中なんじゃなかったっけ⁉
「叔父上、やっぱり霊廟にあった」
ナレディが何かをテーブルに置いた。
「……やはりやるしかないのか」
なんかメダルみたいなものがいくつか。
「なにそれ」
マーヌさんがふところにしまおうとするのを目で追った。
「戦功勲章だ」
「せんこう……?」
あっ、すごく頭悪いものを見る目で見られた。違うんだ違うんだ、知らないわけじゃないんだ。ただ頭がついていかなかっただけなんだ。
「俺の父のものだ」
ナレディが説明する。
「昔の戦争の時に貰ったもので、身分を証明するのに使える」
「ほぉ~」
「あと、これだ」
ナレディが今度は厚手の紙をマーヌさんに渡した。
「これは屍術研究工房の主であることの証明書」
おれに向かって説明した。
「この二つがあれば、アジョアの要人も叔父上の身元について、信じてくれるはずだ。自身の身分証がなくても、な」
「私の戦功勲章は屍術研究区の内乱の時にがれきに埋もれて燃えてしまったからな」
マーヌさんはさびしげに言った。
「父が霊廟に物を隠すクセがあって助かった」
なんでも、ナレディの母が出ていく時に、家にあった財産のほとんどを持ち去ったらしい。
「父は金を銀行に預けずに家に置いていたからな。自宅預金をすべて持って行かれた。あの時はなかなか困った。しかもその後も二度に渡って従者を送り込み、家にあった金目の物を大量に持ち去るということがあってな。以来、持って行かれたら困る物は霊廟に隠すようになった」
「…………」
「さて、作戦の話に戻ろう」
と、ここで村の煮込み料理が来た。こういう小さい村の食堂は、メニューなんてものはない。「今日の煮込み」だ。それを人数分頼むだけ。
ま、ここのは当たりだな。ちゃんと味付けされてて、野菜も火が通っててうまい。
「叔父上はアジョアの要人に魔王のことを話し、協力を得てくれ」
「でもさ、戦争中なわけだろ? 協力なんてしてくれるのかな~?」
口を挟んじゃうおれ。
「してもらわなければ困る。いや、困るのは世界全体だ」
なんかおおごとだな。
「アジョアの協力が得られたら、アジョアの力で周辺諸国にも協力を呼びかけてもらってくれ」
「……アジョアに入った瞬間に私が殺されなければな」
やっぱりそれ、考えるよな。なんたって戦争中なわけだろ? 全然実感ないけど。
「魔王の周囲の警備を手薄にするには、他に方法が無い」
ナレディが言った。マーヌさんは渋々うなずく。
「アジョアに、この国の王都を攻めてもらう」
「王都……は⁉」
煮込み料理、口から出そうになったわ。
「攻めるといっても、形式上だけだ」
「いや、形式でもなんでも、攻めたらアレじゃん。戦争じゃん」
まぁすでに戦争状態らしいけど。
「人を殺されたら困る」
「いや、でもそれが戦争では」
テーベは黙々と煮込みを食ってる。目線も煮込み。多分、すでにこの作戦のことを知ってるんだろう。さすがに興味ないってわけではないよな。
マーヌさんはそれなりに渋い顔してる。いや、元々かもしれない。煮込み料理にはあんまり手を付けてない。
「死体が出れば、それがアコスアの民でもアジョアの民でも、魔王軍に戦力を与えることになる」
「あ~屍術か」
「分かってるじゃないか、モモ」
「散々聞かされたからな、屍術の話は」
「まだほんのさわり程度だがな」
「屍術の話はもういいから、作戦の話に戻っていいよ」
おれは煮込みをまぜまぜしながら言った。
ナレディは視線をマーヌさんに戻して続ける。
「国境を越えた時点で、多分魔王はまず屍生者兵団を動かす。王国軍は王都から動かない」
「あれ? 王国軍を王都から出したいんだっけ?」
「そうだ」
「動かなきゃだめじゃね?」
「そうだ。だから叔父上とアジョアの軍にどうにかしてもらう」
マーヌさんの顔がますます渋くなった。
「俺は軍事は専門外だ。専門の者が考えるべきだろう」
「……言いたいことは分かるが、そういう投げ方をされると腹が立つ」
分かるよ、マーヌさん。
「アジョアだけでなく、周辺諸国の軍が動けば、さすがに王国軍もどこかの戦線には出ざるを得ないだろう。というわけで、叔父上が適当にどうにかしてくれ」
「…………」
「王国軍がいなくなれば、おそらく魔王と数人の屍術師だけが城に残るはずだ」
「おそらく?」
「ああ、おそらく、だ。魔王と、魔王側についた屍術師は、戦場での経験がない。だからおそらく、戦場には出ない」
「……エレナを失う前に、そのことに気付いていればな」
テーベが言った。ナレディがうなずく。
「あの時が、あいつが戦場に出た最初で最後だった。だから、次はこっちから行ってやるしかない」
「分かったよ、ナレディ。私も、やれるだけのことはしてやろう。城をお前らが入れるくらいには、手薄にしてやろう。ついでに兄上も救出してやってくれ」
「ああ、もちろん父上のことも忘れてない」
「えっ⁉」
おれは思わず声をあげた。
「ナレディのお父さん、捕まってるの⁉」
ナレディはなんてことない顔で返す。
「ああ。言ってなかったか?」
「聞いてねぇぇぇ!」
マーヌさんがやれやれ、と呟いた。
「え、なに? 他にも誰か捕まってたりすんの? 新キャラまだ増える? もしかして婚約者が捕まってたりとかすんの?」
「モモは何を怒ってるんだ? 俺に婚約者なんかいないぞ」
「この甥に婚約者などいるはずもないだろうて。……そうか、もしやトモはこいつが……」
「違う!」
マーヌさんて恋バナが好きなの?
「おれの知らない情報が多すぎて! おれも魔王討伐の仲間なんだからお前には説明する義務がある!」
なんかしらけた目で見てくるんですけどナレディ。なにこの温度差。
「だから夜に全部説明すると言ったじゃないか。いちいちうるさい奴だな、お前は」
「……‼」
えっなにこれ、おれが悪いの? くっそ腹立つわ~。こいつを生かして帰すとか、研究区のアンデッド、頑張りが足りなかったんじゃないの?
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