第15話 習うより慣れろ

 途中の町で昼食休憩を取った。街道沿いの旅人の中継地点みたいな町って、メシががっつりしてていいな。

「ここも装備の仕立て直しができる店はないそうだ」

 食堂のおかみ的な人に聞きにいってたテーベが席に戻ってきた。

「そうか。規模的にもここに逗留するのは気乗りもしないし、別のとこへ行くか」

 というわけで、午後も移動。

 呼吸、呼吸、と。意識すると呼吸ってどのタイミングで何するのか分からなくなるな。別に今は歩いて身体動かしてるから、末端まで魔力とやらは行き渡ってるのかね?

 心筋梗塞みたいな感じにさ、血管に何か詰まって魔力がそっから先流れなくなったりとか、そういうのはないのか? 分からん。分からなすぎる……。

「ところでお前」

 ナレディがおれの方へ向き直った。

「はぁはぁうるさい」

「えっ」

「確かに呼吸をしろと言ったが、うるさすぎる。自然に呼吸しろ。騒音を立てるな」

 そんな……。だってもはや何が自然か分からないんだもの。いいよな、身体が勝手に呼吸してくれる奴は。

「そもそもお前はよくしゃべるんだから」

 いや、今全然しゃべってなくね? 思い込みって怖いわ~。

「しゃべる時に息を吸ったり吐いたりするだろ。お前はそれで十分だ」

「え、じゃあしゃべれということ?」

「しゃべりすぎるなよ」

「…………」

 何度も言ってるけどおれ、別に全然しゃべってないからね。


「お、馬車だ。端によけろ」

 ガラガラ音がして馬車が近づいてくる。いいなぁ馬車で移動できる人たちは。

 ……ん?

「え、あれ何?」

 何か妙な生き物が馬車的な乗り物をひいている……。

「馬だ」

「えっあれ馬⁉」

 おれの知ってる馬と微妙に違う。

 まず顔が違う。おれの知ってる馬と同じく長いんだけど、なんか鼻先がこう、ぐにゅっと伸びてる。アリクイとかそんなイメージ。

「草が主食だが、土中の虫も好んで食べる」

やっぱアリクイ系か。

「速く走らせたい時は虫を食わせる。だから運転手はいつも虫の入った瓶を携帯している」

 ひぃ。

 尻尾もおれの知ってる馬と違う。あんなサラサラの毛並みしてない。なんかトカゲとかっぽい。いや、ネズミか?

「馬は臆病な生き物でな。背後から接近されるのを嫌がる。背後に何かがいたら尻尾を鞭のように使って攻撃する。それでも近づいてくるようなら、後脚で激しく蹴り上げる」

 ひぃ。

 馬車はあっという間におれたちを通り過ぎて行った。

 未練たらしく「乗りたかった」視線を送ってたら、ナレディに言われた。

「馬車生活がなつかしいか?」

「は?」

 そうだこいつ、おれが馬車でばっか移動してたと思い込んでるんだ。

「いや、馬車とか乗ったことねーし」

 日本は馬車で生活できるような基盤になってねーんだよ。そして車も自転車も持ってなかったぞ。メトロ生活だ、おれは。

「ところでモモ、お前は予後良好だな」

「は?」

「ほれ、あれだ。男の魂が女の素体に入ったり、逆だったり、魂と肉体の性別が違うと、精神を壊す可能性が上がるというやつだ」

「それは前にも聞いたけど、それが何?」

「お前には精神に異常をきたす兆候がない。良いことだ」

「まぁ、良いっちゃ良いな」

 できたら男の、もっと言えばイケメンの肉体なら本当は良かった。

「これについて考えられるのは、モモ、お前ににそれほど男性性が芽生えていなかったということだな」

「んっ?」

「モモ、お前には生前、性経験がなかったな?」

「…………」

 ちょっと。え? 何言ってんの? こいつ。なんでわざわざそんなこと暴いてんの?

「やはりそうか! そうじゃないかと思っていたぞ!」

 なんでこいつ嬉しそうなんだよ、くそ。も~、こいつ死んでくんないかな。


 まぁなんかそういうしょーもない話とかしておれの心に傷を残して移動を終えた。次の街に着いたのは夕暮れ時だった。

「おお~、到着!」

 高い外壁が赤く染まっている。

「って、あれ? めっちゃ壁に囲まれてるけど?」

 明日また移動なのかな?

「こちら側はな。反対側は一部除去されているから問題ない。それに、ここは昔から領主による自治街区でな。王国の手が回りにくい。奴らが包囲する前に逃げられるだろう」

「ふーん」

 壁を抜けたら、街の中心っぽいところが高くなってて、上に城みたいな建物が建ってる。すげぇ~。観光で来たかったな。すげぇきれい。あ、語彙力。

「実は魔王から最初に逃れた時に拠点にしていたのが、この街なんだ」

 昼ぶりにテーベがしゃべった。こいつが屍生者になったら真っ先に呼吸不足を指摘すべきだな。

「あの時と同じ宿を使うのか?」

「あそこは虫が出る。今回は少しましなところにしよう」

「虫⁉ ましなとこにしよう!」

 前のとこは知らんけど、すかさず言っておいた。


 荷物を部屋に置いて、隣のメシ屋で夕飯。珍しくここの宿は一階が食堂になってない。四六時中宿全体が煮込み料理の匂いにならなくて助かる。テーベはさっそく装備の仕立て屋を探しに行った。元気だな、一日歩いた後なのに。

「モモ、何を食べる?」

「なんか肉のやつ。香草効きすぎてないやつ」

 このメシ屋もおれたちが滞在する宿も、壁から遠くないところにある。街の中心からは離れてる。そのせいか、人が少ない。メシもすぐ出てきた。

「ここは長く滞在するのか?」

 肉にかじりつきながら聞いた。

「そうだな。ここからなら、屍術研究区へ一日で行って帰って来れる。王都へも早朝に出れば一日で行ける距離だ」

「えっ」

 王都? 敵の本拠地じゃん!

「そんな近いの⁉ やばくね⁉」

「まぁ大丈夫だろう」

「雑! 雑だよ! そういう奴から死ぬんだぞ!」

「まぁ食え。そしてうるさい」

 くっ……! 心配をあらわにしただけなのに。

「だってさぁ、おれまだ魔法とか全然習得してないんだぞ? どうすんだよ、なすすべなくやられるよぉ」

「基礎はできてるし、魔力量が多いから大丈夫だ」

「できてないよ大丈夫じゃないよ!」

「作戦はある。もう少し練る必要はあるが。とりあえず食え。食ったら寝ろ」


 で、部屋に戻った。

 いやいやいや、寝れんわ。色々不安だわ。実戦なんてほぼゼロだぞ? スライムを一方的に襲撃しただけだぞ? 魔法全然慣れないしさぁ。

 ベッドにごろっとした。

 せめてもうちょっと慣れられればなぁ。ベッドに横になったまま魔法の本を開いてみた。

 結構読んだんだけどなぁ、あれから。でも、本読むのと実際にやってみるのとじゃ全然違うんだよな。呪文はだいぶ慣れてきた。ような気もする。でも、圧倒的にこう、やり込み度が足りんというか。

 やり込み度。やっぱそれだよなぁ。本とかメモ見ずにぼぉーっとしてても使えるくらいにならないとなんだよな。

 ベッドから起き上がった。ページをめくる。

 この部屋も鏡と桶がある。

「ロス」

 水滴を出す呪文。水滴の下に、さっと桶を置いた。なっかなか落ちてこんな。ページをめくる。

「ロス、ヴォラティリス、ポッセム」

 水滴を下に動かす呪文。水滴がぱらぱら桶に降った。

 お、そうそう、そんな感じ。まぁ全然足りないけど。

「ロス、ヴォラティリス、ポッセム」

 ……いや、これ何回繰り返したらいいんだ?

 待て、おれ。魔法の威力を上げたら水の量増えるんでは? つまり大き目な声で。

「ロス、ヴォラティリス、ポッセム」

 おお、いい感じ! ま、一回じゃやっぱり足りないんだけど。そして足りないわりに桶の周りに水がこぼれた。

 うーん、コントロールって大事だよな。もう一回やったけど、やっぱこぼした。

 ページをめくる。

「カエスコ、イド、ロス」

 次は温める呪文。

 お気づきだろうか? おれはこの水を温めたい。そしてこれを風呂代わりにしたい。いや、小さい桶だから浸かることはできないんだけど。あったかい湯で身体拭きたい。ほら、身だしなみ、大事だろ?

 水に手を入れてみた。

「あっっっつ‼」

 はぁ⁉ なんでこんな熱いんだ。これはあれだな、さっきの水の量増やすために声でかくしてそのまま……。冷めるまで待つか。

 で、もう一つ。宿って夜くらいんだよね。いや、多分宿だけでなくどこのご家庭も夜の寝室は暗いんだろうけどさ。なんせロウソクしかないんだもんな。特にこういう安宿はロウソク一本だぞ。暗い! 怖い! さっさと寝よってなる!

「ルクス」

 光の魔法。そっとささやいてみた。……うん、ロウソク一本増えた感じかな。

「ルクス! うわぁ!」

 まぶしい! なんだよ、もう!

「…………」

 え、いつ消えんの? これ……。

 目細めながら布団かぶせようとしたけど、するっと落ちた。ほんと、実体のないただの光なんだな。

 バサバサやってたら消えた。空気をかきまぜたから消えたのか、時間で消えたのかは分からない。

 く、暗いよ~。ロウソク一本の心細さが際立つよ~。

「ルクス」

 さっきよりは小さい声で。……まぶしいよ!

「ルクス」

 結局ロウソク数本分の明かりを増やして落ち着いた。

 魔力量ってのがな。もっと目に見えて分かりやすければな。戦闘中とかきっと「うおおおお」って感じになるから、ムダに声量でかくなると思うぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る