第16話 働かざる者食うべからず

 翌日。

「各種属性の防御壁を出してみろ」

「防御壁……」

 バリアか。

「基礎魔法の防御壁は、確か自分自身の前に人二人分くらいの幅、人一人分くらいの高さのが出るはずだ」

 おれはペラペラ入門書をめくる。

「あのさ、練習させるんならさせるで、宿にいる間に言ってくんないかな。そしたらノートにメモるなりページに紐はさむなりできたんだからさぁ」

 紐をはさむ、ってのは、要はしおりだ。この世界、紙が安くない上に微妙に厚いから、しおりに適さないってだけで。

 で、糸と紐の中間みたいな細い紐を短く切って、雑にしおりのように使ってるというわけ。はさみすぎると本を上から見ると変な虫がわさわさ触覚生やしてるみたいで気持ち悪い。次は黒じゃなくてパステルカラーの紐を買ってもらおうと思う。

 って、紐の色の話はいいんだよ。

「あっ、これか」

 インテグメントゥム、デ、フラマ。えっ長くね?

「てか、火の壁なのにイーニスって入ってね……あっ」

 言った瞬間、ナレディがおれの本をはたき落とした。と同時に、さっきまで本のあった場所に、火の玉が出現した。

 そう、おれのうっかり声に出した「イーニス」に反応して、火の魔法が発動しちゃったんである。

「…………」

「気を付けろ」

「……はい」


 それから数日。昼間はナレディに見守られながら魔法を練習した。火の防御壁から始まって、水、土、風を何回かずつひたすら繰り返す。

「インテグメントゥム」までは一緒。その後が属性ごとに違う。

 火の防御壁の「イーニス」部分が、火の上位版である炎に代わるらしく、そこが「フラマ」になるんだそうだ。

 他の属性も大体そう。水と風は最悪。水の上位版は「アクア」。あっ知ってるそれ!ってなったのはいいんだけど、「アクア」みたく「ア」で始まるような単語は、「デ」とくっついっちゃって、「インテグメントゥム、ダクア」になるんだって。もうわけ分からんからやめてくれよ……。

 風は「アウラ」。だから「インテグメントゥム、ダウラ」。おれは風属性が弱いらしくて、風の壁を作っても向こうからナレディが投げてくる石をガードできなかった。腕に当たったんですけど。またへこんだら治すのお前だからな、ったく。

 あとは、たまに今までやった基礎魔法とかも抜き打ち的にやらされた。


「ルクス」

 夜は一人で明かりつけたり、風呂(代わりの水張り桶)沸かしたり。

 明かりは一発でいい具合の明るさにつけられるようになってきた。あと、適当なとこにつけると逆に目にくるから、天井の中央に向かって出すと、蛍光灯くらいの感じになるってことが分かった。

 いや、夜の明かりってほんと大事。QOL爆上がり。

 一方その頃お風呂(と呼んでる水張り桶)はまだまだ。桶の周りがびっしょびしょになる。宿の人まじごめん……。

 四日目くらいに宿の人に頼んで一回り大きい桶をもらった。

 そしたら五日目に「器を水で満たす」っていう呪文を見つけた。あーあ、こっち先に知りたかったぜ。まるでおれの人生だ。おれはいつもこういう、「そんなこと今更言われてもね」みたいなことばかりだった。

 あ、最近おれ、ネガティブになりやすいの。気にしないで。考え事できる時間と体力余ってるとこうなるっぽい。

 …………。

 正直本気で元の人生に帰りたいよ。いや、知ってる。見た目のレベルは各段に上がってる。ろくな化粧もできず、最低限の身だしなみしか気にかけてないから、美貌を活かせてないことも知ってる。

 だけどさ、おれはおれなりに、大したスキルもないデブとして、人生まっとうする計画をふんわり立ててたんだよ、ふんわり。

 職場でもさ、あと一年くらいしたらリーダー手当くらいもらえるようになりそうだな、とか。親の片方が介護必要になったら実家帰ろうかなとか。働き口、地元じゃろくなとこないかなぁとか。でも実家持ち家だからなんとかなるかなとか。でも介護ってお金かかるんでしょとか。

 あれ、なんかちょっと心配の方が多くね? いやいや、それだけじゃないって。他にもほら、色々。

 地元帰ったらフレのNさんが案外近いから、たまにはオフで遊べるんじゃねとか。実家の近くのラーメン屋、もっかい行きたかったなとか。

 あ~、くそ、だめだ、弱い。地味だ。なんて地味なんだ。地味な陰キャのぱっとしない人生より、そりゃ美人の魔法使いが魔王倒す話の方が、こう、ガッと来るよな。投票制だったら圧倒的に負けてるわ。

 でもさ、誰の記憶にも残らないようなしみったれた人生だろうけど、まぁふつうに働いて、家帰ったら好きなゲームとかして、たまにうまいもん食いに行って。そういう日がなんとなく続いてるんだろうなって、しみじみ思ってたんだけどなぁ。

 なのに何? なに、魔法って。なんなのさ、魔王って。

 いや待ておれ。おれの人生終わらせたの、別に魔王じゃないじゃん。どちらかというと全力でおれじゃん。

 はー、最終的にいつもここに行きつく。くそ、おれの不摂生。

 そんなやり切れない思いを振り切るため、おれは杖だけ持って夜の街を出て、牧草地をひたすら疾走して、全力で魔法の呪文を唱えた。……りすれば、ちょっとはすっきりするのかもしれないけど、やらない。だって怖いもん夜の外出。

 そう、結局おれは気分が落ちてきたら即布団かぶって寝る。とことん地味じゃねーか……。


「今日はちょっと出かけてくるから、お前は宿ででも適当に過ごしていてくれ」

 朝食時。

「えっ」

「その辺ならうろうろしてもかまわんが、迷子になるなよ」

 これは要するに一日休みということ。本来ならこれは歓喜案件なのだが……。

「丸一日……暇じゃん‼」

「寝てろ」

「雑‼」

 やだよーーーやだよーーーやだよーーー! 暇をもてあますとおれ、ネガティブ思考になっちゃうんだよーーー! そばにいてくれよ! そばで変なこと言っておれにツッコミのチャンスをくれよぉぉぉぉ!

「あれだ、屍術師の知り合いに会いに行ってくる。場所も判然としないし、向こうに俺と会う気があるかも分からん。魔王側の見張りか何かが付いていて、万が一俺の動向を知られる恐れもある。だからお前を連れては行けない。これで納得したか?」

「……した」

 せざるを得なかった。ナレディは満足気にうなずいた。いや、納得はせざるを得なかったけど、本当は嫌なものは嫌だ。

「じゃあ行ってくる」

「え、ちょ、じゃああれは⁉ テーベは⁉」

「知らん。朝からいない」

「えぇっ⁉」

「というわけで俺はもう行く。お前も迷子にならん程度に好きに過ごせ。じゃ」

 結局置いてかれた。

 くそー。なんなんだよ。

 宿の部屋にこもってても気がめいりそうだから、結局その辺ウロウロすることにした。金はちょっともらった。給料とかじゃなく、「腹減ったらこれで何か食え」っていう、まぁ、生活費的な? 昼と夜の分らしい。

 本来おれは、別に何も食わなくても飢えたりしないらしいから、本気出せばこの金で買い物したり遊んだりできなくもない。でもおれ、うまいものを食うのが楽しみなんだよ~~~!

 じゃあ何か食いに行けって? いやそれがさ。今さっき朝メシ食ったばっかだからさ。減ってないというか、減った気分にならないというか。

 こういうの、ナレディは「生きてた頃の習慣」て呼んでるんだけど、昼とか夜とか、食事の時間頃になると、腹が減ってきたような気がしてくるんだって。おれは腹が減ってるんだと思ってたけど、ただの「生きてた頃の習慣」なんだって。

 山登って疲れた気がするのもそれ。筋肉痛は筋肉使ってるからリアルなんだって。なんじゃそりゃ。

 とにかくおれは暇だ。なんていうかこう、気を紛らわせてくれ……誰か……って感じだ。

 あー、これが元の世界ならアニメ見続けるとかゲームしまくるとかできたのに。なんっだこの娯楽の少ない世界。

 誰かかまってくれないかな……。

 はっ。おれは気づいてしまった。今のおれ、めちゃくちゃ美人じゃん? ナイスバディじゃん? これはその辺歩いてたらめちゃくちゃ声かけられるんじゃないか?

 普段はフードかぶってる不審なおっさんと一緒にいるから声かけられることがないってだけで。これ絶対声かけられまくりじゃないか!

 いや、声をかけられてもついてったりはしない! 大丈夫、そのくらいの分別と危機感はあるぞ!

 でも、「ヘイ彼女! 今ヒマ? お茶しない?」って声かけられて、「え~ヒマじゃないですよぉ~」とかやってる間は暇が潰せるし! 自分が今美人だということが再認識できる! 自己肯定感をアゲアゲにできる! ……ん? ナンパの表現が古いって? ……うん、自分でもそうかなって思ったよ。でも全然知らないからさ、今どきのナンパ。……「ナンパ」って単語は古くないよね? え、古い?

 一時間後(体感)。

 ……あれ? おれって美人だよな? スタイルもいいよな? 変なフードのおっさん近くにいないよな?

 二時間後(体感)。

 もしかしてこの世界は美人の定義が違う? それか見ず知らずの人に急に声をかけるのは法律で禁止されてでもいるのか?

 お、おかしいな、こんなはずじゃ。だって前の街の宿のおかみさんは、「べっぴんさんにはおまけするよ」ってチーズパンいつもおまけしてくれてたのに。それっておれが美人だったからだよな? 「べっぴんさん」って、この世界でも「美人さん」て意味だよな? なのにおかしい……。

 悲しいし、退屈で小腹減ってきた……。もう何か食いに行こうかな……。

 こんな状況で誰かに声でもかけられたら、嬉しくてついて行ってしまうかもしれない。

「おい」

「‼」

 声が‼ かかった‼

 おれはすさまじい勢いで振り返った。そして落胆した。

「テーベ」

 知り合いかよ。顔見知りの犯行かよ。見ず知らずの誰かが、おれの美貌につい声をかけてしまったわけじゃないのか。

「ちょっと早いけど、昼メシでも行くか?」

「……それはまぁ、行きますけど」

「なんで拗ねてるんだ?」

「拗ねてねーよ。なんでもねーよ。てかそっちこそ、朝どこ行ってたんだよ?」

 というわけで、肉系のメシをテーベにおごってもらえることになった。


「仕事?」

 肉を食いながら。

「ああ。資金集めや戦闘訓練を兼ねてな」

 この街には、というか、大きめの街ならどこでも、冒険者向けの仕事を斡旋してるところがあるらしい。よくアニメとかラノベとかでは「冒険者ギルド」とか呼ばれてるけど、ここでは……。

「仕事屋?」

 え、だっさ‼ ださいんですけど名称!

「単発の仕事を取りまとめている。冒険者だけのための場所じゃないんだが、危険だったり魔力や腕力を必要とするような類が多くてな。ま、一時的に困っているから助けてくれ、というような、安定した仕事ではないから、大体が冒険者のところにいきつくような仕事を扱ってるのが、仕事屋だ」

 いや、分かりやすい名前だと思うよ? ただそのひたすらな安直さがだっさ!

「昨日今日と覗きに行ってきて、ちょうどよさそうなのを見つけた」

「ふーん」

「やるか?」

「えっ、おれ?」

「ああ」

 いや、確かに暇ではあるけども……。

 肉をひと噛みして、飲み込んだ。

「えー、どんな仕事?」

「この街は、西と北に壁があるだろう?」

「あるね」

 おれたちが泊ってる宿のあるのは、北東だ。北側が壁に面しているけど、一部壁と一体になってて、宿の中からそのまま壁の外に出られる。

「夕暮れ時になると、西の壁に吸血虫がびっしり張り付くらしい」

「えっ……」

 嫌な予感。

「その虫を退治してくれという依頼だ」

 あーーーーやっぱり。

「嫌そうな顔しているな」

「嫌だもの」

「肉を食っただろ?」

「え……」

 おれ氏、食った肉代を身体で払うことが決定。

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