第9話 魔法訓練 午後の部

「再開後は、できたら各属性……その本に載ってる各属性の一番初歩の魔法を試してもらいたい。章が飛ぶが、そういう読み方をしてくれ」

 戻って休憩、と言いながら、おれはナレディと共にすでに食堂のテーブルについていた。まだ一応メシではない。昼食にはちょっと早い。食えないことはないけど。

 まぁそれはいいとして、昼はテーベが戻って来てから一緒に、ということで、今はお茶だけだ。もちろんナレディのおごりだ。

「おれはよく分からんから、危なくないならそれでいいけど」

「危なくはない。……多分」

「いや、多分て怖いんだけど」

「魔力を込めすぎると威力が高くなるが、普通にしていればそうはならないから、危なくはない」

 言い直してくれたところ悪いんだが、まっっったく分からん。

「いや、普通が分からないんだって! さっきのおれのあの感じは、普通?」

 ナレディはうなずいた。

「普通だ」

「じゃあ魔力込めすぎってのは? どういう時に込めすぎになんの?」

「魔力は呼気に含まれる。呼気を増やせば魔力量は上がる。簡単な調整なら、大声を出せば出すほど、威力は上がる」

「なるほど」

 最初からそう言えや。

「熟練の魔術師は、声の大きさを変えずに呼気中の魔力量を調整できるらしいが、それは自分で慣れて感覚をつかむしかない」

「なるほど。じゃ、当面は声の大きさで威力を調整する感じか」

「そうだな」

「てことは、ささやけば威力は落ちる?」

「多分な。気になるなら後で試してみたらいい」

「そうしよう」

 本をめくってみる。属性ごとに章立てされてて、第二章が水、第三章が土、第四章が風だった。ファンタジーを感じる。

 えっ、第五章、「その他の属性」とか書いてあるんだけど。なにこのざっくり。


“魔法には、火・水・土・風以外にも属性があります。この本では具体的な呪文は挙げませんが、興味のある人は以下のような属性があることを覚えておきましょう。

 基本的には、原始の四属性を体得してから他の属性を覚えるのがおすすめの流れですが、まれに四属性の魔法が苦手な人でも、以下の属性に特化した人もいます。


その他の属性:

・光

・闇 ”


 おお、だいぶファンタジーっぽい。


 “闇属性は、大きく分けて以下の三つがあります。

 ・屍生

 ・無

 ・その他 ”


 その他また出てきたんですけどーーーー‼


「俺は『闇』の『屍生』がメインの属性だ。屍生術者だからな」

 ナレディが覗き込んできた。こいつヒマなのかな。

「この『無』と『その他』ってのは?」

「無というのは、属性というより体質に近いとされている。魔法を発動することができないが、ただ魔力が低いのとは異なり、魔力を空気中から吸収することで、他者の魔法すら打ち消すような体質だ」

 無効化の魔法、的な。

「昔は迫害に近い扱いを受けてきたらしいが、今は魔法部隊を無力化させるための特殊部隊として重宝されている。数がとにかく少ないから、四、五人もいればいい方らしい」

「ふーん。じゃあ『その他』は?」

「その他はその他だな」

「えっ」

「闇属性は元々、他のどの属性にも当てはまらない謎の属性という分類でな。分からないものはすべて一旦闇属性に分類される、というわけだ」

「は~なるほど」

 確かに四属性と光はそのままな感じだけど、闇魔法だけは「世界を暗闇にする」とかそういうそのまんまな感じじゃないもんな。

「その他の属性は気にしなくていい。今パーティに求めてるのは二人目の屍術師ではないし、光魔法も目くらましか幻術くらいにしかならない」

 光魔法って本当に物理的に光を使った感じの魔法なのか……。おれの知ってるファンタジーでは、浄化とか回復とかそういう、強力な感じで重要なキャラの属性だったりするのに。

「洞窟ダンジョンに入るにしても、火の基礎魔法で明かりは確保できるしな」

 立場ないな、光魔法。

「だからモモは四属性の魔法のどれかを極めろ」

「いや、極めろって……」

 そういうのは何年も修行とかしてくもんなんじゃねーの? 数日で極めろって、無茶にもほどがあるだろ。

「そんなに無茶な話でもないぞ」

 えっこいつ、おれの頭の中読んだ⁉

「お前は魔力も高いし、筋も悪くない。それにこの呪文はお前の世界の言葉らしいぞ」

「えっ⁉」

 全然知らないんだけど!

「な、何語⁉」

「ああ、お前のいた世界は言葉がいくつもあったんだったか」

「え、こっちはひとつしかないの?」

「そういうわけではないが、この辺りはどこの国も同じ言葉だな」

「ふーん」

「他人事みたいに言ってるが、この言葉を少しくらいは分からないのか?」

「う、うーん……」

 日本語でないことは確か。なんとなく欧米系っぽいけど、英語でもない。フランス語っぽくもない気がするけど、フランス語で知ってるのは「ボンジュール」と「ジュテーム」くらいだから分からん。なんだろ、ラテン語?

「なんとなく分かってくるだろう。どの単語が何を意味するものなのか」

 今は全然分からないんだけど。

「分かるようになるまでひたすら練習っていうことか……」

 ナレディはうなずく。

「それと、魔術師は皆記録をつけている。確か、エレナもそういったことをしていたはずだ。どの単語が何を意味するのか、メモを取りながら練習をしていた。お前にも後でペンとノートを買ってやろう」

「おっ、そうしてくれ!」

 それからテーベと合流してメシ食った。


 火の魔法。

「イーニス」

 これを元に、単語を追加してって飛ばしたり、飛ばす方向を指定したり。

「イーニス、ヴォラティリス、プロッド……チェレリテ!」

 速さの指定、というか、速く!って言いたい時は、最後に「チェレリテ」を付けるらしい。呪文、どんどん長くなっちゃってるんだけど。こんなん覚えられんわ。

 直前に見て一瞬だけ覚えて言ってるからね、おれ。急に戦闘中にこんなん出てこないと思うわおれ~。

「火は一旦いいだろう。水の魔法をちょっとやってみろ。とりあえず最初のでいい」

 入門書をめくり、水の魔法の章を開く。

 ええと、なになに。

「ロス」

 シンプル。いいね。

 で、この魔法、火の玉と同じくらいの、ハンドボールくらいの大きさの水の塊が出るかと思ったら、スーパーボールとかそんくらいの小さめのがいくつか浮いた。いくつかっていうか、ええと、十五個。これ、魔力込める量によって一、二個はプラマイすんのかな?

「その魔法、そのまま飛ばすこともできるぞ。消える前に「デイデ」と唱え、飛ばす時の続きの文言を言えばいい」

「えっ!?」

 おれが「えっ」とか言ったから魔法の水粒は消えた。

「あ~……」

「やってみろ」

「はいはい」

 さっきの水で本が濡れたから、袖でちょっと拭いた。ついでに呪文の確認。……よし。

「ロス」

 からの~。

「デイデ、ヴォラティリス、プロッド」

 すいーっと飛んでった。なんか、火の玉より遅くね?

「続けて言ってみろ。『デイデ』でつながずに」

 言われた通りやってみる。さっきよりは速い?

「何回かやってみろ」

 つなげて唱えてみたり、「デイデ」でつないでみたり、を試してみた。

 やっぱ一括で唱えた方が速いな。

「一度呪文を終えると、そこから魔力量が徐々に減るからな。つなぎの呪文を言って、続きを唱え終えるまでに、最初の魔法の威力が衰えるんだ」

「ほ~なるほど」

「じゃあ次だ。次は土の魔法だな」

「土。……えーと」

 全然覚えきれてないから本で確認。手に書いておこうかなぁ。

 とりあえずせかされるまえに唱えるか。

「グレーバ」

 水の魔法と似た感じで、土の粒が十数個宙に浮いた。

 ちょっと気になって触ってみた。これ、どっから出てきてるんだろ。

 他の魔法と同じく、しばらく浮いた後、土粒は消えた。

「じゃあ飛ばすやつもやっとく?」

 先取りしてみた。

「やってみろ」

 もちろん本は確認しましたさ。

「グレーバ、ヴォラティリス、プロッド」

 土の粒が飛んでく。なんかおれが投げたのと変わらないくらいのスピードで。

「なんか……遅くない? 火を飛ばした時のあの衝撃はもはやない、というかなんというか」

 ナレディがうなずいた。

「お前の特性が火ということなんだろうな」

「な、なるほど」

 てことは。

「じゃあおれ、もしかして火の魔法だけ練習したらいいんでね?」

「そういうわけにはいかない。複合魔法みたいなものもあるからな」

「なんだそれ呪文長そう」

「長いぞ」

「ひぃ」

「だからこそ」

 ナレディが足元の入門書を拾っておれに渡した。

「短い呪文で練習して、どのフレーズが何をするものなのか、徐々に覚えていくんだ。イメージと呪文を合わせれば、無理にすべてを覚えようとしなくても、言葉を話すように呪文を唱えることができる」

「な、なるほど」

「……と、昔母が言っていた。俺は覚えられきる前に屍術の道に入ってしまったが」

「…………」

「とりあえず、土……じゃなかった、次は……風か。風までやって、今日は上がろう」

「りょーかい!」

 で、呪文は、と。

「スピリトゥス」

 つむじ風のようなものが目の前に浮いた。それが勝手に周りの空気の流れに合わせて動いて、そのうち消えた。

「風はもともと動きのあるものだから、ヴォラティリスと言わなくても動くんだ」

「ほ~。方向を指定したらそっちに動く?」

「指定する時には、ヴォラティリスと言う必要があるぞ」

「謎」

「そういうもんだ。考えすぎるとらちが明かなくなるぞ」

「世の中そういうことばっかじゃね」

「ああそうだ。だから俺は基礎属性魔法が嫌いだ」

 そんな個人的な感想言われましても。その嫌いな魔法をおれに使わせようとしてんじゃねーか。

「で、試せばいい?」

「ああ。試せ」

 もう命令口調に慣れてしまった。

「スピリトゥス、ヴォラティリス、プロッド」

 つむじ風がそよ~っと前方に動いた。

「……弱い、な?」

 おれの呟きに、ナレディが「使いようだな」と返した。

「さっきも言ったが、そのうち複合魔法ってのを使うことになるからな。単体で使って威力がいまいちでも、組み合わせたらやけに強い、ってこともある。例えば、熱風でも出してみろ」

「熱風? いや、習ってないけど」

「せっかちだな。これから教える」

「あ、あ~~~い」

 こいつにせっかちとか言われるとは。

「気づいたと思うが、呪文は単純に単語を連ねていくだけだ」

「気づいたね」

「熱風、というか、火の魔法と風の魔法をそのまま組み合わせて出すと、火をまとった風の魔法が出せる」

「そのままなんだな」

 ナレディがうなずいた。

「最初に属性を指定するだろ? 『イーニス』や『スピリトゥス』と。その部分を、『イーニス、エット、スピリトゥス』、で、後半は同じだ」

 もう一度言っとくけど、「後半は同じ」って言われてもその後半をしっかり覚えてるわけじゃないから、本でまた確認したからね。

「覚えたか? やってみろ」

「覚え……いや、やっぱ待って。メモするわ」

 何度も唱えたろって? いや、そうなんだけどさ。前半部分が変わるだけで後半にリズムが崩れてなんかつっかえそう。おれはそういうメンタルなんだ。念には念を入れたい。

「さっき買ったノート!」

 おれは手をぱたぱた動かして要求した。

「ここで書くのか?」

「今書きたいんだ」

 変なこと聞くなぁと思ったら、現物を渡されて分かった。

「これは……羽根ペンというやつですね」

 インク壺に先っぽつけて書くやつ。あと、ノートの紙は紙で、厚くてもさもさしてる感じの。パピルス?とかいうやつ? 分かんないけど昔っぽいやつ。

「インク持っててやるから書くなら書け」

「あ、あい」

 ノートの裏側に腕を当てて、精一杯固定する。……で、一時停止。

「あの~……」

「なんだ、書くなら書け」

 ほれ見ろ、どっちがせっかちだよ。じゃなくて。

「な、なんだっけ、呪文」

 あ~~~~ため息つかれた~~~。

「なるほど、書く必要があるわけだな」

 くっそ、こっちは覚えること死ぬほどあるんだぞ! クラスに転校生がやってきた側なら覚えるのは転校生の名前だけなんだろうけど、転校生側は新しいクラスメート全員の名前と担任の名前を覚えなきゃならないんだぞ! 絶対的にちげーんだよ、情報量がよ!

「イーニス、エット、スピリトゥス、」

 ナレディがそこまで一気に言った。

「う、うおお……」

 きったねぇ字で書く。こっちの文字なのか日本語なのか、慌てすぎてて自分でも区別がつかない。

「ヴォラティリス、プロッド」

「…………OK! 書けた!」

 ナレディがさっさとインク壺の蓋を閉めて、おれの手からペンを奪った。で、おれは杖を股にはさんでたんだけど、あごでそれを指して、手に持て、みたいな合図出してきた。

「それ、燃やすなよ」

 ついでにノートを見ながら付け加えた。

「分かってるって」

 左手にノート、右手に杖を持った状態で、しばらくノートの文字を凝視した。うーん、覚えたかな。

 左手を下げて、杖を見て言った。

「イーニス、エット、スピリトゥス、ヴォラティリス、プロッド」

 辺りが急に明るくなったかと思うと、周囲の空気がうねり、熱をまき散らしながらねじれて前方に進んでいった。……後に牧草の焦げ目を残しながら。

「……えっ」

 思わずナレディをガン見したぞ。

「えっ、あれ大丈夫なやつ?」

 確か言ってたんじゃなかったか、宿の主人。「羊の往来に気を付けてくれ」って。あれ、このまま進んであっちの方に羊いたりしね? てか、牧草焦がしてる時点で羊側としては大きな損失じゃね?

「まあ大丈夫だろう」

「えっ、それ、お前の口癖なんじゃないよな? 本当にまぁ大丈夫だと思ってるから言ってるんだよな? とりあえず言ってるわけじゃないよな?」

「とりあえず言ってるな」

「とりあえず言ってるのかよ‼ えっ、ちょ……」

 まだ前方に火をまとった竜巻が見えるぞ。

「羊……」

 え~~~、てか、羊もだけどさ、あんな通常じゃありえない竜巻なんて発生したら、目をつけられたりしないのか? 魔王側の連中とか、ふつうに街の治安維持系の団体にさ。

「……ちょっと見てくるわ」

 おれは杖をナレディに押し付けて竜巻を追って走った。

 うおおおおおおお止まれえぇぇぇぇぇぇ‼

 なんなの⁉ どこまで行くの⁉

 一応ここまで焦げ跡付近に死体はない。少し追いかけたら、竜巻が消えた。焦げ跡も少しずつ薄くなって、途切れた。

 ……犠牲者がいなくて良かったよ、まったく。この場合、おれだからな、実行犯。ナレディ、あいつはいくらでも言い逃れできるもんな。「練習させようとしたら、急に凶暴な魔法を」とかなんとか。

 おれはあいつの言った通りに呪文唱えただけなのに。あいつの……ん? あいつ、声に出して言ってなかったか? おれがメモ取ってた時。……あれ? でも別に魔法発動してなかったよな。あれ? 発動しない言い方? う、うーん?

「羊は無事だったか?」

 戻ると、ナレディが呑気な顔で興味なさそうに言った。おれは憮然としてうなずく。

 宿屋の主人と約束したのお前なんだからお前が確認しに行けよ! 考えてみたらおれ、結構な距離を走ってって、結構な距離を歩いて戻ってきたんだよ。

「複合させると、さっきみたく威力も持続時間もやけに長くなることがある。というわけで、専門属性以外の魔法も覚えておくといい」

「…………」

 いい感じにまとめたつもりか? 腹立つわ~。

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