後編 自分裁判
気が付いたら見渡す限り白い空間に立っていた。高さも奥行きも不明な白のみの世界。不安を覚えて自分の体を見下ろす。黒いTシャツにジーパン。自ら命を絶った日の恰好だった。
何をどうしたらいいのか分からなかったが、足は自然ととある方向に歩き出していた。何の標識も目印もない中をただただ歩いていく。どの位歩いただろうか?四つの椅子がひし形に並べられていることに気付く。椅子に近づいていくと同じように近づいてくる三つの人影があった。椅子の近くまで来ると、三つの人影が誰かはすぐ分かった。よく知っている、見慣れた三つの顔。
「ふーん、なるほど。そういう風に成長するわけね」
学ランを着た少年、中学時代の僕が口を開く。
「がっかりしたか?」
頬が少しこけて不健康そうな青年、漫画家を目指し、フリーターとして生計を立てていた僕が言葉を返す。
「容姿についてはそうでもないさ。他の面についてはがっかりを通り越して怒りを覚えるほどだけどね」
中学時代の僕が他三人に怒りの眼差しを向ける。ブレザーの制服に身を包んだ高校時代の僕は怯えた目で二人のやり取りを見つめていた。
「まあ、いいさ」肩をすくめて怒りの視線を受け流すフリーター。「お互いに言いたいことはたくさんあるだろうから、腹を割って話し合おうじゃないか」
そこで言葉を区切って、こちらへと視線を向ける。
「じゃあ、最年長進行役よろしく」
「えっ、僕?」
「最年長なんだから、一番適任だろ。なあ?」
「まあ、そうだな」
フリーターの問いかけに中学は同意の声をあげ、高校は首を縦に振る。
「賛成多数で決定だな」
「分かったよ。じゃあ、自分裁判を開廷します」
最年長 :僕はもちろんみんなのことをよく知ってると思ってるけど、他のみんな、特に中学は他の三人のことをよく知らないと思うから、まず簡単な自己紹介から始めようか?
フリーター:自分の身に何が起こったのかは全部知ってるよ。
最年長:えっ、そうなの?
フリーター:ああ。気付いたら意識があって頭の中に生まれてから死ぬまでの出来事が映画のように流れていった。死ぬ前に見ると言われている走馬燈って言うのはあんな感じなのかもしれないな。お前らも見たんだろ?
中学:ああ。
高校:……。
無言で頷く。高校の僕はまだ一言も発していなかった。
フリーター:でも、まあ自己紹介するのはいいかもな。何を望んでいるか、ニルヴァーナかサラーサか。それと何と呼んでほしいか。これくらいは最初に確認しといた方がいいかもな。
最年長:そうだね。じゃあ、年齢順に小さい方からで中学の僕から。
中学:お前らみたいなクズとは違って努力する天才……と言いたいところだけど、まあ分かりやすく中学と呼んでくれ。希望するのはサラーサでのやり直し。言葉通り死ぬような想いで物心ついた時から努力し続けてきたのに、その結果がこれなんて納得できるか!
中学の怒号に高校がびくっと体を震わせる。
最年長:じゃ、じゃあ次は高校、お願い。
高校:ぼ、僕は高校って呼んでください。
今日この場で初めて聞いた高校の声は中学と比べてひどく弱々しく、何年かの間があるとはいえ、同じ人物の声とは思えなかった。高校時代の僕はこんな感じだったのか。父さんが死んでどうしていいか分からなくなって途方に暮れていたあの時の気持ちが生々しく蘇ってくる。
高校:僕はニルヴァーナを希望します。も、もう色々と疲れたので、何も考えずにゆっくりと休みたいです。
高校が喋っている間、中学はずっと高校のことを睨みつけていた。
フリーター:じゃあ、次は俺だな。中学、高校と職業が呼び名になってるから、フリーターでいいや。俺もニルヴァーナ希望で。正直リアルというゲームは俺には難しすぎた。
『人生は配られたカードでゲームをするしかない。ただし、そのゲームをする気があるのであればの話だが……』
ゲームそのものを壊した未来の俺の気持ちはよく分かるよ。
怒り、無気力、同情―――三つの視線が僕に注がれる。
最年長:最後は僕だね。僕はそうだな、僕たちをここに導いてくれた声の主曰く、自殺っていうのは最大の罪らしいので、”大罪を犯した者”とでも呼んでもらおうかな。
僕は行き先はどちらでもいい。無でもやり直しでも永遠の苦しみでも。ただ知りたい。なぜ、どうして僕はあんな道を歩まなくちゃいけなかったのかを。
大きく息を吸う。
大罪:じゃあ、僕たちの、僕たちによる、僕たちのための裁判を始めよう。
大罪:みんな分かってると思うけど、念のために確認しとくね。
自分裁判―――この裁判の目的は、僕が、いや僕たちが最終的には自殺という道を選ばざる得なかった原因を話し合って特定すること。本来なら自殺という罪を犯した者はナラカという輪廻の理から外れて永遠に絶えることのない極限の苦しみを受け続けなきゃいけないらしいけど、原因を突き止めることができたなら、無のニルヴァーナかやり直しのサンサーラを選ぶことができる。OK?
僕の問いかけに高校とフリーターが頷く。ぶすっとした表情で聞いていた中学がすっと手をあげる。
中学:ちょっといいか?
大罪:何?
中学:まず始めに高校に確認しておきたいことがある。
高校:な、何?
明らかに怯えた声。
中学:お前どういうつもりなの?
高校:ど、どういうつもりって言うのは?
中学:お前は知ってるはずだよな。俺がどんな少年時代を過ごしてきたかを。プロのサッカー選手になるというアイツが叶えることの出来なかった夢を一方的に背負わされてサッカー漬けの日々を過ごした。友達と放課後に遊んだ記憶なんて一度もない。家に帰ったら帰ったで周りからの視線をやたら気にする母親から勉強を強制させられる日々。テレビ、漫画、ゲーム―――普通の子供が接する娯楽に一切接することなく与えられた義務をひたすらこなす日々。何のためにかといったら、アイツらの欲望を満たすためだけ。俺はアイツらを満足させるためだけの人形だった。
中学は両親のことをアイツらと吐き捨てた。憎しみの込もった声で。
中学:必死の想いで積み上げてきた。勉強もサッカーも。勉強は学年で常に十番以内に入り、サッカーは年齢別の日本代表にもなった。輝かしい未来が待っているはずだったんだ。
蔑むような目で僕とフリーターを見やる。
中学:なのに、これだ。そんな努力を積み重ねた人間の未来が社会のごみだと誰が想像できる?その果てが自ら命を絶つという大罪を犯したから永遠の苦しみ?そんな理不尽な話があるか!なんでそうなったのか?
中学が高校を指さす。
中学:お前のせいだ。お前が俺の努力を台無しにしたせいだ!今、ここではっきり認めろよ。僕のせいです。僕が全て悪いんですってな。
俯き、拳を握りしめる。そのままずっと黙りこくると思ったが、顔をあげて初めて真っ直ぐに中学を見据えた。
高校:ぼ、僕は努力できるのにしなかったんじゃない。努力できる状態じゃなかったんだ。
高校時代を思い出す。睡眠時間は充分なはずなのに、朝起きた時から疲労感が全身にまとわりついていた。重い体をひきずって授業にでる。今まで一日六コマ授業を受けれていたことが不思議なくらい授業に集中することが出来なかった。原因も分からず、イラつきながらただ堕ちていくしかなかった。確かに高校時代の僕は明かに異常を抱えており、今まで普通だったことが普通ではなくなっていた。が、その状態を映像としか知らない中学は高校の弁明を鼻で笑う。
中学:ダメな奴の典型的な発言だな。来世から本気だすってか?お前のせいでその来世があるのか分からないってのに。さっさと認めろよ、ほら!
高校:中学は僕の状態を知らなかったからそんなことが言えるんだよ!フリーターと大罪なら分かるよね?僕が努力したくてもできるような状態じゃなかったってことが。
救いを求める目で見つめてくる。
大罪:そうだね。確かに高校時代の僕は常に異様な疲労感に苛まれていて普通の状態じゃなかった。
フリーター:あの状態で今までと同じ努力を続けろってのは、確かに酷だな。
同意の声を得て高校の顔がぱっと輝く。対照的に中学は心底うんざりした様子で大きなため息をつく。
中学:あーあ、ごみ同士で傷のなめ合いか。こんな奴らが自分の未来かと思うと、死にたくなるよ、ホントに。あっ、もう誰かさんのせいで死んでたか。
高校:き、キミが努力できたのだって父さんや母さんに強制されてきたからだろ?父さんが死んで母さんが働きにでるようになって勉強もサッカーも強制されなくなった。そんな状態でもキミは努力できたって言うの?絶対に無理だね!
中学:何だと!
中学が勢いよく立ち上がる。
フリーター:まあまあ二人とも。確かに勉強とサッカーを強要してきた両親がいなくなったのなら中学がそれまでずっとしてきたような努力を続けることは難しかったかもしれない。でも、それなりに勉強して大学に行くという普通の人がやっていることは出来たんじゃないかな?
高校:なっ……。
フリーター:高校の苦しい状況は理解してる。何せ経験者だからね。でも俺もよく知ってるんだけど、キミはその状況を解決しようという具体的な行動を何もしなかったよね?授業に出るのが辛いからさぼりがちになり、成績はみるみる落ちていき、いざ受験ってなった時には母さんが認めるような大学にはどこにも受かる見込みはなくなっていた。何も行動しようとせずに努力できる状態じゃなかったなんて虫がよすぎるんじゃないかな?
中学:あーあ、可哀そうな俺たち。それなりの大学卒業してなくちゃ社会人としてのスタートにすら立てないこの日本で大学に入れないどころか全く状況を改善しようともしないで次の人にバトン渡すんだもんなー。敵わないよ、本当。
高校:や、やるべきことをやらなかったのは僕だけじゃない。フリーター、キミだってそうじゃないか。
フリーター:お、俺がなんだっていうんだ!
高校:漫画家を目指したのはいいよ。キミだって何回応募しても一次選考に通らなかったにも関わらず、上達のための努力を何もしてなかったみたいじゃないか。自分は特別だと勝手な妄想を抱えて同じ道を目指す人たちとも交わろうともせず、自分は特別だと信じたいがために真剣に向き合うことをしなかった。キミだって上達するための具体的な行動を何もせず、時間を浪費したじゃないか!一緒だよ、キミと僕は。
中学:なるほど。そう言われれば確かにそうだ。フリーターの発言はブーメランだな。
フリーター:ち、違う。俺は……。
視線を泳がし、必死に言葉を探す。が、言葉は出てこなかった。
『自分は漫画に救われた。だから、僕は僕と同じような境遇の人のために漫画家になろうと思いました』
それが自分自身を社会という大地に結び付けるために作った設定だった。その時はそう想っていたのか、そう想おうとしていたのかが分からなかった。でも、今の僕ならはっきりと分かる。そう想おうとしていただけだと。必要だったのは漫画家になることではなくて、漫画家を目指しているという設定だった。だから、賞に応募していれば、自分はその設定通りに行動していると納得させることができる。それだけで充分だった。
中学:自分は特別なんだと信じて努力をしてこなかった人間が自分が目指したものになった人間から『いや、アンタは全然特別なんかじゃないから』と事実を突きつけられた結果、逆切れしたと。
クソみたいな両親に育てられ、十五歳から二十歳までの貴重な青春時代の五年間を無為に過ごしたせいで、プライドだけは一人前で中身はクソな人間が出来上がったと。
これはもう高校とフリーターの二人が原因がファイナルアンサーでしょ。俺は後の自分のために努力し続け、大罪は渡されたバトンがひどすぎたと。
高校:そ、そんな……。
フリーター:た、大罪はどう思うんだよ?
大罪:僕?
フリーター:ああ。この中で全ての出来事を客観的じゃなく主観的に把握しているのはお前一人だからな。そのお前は何が原因だと思うんだよ?
大罪:うーん、そうだなー。僕が考える原因は運が悪かったってことかな。
高校:う、運が悪かった?
大罪:うん。
中学:何だよ、それ。
フリーター:それは両親が悪かったからどうしようもなかったってことか?
大罪:それもあるし、あの日小田さんのインタビュー記事を目にすることがなかったら、全く別の道もあったと思うんだよね。それが世間一般から見て”幸福な人生”と呼べるものからはかけ離れていたものだとしてもね。
中学:僕たちは運が悪かったです。だから僕たちは悪くありませんってか。
皮肉たっぷりな言葉に真っ直ぐな言葉を返す。
大罪:そうだよ。
中学:そんな理屈が世間に通用するわけないだろ。
大罪:世間なんて関係ない。これは自分たちの、自分たちによる、自分たちのための裁判、自分裁判なんだから。僕はこの中で僕に起こった全ての出来事を体験した唯一の人格として君達に伝えたいことがある。僕たちは悪くない。そう悪くないんだ。
中学。
中学:何だよ。
大罪:キミは本当に頑張ったと思う。サッカーで得点を決めようとも、学校のテストでいい点を取ろうとも決して褒められることはなく、クリアしなきゃいけない義務だけが課され続ける中で、キミはその義務に応えようと走り続けた。その努力は本当に尊いものだと思うし、キミが高校に対して自分の努力が無駄にされたと怒りを覚えるのももっともだと思う。だからこそ分かってほしい。高校もその努力を経験した人間だということを。自分の心の内から発せられたわけじゃない目標に向かってずっと走り続け、途中で強制していた人間がいなくなることがどんな影響を与えたのかを。
中学は背もたれに体を預け、宙を眺めた。
大罪:高校。
高校:な、何?
大罪:キミの学校生活は本当に大変だったと思う。僕たちは物心ついた頃から自分で考えて行動するということを全くしてこなかった。一日のスケジュールは全て父さんが管理していたからね。その管理者が急にいなくなってしまった。これからどうすればいいのか分からない。それだけでも大変なのに、異常な疲労感と眠気に苛まれるようになった。その中でキミは必死に踏み止まろうと努力し続けた。キミのことを理解しようとした人は一人もいなかっただろう。その努力が報われることはなかったけど、キミは他の誰よりも何倍も頑張った。他の誰もそのことを知らないかもしれないけど、僕はそのことを知っている。
高校:大罪……。
高校の目に涙がたまっていく。
大罪:フリーター、何も知らない人が僕たちのしたことに対して何か意見を言うとしたら逆切れ、逆恨みと言うんだろうね。
フリーター:そうだろうな。
大罪:フリーターは何で小田さんの言葉にあそこまで心を動かされたんだと思う?
小さく息を吐いた。
フリーター:小田さんが俺の手に入れたくて入れられなかったものを全て持っていて、自分との境遇の差に嫉妬したから、かな。
大罪:なるほど。
「自分は漫画に救われた。だから、僕は僕と同じような境遇の人のために漫画家になろうと思いました」
その言葉を聞いた瞬間、フリーターの目が泳ぎ始める。
大罪:中学と高校はこの言葉が何なのか分かる?
「いいや」「分からない」二人とも首を横に振る。
大罪:これが僕がフリーター時代に自分で考えた設定。自分はこういう人間なんですって、テレビでいうところのキャラってとこかな。さっき高校がフリーターに対して「行動を起こさなかったのは一緒じゃないか」って言ってたけど、やらなかったという表面は一緒でも、根っ子は違うんだよね。高校はやろうとして出来なかったんだけど、フリーターはそもそもやろうとしてなかったんだよ。だってそんなことする必要がなかったんだから。
高校:する必要がなかったってどういうこと?
中学:漫画家になるっている設定を自分に課したならする必要がないってことはないだろう。できる、できないは別としても。
中学がもっとも疑問を口にする。
大罪:これを説明するには、遡って話をする必要があるんだけど、ここでみんなに質問。自分はどういう人間なんだと思う?それぞれどう思っているか聞かせてもらっていい。じゃあ、中学から年齢順に。
中学:―――指示されたことを忠実に実行する人形。
高校:色々なものに疲れた人間。
フリーター:劣等感。
大罪:なるほどね。両親の指示通りに全力で走り続け、その結果疲れ果てて普通の人のスピードにも付いていくことが出来なくなった。そして置いていかれ劣等感に苛まれるようになった。
僕もずっとそう思ってたんだけど、刑務所である人に言われたことで考えが変わった、というか根本にあるものが何なのかがやっと分かったんだよね。ずっと分からなかった、僕という人間の根本にあるものが何なのかということが。
中学:そ、それは?
三人が固唾を飲んで次の言葉を待つ。
大罪:「両親に一度も褒められずに育った人間は自分の存在に不安を持つようになる」
この言葉を聞いた時にやっと分かったんだ。自分が何故そのような行動を取ってきたのかを。自分は存在していいのか、そんな不安が常につきまとっていたんじゃない?
フリーター:まあ、そうだな。
中学:必死に努力している時は苦しくはあったけど、不安を忘れられるという点は楽だったかな。
高校:―――ずっと不安だった。
大罪:僕たちはずっと不安を抱えていて、何者でもない不安定な状態に耐え切れなくなっていた。そこで自らの存在を安定させるために「自分は漫画に救われた。だから、僕は僕と同じような境遇の人のために漫画家になろうと思いました」という設定を自らに課すことで存在を安定させようとした。
僕にとって大事なのは設定を信じ込むことによって存在を安定させることで、設定を実現させることじゃない。
中学:賞に応募することで設定を信じることが出来るので、上達のための努力は不要ってことか。
大罪:その通り。
視線がフリーターに集まる。フリーターは腹の底から、まるで今までずっと分からないまま抱え込んでいたものを吐き出すかのように深く大きく息を吐き出した。
フリーター:漫画家になろうとしていたんじゃなくて、漫画家になりたいと思っていると信じたかっただけなのか。不安から逃れるために。
大罪:今にして思えば、だけどね。当時はそんな心の動きがあったなんて夢にも思わなかった。
高校:じゃあ、小田さんの言葉にあれほどまでに反応したのは、小田さんの言葉でその設定を信じることができなくなったから?
大罪:そうだね。裁判で「小田は言葉で俺を殺した。だから俺は小田の作品を殺そうと思った。俺だけが罰せられるのはおかしいじゃないか!」って言ったんだけど、小田さんの言葉はその当時の僕の全存在を否定するものだった。お前が言っているのは只の設定だろ?そう突きつけられている気がした。勿論小田さんにそんな気持ちはなかっただろうけどね。むしろ僕のような存在に不安を抱えていている人間がいるなんて想像もつかないんじゃないかな。
全存在を否定された僕は自らの正当性を主張するために小田さんに闘いを挑み、そして敗れた。これが自分を創るべき時に自分を創ることができなかった男の全て。
三人とも僕の言葉を反芻しているのか押し黙っている。
大罪:だから、僕は僕たちにもう一度あえて言いたい。僕たちは頑張ったと。他の人がどう思うかなんて関係ない。僕たちは過酷な環境で他の人の何倍も必死になって頑張ってきた。結果を伴うことも出来なかったけど、その努力は誰にも否定できない。いや、させない。僕たちは必死に頑張ったんだ!
気が付くと、涙が頬をつたっていた。見ると他の三人の目にも涙がたまっている。
道を踏み外す前に誰かにこの言葉をかけてもらいたかった。その想いは未だに燻っている。そうであったのであればもっと他の道もあったのにと。でもよかった。原因が分かって。原因が分からないまま永遠の苦しみを味わうことにならずに、僕たちに僕たちが望んでいた言葉をかけることができて本当によかった。
中学が涙をぬぐって、立ち上がる。
中学:高校にフリーター、何も分かってないくせにひどいこと言って本当にゴメン。
深々と頭を下げる。二人が慌てて言葉をかける。
高校:そ、そんないいよ。ひどいこと言ったのは僕も同じだし、むしろキミの苦しみを僕も味わったのに、少しもキミの気持ちを考えることができていなかった。僕の方がもっとひどいよ。
フリーター:俺も同じだ。中学の気持ちを考えることができていなかった。俺の方こそ本当にゴメン。
二人も頭を下げ、三人でお互いに頭を下げ合う。
大罪:ハイハイ、謝罪はそのくらいにしてお互い頭をあげましょう。
三人が頭をあげる。少し照れ臭そうにしながらも、すっきりとした表情を浮かべていた。
大罪:原因が分かったところで、自分裁判に判決を下そうか。
始まる前にも言ったけど、僕は行き先はどこでもいい。僕たちに、僕が辿り着いた真実を伝えるという目的は果たせたから。
中学:俺はやっぱりもう一度やり直したい。今度は人の想いじゃなく、自分の想いで走ってみたい。そしてどこまでいけるか試してみたい。
大罪:中学は努力家だから、スゴイ高みまでいけるよ、きっと。
中学が笑みを浮かべる。その笑顔は初めて見る、年相応の可愛らしい笑顔だった。
フリーター:俺はそれでも終わりにしたい。人生は自分の力でどうすることもできないことが多すぎる。やり直したとしても、今回と同じような環境になったらと思うとちょっとな。
大罪:そっか。
フリーター:でも、この裁判で自分から原因が聞けてよかったよ。
大罪:僕も伝えることができてよかったよ。これでニルヴァーナが一にサンサーラが一。高校の意見で僕たちの行き先が決まる。
視線が高校に注がれる。
大罪:高校の意見はどう?
高校:ぼ、僕は―――ずっと黒い景色を見てきた。この世界には黒い景色しかないんだと思って生きてきた。でもそうじゃないんだと。黒い景色しか知らなかったのは知らず知らずのうちに僕の物の見方が歪んでしまっているからだった。この世界には黒い景色じゃない、もっと他の、素晴らしい景色があるんだと。
僕もその景色をこの目で見てみたい。だからもう一度やり直したい!
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