生きるだけの国

 新たな目標が決まり、しばらくこの国を出ていくことになった私とセレナ。その目的は、領主の治める国に私たち自らが潜入し、その国の闇を探りながら苦しんでいる国民を我が国へと勧誘することだ。会議が終わった後、私とセレナはさっそく旅の支度に取り掛かっていた。


 「どれくらいの旅になるのかな?」

 「まあ、潜む闇を見つけるということは口で言うほど簡単なことではないからな。場合によってはそれを解決しなくてはならない。長期間になることは覚悟しなくてはならないかもな」

 「そっかー・・・」

 「もし親元を長期間離れるのが嫌なら別に無理する必要はないぞ。お前が無理なら、なんとか私一人で頑張ってみるから」


 一応彼女の気持ちを汲み取ったつもりだったが、要らぬ気遣いだったようだ。


 「ああ、違う違う。お父さんたちと離れるのは初めてだし、不安があるのは間違いないけど、それ以上に今楽しみで仕方ないんだ。だって、誰かと一緒に長い旅に出ることが小さいころからの憧れだったんだもん。まさかその相手が神様になるなんて、流石に予想外だったけれど。長い旅の間に何をしようかあれこれ計画を立てることが今楽しくって」


 彼女はこの旅を楽しいものと思っているようだが、この旅の中で領主の怒りを買い、最終的に領主との戦いになる可能性も十分に考えられる。私もこの旅を平穏に終わらせたいという望みはあるが、私がネガティブ思考ということもあってどうしても最悪の事態を想定してしまう。セレナにはそのような思考は持ち合わせていないのだろうか。いや、恐らく持ち合わせてはいるし、目を背けてだっていない。


 ただ彼女の持つ明るさが、すべてを前向きにとらえさせているだけだ。私の足りないものを彼女は持っている。それが同行として彼女を選んだ最大の理由だ。私の持つ物事を否定にとらえるマイナス思考と、セレナの持つ物事を前向きにとらえるプラス思考は、それぞれ場面によって適応されるところもあれば、それが弱点となって自らを追い込むきっかけになることだってある。しかし、それがうまくかけ合わされば、プラスとプラスはさらに大きなプラスを生み、マイナスとマイナスはプラスへと変わりながらさらに大きくなる。性格は正反対だが、互いに信頼していれば不可能ではないと信じている。


 そしてその日の夜、明日の私たちの旅立ちを祝して国全体で宴会が行われた。男たちの狩る技術や女性たちの調理技術もさらに向上し、宴会で出た料理は今まで食べたことないものばかりでとてもおいしかった。こういう思いがけない力の組み合わせが、新たな力を生んでいく。こんな簡単なことで新しいものができてしまうのに、今のこの世界は一向に新しいものが生まれる気配がない。それは領主が世界を制していることだけが原因ではないような気がする。その原因もこの旅で見つけられたらいいのだが。


 そして翌日。いよいよ私たちの旅立ちの日がやってきた。


 「留守の間、国のことは任せるぞベルトード」

 「はっ、お任せください。アネモイ様も道中お気をつけて」

 「ああ、行ってくる」

 「行ってきまーーーす!」


 国民から見送られて私たちは旅に出た。セレナは国を出てからもずっと、まるで子供が遠足行くように気分が浮かれていた。国民の前では多少強がっているとは思ったが、本能のままというかどれだけ自分に正直に生きているんだろうか。


 「ところで、今からどこの国に行くの?」


 "知らないんかい!"と、思わずツッコミそうになった。確かにセレナに直接伝えてはいないが、周囲の人間からすでに聞かされたものだと思っていた。というか場所も知らずに、どれくらいの期間かかるのかを聞いてきたのか?普通逆じゃないか?まったくこいつは、思いついた瞬間に何も考えずそれを行動に移してくる。旅の間、置いていかれないように注意しないと。


 「私たちの国から少し離れるが、セイリッド王国という国に行こうと思う。人口は一万人にも届いていない、領主が治める国の中ではかなり小さめの国だ」

 「へー、意外。私はてっきり近くの大国から順に攻めていくと思ってた」

 「馬鹿を言うな。大国になればなるほど領主の力は大きくなり、国民を引き抜こうものなら領主との戦争になる可能性がぐんと高くなる。もし今私たちの国に攻め込まれたら、到底勝ち目はない。国民を増やすのは国の活性化の他に軍事力を強化する目的もある。最初に攻めるのなら小規模な国の方が適任だ」

 「そこまで考えてたんだ。もしかしてアネモイ様って、結構頭良かったりする?」


 こいつには人を怒らせる才能でもあるのか?今まで不甲斐ないところを見せていたから出来損ないと見られても仕方ないとは思うが、ここまで配慮がないと逆に清々しくも感じてしまう。


 「この辺りでいいか・・・」

 「ん?どうしたの?」

 「ここから転移魔法で目的地の近くまで飛ぶ。ここから歩いては数日はかかるだろうからな」

 「だったら、デパルドから飛んだ方がよかったんじゃない?」


 いくら神の魔法であってもすべてが万能ではない。私の使うすべての魔法は人間が使う魔法の上位互換であることは間違いないが、人間が使う魔法と同様に何かしらの制限がある。例えば転移魔法だが、世界の端から端まで行けるわけではなく、移動可能距離は人間の転移魔法の約10倍程度である。それでも人間側からしてみれば、チート級の魔法ではある。


 「へー、そうだったんだ」

 「それじゃ、行くぞ」

 「おーーー!」


 国を出てから30分も経たぬうちに目的地に到着した。予想通り、私が見てきた国の中では規模はかなり小さいが、外側の塀や外からでも見えるほど大きな城の造りはとてもしっかりしている。人口約1万程度の小規模な国としては不自然なほどに。


 セイリッド王国に入るため入り口の門へとやってきたが、そこには門番が待ち構えていた。どうやらこの国には通過税という国に出入りする度に金を要求されるらしい。国民からだけでなく、訪問者からも金を取ろうとするとは、この国の領主は随分としけた小遣い稼ぎをするものだ。だが流石にここで問題を起こすわけにはいかない。不本意だが規定通り通過税とやらを門番に支払い、私とセレナはセイリッド王国に入国した。


 いざ入国してみると、国内は賑わっているとはとても言い難かった。笑顔がないわけではないがどこか国民の表情は沈んでおり、国民は生きるためだけにこの国で暮らしているような感じだった。だがその理由はすぐに分かった。国の中央にそびえ立つ城や国を囲む塀と比べ、国民の住む家の造りはかなり質素だった。これから国民に色々聞いて回ろうと思っていたが、聞く前にこの国の闇は理解できたような気がする。それはセレナも同じようだ。


 「随分と暗いね、この国の人たち。店の品揃えも誰にでも買われるようなものしか置いてないっていう感じだし」

 「ああ。思っていたよりも早くこの国の闇が掴めそうだ。だが調査は明日からだ」

 「そうだね。とりあえず、これからしばらくはここが拠点になるんだし、まずは寝床とお金を準備しないとだね」


 食料に関しては私の収納魔法内に蓄えられたもので1ヶ月は持つだろうが、問題はお金の方だ。そもそも独立国家やデパルド王国ではお金なんてものは必要とせず、すべて自給自足で賄えていた。だからデパルド王国を出る際に持っていたお金はほんの僅かで、そのすべては通行税で消失し、今は持ち合わせがない。


 この国でしばらく暮らす以上、少なくとも宿代分のお金は確保しなくてはならない。私たちはこの国が管理するギルドへと出向き、デパルド王国で狩った動物の毛皮や角や骨をお金に換えた。ちなみにギルドとは戦闘職の人間による何でも屋で、民間人から頼まれた依頼をこなして収入を得ている。ギルドには戦闘職の人間が得た収入の何割かをギルドに納めなければならない規則があり、国の収入源の一つとして各国に設置されている。


 「結構いい値段で売れたね。これならしばらくはこの国を拠点にしても大丈夫そう」

 「だが、私はこれほど居心地の悪い国に長居するつもりはない。国民のためにも、さっさとこの国の闇を洗い出すぞ」

 「了解!」


 だが、この国がもたらす闇は私たちの想像をはるかに上回るものになるとは、この時は考えもしなかった。

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