道が交わらない者たち
デパルド王国の人口をこれからどのようにして増やしていくかを決めていく会議で、私は他の領主が治める国から国民をスカウトする案を出したのだが、ほぼ全員から反対された。それよりも、同じ領主討伐を目標に掲げている他の独立国家からスカウトしたらどうかという案が出たが、どちらかといえば私はそちらの方を避けたかった。
「私は、他の独立国家の者たちと今手を組むのは時期尚早だと思っている」
「そう思う理由をお聞かせ願いますか?」
「私は神として世界を見回っていた頃、数多くの独立国家の活動の様子を見てきた。どの国も、お前たちと同じように領主討伐を目指し毎日のように会議を行っていた。私の知る限り、成果をあげた独立国家はまだ現れてはいないが、どの国も同じ目標に向かって奮闘していた」
「だったら、どうして?ちゃんと事情を話したらみんな協力してくると思うけど」
「ならばお前たちは同じ目標を持っているのにも関わらず、なぜ協力関係にはなかったのだ?今もそうだが、なぜ各地にバラバラになって活動している?」
「そ、それは・・・」
全員がお互いに顔を見合わせたが、私の問いに答えることができる者は出てこなかった。私の見解が正しければ、おそらく答えは出ないであろうと思っていた。恐らくこの者たちは気づいていない。独立国家を造った目的は、表向きはどこも世界平和のような綺麗事を掲げてはいたが、本音は領主の成り上がりが羨ましくなったが故に立場を奪い取るために心の闇が作り出した組織だった。人は誰しも、何かしらの欲望を抱えながら生きている。それはすべて自分への利益のためであって、他人のためでは決してない。人間とは、それほど完璧にはできていない。
「これはあくまでも私の見解だが、お前たちを含め、他の独立国家の者たちも互いに協力をしなかったわけではない。協力できなかったのではないか?もし協力して領主討伐を成功させたとしても、その後誰がトップになるかで必ず揉め事が起きる。だからお前たちは、同じ目標を持っていながら協力することができなかった。違うか?」
「・・・悔しいですが、確かにその通りです」
もちろん、そのような世界を創ってしまってしまい、そのまま放置していたのは神である私だ。本来なら最初のころに武力による成り上がりを止めさせてさえいればよかったのだが、長い間放置していたせいで武力による成り上がりが当たり前の世界になってしまった。今にして思えば、成り上がるための手段として武力という知識しか知らないのだから、独立国家の者たちが武力以外の方法で成り上がろうとしても進展せずにいたのは、もはや当然のことだった。
「別に成り上がりたいという欲望の闇が悪いこととは思わないし、それを羨ましく思うことは人間としては当たり前のことだと私は思っている。だからこそ、その闇を持つ者が我々の要求に素直に従うとは考えにくい」
「そっか。アネモイ様は、成り上がることを目的とした独立国家の人たちが、今さら誰かの下になんて就くはずはないと考えているんだね」
「ああ。それにたとえ配下になってくれたとしても、いずれ闇が暴発して内乱が起こる可能性も十分に考えられる。その者たちをスカウトするのは、我々がもう少し上に立つ者として認められてからでも遅くはないか?」
みんな黙って私の意見に頷いてくれた。私はこれまで世界のために何も貢献はできなかったが、その間に得た世界の知識が他の方法で役に立つことができてよかった。だがこれですべて解決してきたわけではない。もう一つの議題が残っている。
「では、他の王国から国民をスカウトすることに関してどのような考えがあるのか、お聞かせ願えますか?」
先ほどまで、誰もが浅はかな考えだと中には心の底で馬鹿にさえしていた者もいたようだが、私の考えを聞いてから、今では全員が私の意見を真剣に聞いていた。人の心というものは影響されやすいというか、よくもまあコロコロと変わるものだ。まあそれは、私が完全に信頼されていないからでもあるだろうが、こうも周囲の流れに合わせて意見を変えるようでは正直やりにくくてしょうがない。
「領主の治める国に住む国民は、本心から領主に従って暮らしている者ばかりではない。明日を無事に生きられるため、やむなく領主に従っている国民だっているはずだ」
「なるほど。今の暮らしに不満を抱えている国民を見つけ出し、心の隙間を埋めれる条件を提示してやれば自然にこちらの国に移り住まわせることができるという考えですな」
「独立国家の者たちは自分の意思がある分、こちらの要求に従わせるのは難しそうだが、意思がなく心に隙間が空いた状態で暮らしている国民の方が、勧誘しやすいとは思わんか?」
「しかし、心の隙間といってもそれは人それぞれなのでは?勧誘した国民一人一人に合わせた要求を提出するなんて現実的に不可能なのでは?」
「それが、そうでもない」
これまで私が神の立場で見てきたのは独立国家のみではない。各領主が治める国もいろいろと見て回っている。もちろんその国に住む国民の様子も含めてだ。彼らは、国から衣・食・住を与えられ、生きていく上では何の不自由のない生活を送っている。にも関わらず、国民の多くは領主に対して不満を抱えている。領主や独立国家のように成り上がりを目標としていない彼らが領主に対して抱えている不満、その多くはお金に関することだった。
「領主は皆、税という法律を作り国民から金を徴収している。使い方は各国によって異なるが、ほとんどの領主が自分の至福を満たすためだけに利用しており、国民にとってはそれが一番の不満なのだ。一方この国には、税という規則はない。多くの国民が金の問題で苦しんでいるこの状況で、このカードは十分な切り札になるとは思わんか?」
一応これで、私の考えのすべてを話したつもりだ。正直これを反対されたら、私にはこれ以上の案なんて思いつかない。説明を終えた後、外観では胸を張ってはいるが、内心では反対されないように心の底から祈っていた。神が神頼みするのもおかしな話だが、どうやら私の思う最悪の事態に陥ることはなさそうだ。
「凄いよ、アネモイ様。まさかそこまで考える力があるなんて思わなかったよ」
「全くです。最初にあなた様の案を聞いた時には、私たちがあなたを領主にした選択は間違っていたのかと自分を疑いましたが、きちんと理にかなったお考えをお持ちのようだ安心いたしました。少しでも疑った我々をお許しください。ぜひとも、あなた様の意見に賛成させていただきます。それでよいな、皆」
会議場が拍手で埋め尽くされた。なんだか遠回しに馬鹿にされていたような気もするが、たぶん気のせいだろう。気のせいだと思いたい。心に黒い靄がかかったようななんとも歯痒い気分だが、とりあえず私の意見で計画を実行できることになってよかった。
「それで、実際どのようにして国民をスカウトするんですか?」
「それについては、実際に国へと出向き、その国の問題点を見つける必要がある。そこで相談なのだが、私はしばらくこの国を留守にしようと思う」
「アネモイ様がお一人で行かれるのですか?それは少し危険では?」
みんなが同時にウンウンと首を縦に振る。こやつら私が神であることを、よもや忘れているわけではあるまいな。領主が普通の人間であるならば、敵である他の国に領主自身が赴くのは確かに自殺行為である。しかし神である私が人間に負けることはあるはずがないし、あってはならないことだ。
それにしても、ここにいる者たちは周りの意見に賛同するばかりで、自分の考えを持つということを知らんのか。この会議で分かったことだが、この世界の住民は孤立することを恐れているが故に、周囲に埋もれて敵を作らない行動をしている人間が多い。意思とはこの世界の人間が自由に発言するために与えた能力なのだが、それを自分の意のままに操れている人間は世界にどれだけいるのだろうか?これも世界を再構築していく上での課題の一つとして、しっかりと見ておく必要があるな。
「私は神の力が使える。戦闘面で人間に遅れることはない。それに、一人で行くつもりだってない。セレナを共に連れてゆく」
「えっ、私?でも護衛はいらないんじゃ」
「護衛目的でついてきてもらうのではない。いや、ある意味では護衛のようなものではあるか。私は上に立つ者としてもそうだが、心の強さだってまだまだ未熟者だ。傍で心の支えとなる者が必要なんだ。それをお前に頼みたい。」
「どうして私なの?」
「お前が私を変えてくれたんじゃないか。神の立場を利用してずっと傍観者を決め込み、すべてを人間のせいにしようとしていた私に、それが間違いだと気づかせてくれた。そんなお前にこれからも近くで支えてもらいたいんだ」
「アネモイ様・・・。うん!わかった、任せて!」
セレナは頼りにされてよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みを返した。まさか私が人間を頼りにする時が来ようとは、創造時には考えられなかった。あの時の私はプライドの塊だったから仕方がないが。何はともあれ、これでようやく私の世界再構築に向けた冒険が始まろうとしていた。
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