進みゆく国

 元独立国家の者たちと新たな地で新たな国造りを始めた私たち。人口約30名ほどの小さな国ではあるが、これから人口をどんどん増やして大きくしていくつもりだ。しかし、今のままでは国の土台が柔らかすぎて安定していない。国を大きくする前に今は他にやることがある。


 「え?我々が武術を習得するのですか?」

 「ああ、今日から1日3時間15歳以上の男性には武器を使った訓練を、女性には魔術を使った戦い方を教えていく」

 「しかし、アネモイ様は武力による制圧には反対なんじゃ・・・」

 「もちろん武力で制圧するつもりはない。しかし、この世界を変えるには、まずは今の世界のやり方に適応しなくてはならない」


 今のこの世界は、実力のある者が武力で成り上がる世界になっている。ある領主が我々を従わせようと考えるならば、そのやり方は間違いなく武力によるものだ。前回のように話し合いで解決できないのであれば、我々も武力で抗うしかない。これは相手を貶めるためにやるのではない。自分と、大切なものを守るために習得するのだ。


 さらにこれは、相手に攻めさせないという策でもある。複数人数で勝ち残りゲームを行う場合、一番に考えなくてはいけないことはどのようにしたら生き残るかではない。どのようにしたら狙われない存在になるかである。どのようなゲームでもまず最初に狙われるのは弱者である。逆に言えば、強者と認められれば狙われにくくなる。弱者同士が手を組んで強者に挑むという構図もあるが、この世界の領主は皆周りがすべて敵と考えているため、その可能性は低い。ならば今のこの国に必要なのは、攻めさせないという状況をつくることだ。


 「もちろん、その力を使わないということが理想ではあるが、前回と同じようなことが起きれば、今のままでは今度こそ壊滅するぞ」

 「・・・確かにその通りですね。わかりました。我々に守る術を教えてください」


 こうしてこの国での戦闘力向上が始まった。今日から毎日3時間、男性には剣や槍や弓を使った訓練、女性には攻撃魔法や防御魔法の訓練を行った。先日の兵士との戦争を見て分かったことだが、この者たちの戦闘力はほぼ素人同然。私が早々に止めに入らなければ、あの時点で全滅していた。この者たちの努力次第だが、私が教えたとしてもこの国が他の国の戦闘力を上回るのは相当先になるだろう。


 しかし、そんな私の予想を国民たちは大きく覆してくれた。数か月かかるとは思っていた戦闘力向上だが、1か月も経たずに私の目標とするところまで上り詰めた。中でも一番の成長を見せたのはベルトードだ。誰よりも訓練に臨む意識が高く、訓練以外でも自主練を誰よりも進んで行っている。何が彼の気持ちを鼓舞しているのかは分からないが、どんな理由にしろこの国のために一生懸命やってくれているのは嬉しいことだ。周囲も彼に促されてどんどん戦力が向上しており、男性の中には魔法を同時に習得しようとする者が現れるほどだ。


 一方の女性たちも負けてはいなかった。しかし魔法は武術とは違い、元々その者が持っている魔力量で成長の幅が決まる。この国の女性で戦闘魔法の素質があったのは、6名だった。中でもセレナの潜在能力は凄かった。高度な戦闘魔法もすぐに習得でき、男に混ざって前衛を任せても問題ないほどだ。馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。だが、強すぎる才はやがて身を滅ぼす原因にもなりえるが、それは魔法を正しく使えなかった者の話。他人のことを優先できる強さを持つセレナに至ってはその心配はないだろう。


 1ヶ月後、毎日欠かさず訓練を行った男性たちの実力は、少なくとも以前に襲撃に来た兵士と同じぐらいにはなったであろう。女性の方も自分の家族を守れるぐらいの力をつけることができた。ここまで来たらもう、人間に対する評価を改めなければならないと感じた。長い間、人間に対する絶望があったせいで、どうやら私は人間の可能性を低く決めつけてしまっていたようだ。思えば、私が見てきたのは人が成り上がった結果だけで、それまでの努力の過程はしっかりとは見ていない。人間の持つ可能性は底が知れないと思い知らされた。


 彼らの努力の甲斐あって、その成果は生活面でも大きな変化をもたらした。男性たちの戦闘力は狩りでも生かされ、これまで獲れなかった熊や猪といった大物の猛獣を狩ることができるようになり、食事に関しては更に裕福になった。


女性たちに伝授した魔法も生活の発展に大きな貢献をもたらした。草や木の皮、動物の毛皮を利用して新しい衣類を生産したり、石や金属を使って家具や生活用品を生産することに成功した。これが更に発展すれば、この国の名産品を生み出すことが可能になるかもしれない。住まいに関しては、しばらくはテント暮らしになるであろうと思っていたが、習得した魔法によって簡単な木造建築が建設できるようになった。そして、更に。


「えっ?私が騎士団団長を務めるのですか?」

「ああ、お前のこの国に対する姿勢は他の者への手本になるだろうし、戦闘力だって今やこの国で一番だ。お前になら任せられる。どうだ、やってくれるか?」

「もちろんです。ご期待に応えられるよう、精一杯やらせていただきます。」

「頼りにしているぞ」


この国に騎士団という部隊ができた。ベルトードが団長を努めるもので侵略するためではなく、先程も述べた通り守ることを目的とした部隊だ。そして、我々の国が誕生してはや3ヶ月。少しずつではあるが段々と国らしくなってきた。そんなある日、セレナがある提案をしてきた。


 「せっかく国らしくなってきたんだし、この国にもそろそろ名前が必要じゃない?」


 セレナの提案に国民全員が賛成した。まだ国と呼ぶにはいささか早計のような気もするが、国民の更なるモチベーションアップに繋がるのならそれもいいだろう。早速、国民全員で国の名前を考えることになったのだが、なぜか全員が国の名前を”アネモイ王国”にしたがる。そこまで尊敬されるようなことをした覚えはないのだが、やはり人の感情についてはまだ理解できそうにもない。とにかく、流石に恥ずかしうえに、自分の名前ながらネーミング的にダサすぎるので却下した。話し合いに話し合いを重ねた結果、最終的に門出を意味する”デパルチャー”という言葉をいじって、この国の名は”デパルド王国”となった。


 わずか3ヶ月で大きな発展を遂げたデパルド王国だったが、今の国の人口では、ここから先に進むには流石にこれが限界だろう。ここからは国の領土と人口を増やしていき、国の発展のために外から新しい技術を習得するしかない。これからデパルド王国はどのように動いていくのか、私とセレナを含めた代表者10名での会議が開かれた。


 ちなみに国の代表者として成人でもないセレナが参加しているのは、セレナを私の側近として任命したからである。私は人の上に立つ者としてはまだ不甲斐ない部分も多い。それでもこの国の領主になった以上、国民に不安な思いはさせたくない。そのためには近くに心の支えが必要だった。”繋ぐ”力で私を変え、新たな道へと導いてくれたセレナの強さが私にはどうしても必要だった。


セレナは"それなら私は、アネモイ様の守護神になる"と言い出した。さすがに冗談だろうと思っていたが、本人は至って真面目のようだ。本当にこの子はどこまで自分に正直に生きているのだろうか。その生き様はむしろ見習いたかった。しかし、神の力を使える私が人間との戦闘で負けるはずないし、負けるつもりもない。新たに得た力で守るために戦いたい気持ちは分かるが、その案は却下させてもらった。本人は相当がっかりしていた。


 「しかし、どのようにして国民を増やしていくおつもりなのですか?」

 「それはもちろん、他国から連れてくるしかあるまい」


 当然だが、それは浅はかな考えではないかとほぼ全員が反発した。


 「それはさすがに難しくはありませんか?ほかの独立国家の者を先にスカウトした方がよいのでは?」


 国の領主に反発し、従わずに自分たちの力で王国打倒を志して独立国家を造ったのはベルトードたちだけではない。ベルトードが造ったような独立国家は世界にいくつも存在する。やり方は違えど、彼らは今の国を崩壊させ、新たな国を造るという共通の目的を持って活動している。


 「目的は同じなのですから、彼らに声をかけた方がより早く国を大きくできるのではないでしょうか?」


 もちろん、それは考えた。しかしそれには大きな問題がある。それは、人間ならだれもが持っている心の底に潜む闇が関係していた。

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