再構築

独立国家の者たちと彼らを国に引き入れるために国から派遣された兵士の間で起こった戦争。それを必死で止めようとするセレナ。しかし、彼らにセレナの言葉は届くことはなかった。だがセレナは決して諦めはしなかった。セレナは神である私に最後の希望を託した。またみんなで笑える明日になるように。


 私はセレナの言葉に心を動かされ、そのお礼というわけではないが彼女の望みを叶えることにした。初めてだった。この世界に降り立って自分のためではなく誰かのために行動しようと思ったのは。だがそれが結果的に、自分のための行動に繋がっているのだから人間関係とは不思議なものだ。私はこの戦争の中心に1つの魔法を放った。


 「光の精よ、アネモイの名の下にすべてを照らす光を放て。”ホーリー・テトラ”!」


 光の精によって放たれた光は、戦場のみならず独立国家領域すべてを包み込んだ。この光は、攻撃系の魔法ではない。単に暗闇を明るく照らす程度のものだが、大人たちの注意を戦争から私へと変えることはできる。そして狙い通り、戦争は時間が止まったようにピタリと止まり、全員が私に注目している。ここから先どうしようか明確には決めてないし、戦争を平等に終わらせる力が私にあるか分からないが、やるだけやってみよう。


 「戦争は止めよ。この戦争、互いに勝っても負けても得るものは何もないことは分かっているはずだ」

 「アネモイ・・・さん?」

 「この独立国家は元々、武力で制圧する領主に抗うために造られたのであろう?ならばお前たちが領主と同じやり方をしてどうする。それに、女子供を巻き込んでまでやることなのか?」

 「・・・すまん」


 私の言葉でどうにか独立国家の皆は武器を下ろし、一部の者は自分の家族の下へと帰っていった。これで何とか、独立国家の方は収まりそうだ。問題はここに自分の意思とは異なる形で来た、領主に従う兵士の方だ。私は、隊長と思わしき人物に話しかけた。


 「お前たちも、今回は見逃してくれ。いきなり領主に跪けと言われ、早々に答えが出るはずがない。我々に考えさせる時間をくれないか」


 これが今の私ができる精一杯のやり方だった。もちろん考える時間などなくても独立国家の者たちが、領主に従うことはないということは分かっている。これは単なるその場凌ぎ。兵士を帰している間に、この地を離れるための時間稼ぎでしかなかった。見方を変えれば逃げの一手ではあるが、数時間先の未来に独立国家の者たちが平和であるならばそれでよかった。しかし、現実はそう簡単にうまくはいかない。


 「なぜ我らが領主様が、お前たちのような下々の言うことに耳を貸す必要がある?今ここで領主様の命に従わぬというならば、命令によりお前たちを抹殺する」


 やはり、領主からの命令を遂行している以上、自分の意思で動くことはできないようだ。私はこの者たちが、空を自由に飛ぶことを許されない籠の中の鳥のように見えて不憫で仕方なかった。人が人を支配するとはこういうことなのか。とても意思を持って生きている生物とは思えない。


 「さあ、決めよ!従って生きるか、抗って死ぬか」


 今の私の力では、もうこの者たちを救うことはできない。私は神として授かった浄化の魔法で、兵士たちの魂をせめて天上界へ送ってやることにした。このやり方は恐らく間違っている。しかし、この世界を再構築するために、今のこの瞬間を乗り越えるためにはこうするしか思いつかなかった。


 「光の精よ、アネモイの名の下にかの者たちを浄化しこの世界から抹消せよ。”ホーリー・ノヴァ”!」


 兵士たちの体が聖なる光で包まれる。


 「な、なんだ、これは?」

 「すまない、罪なき人間たちよ。私の力不足のせいでお前たちには窮屈な人生を歩ませてしまった。本来なら私が浄化されるべきなのに。せめてでも来世は、お前たちの意思が尊重される世界に生まれることを願う」

 「おのれー!」


 兵士たちの体は光とともに消えた。結局私は、気に食わないものは力でねじ伏せる領主と同じやり方をとってしまった。というより、この世界がこれまでそのようなやり方しかやってこなかったから、私も人間もこのやり方しか知らなかっただけなのかもしれない。私は本当に愚かだった。今までやるべきことはすべてやったつもりでいたのに、いざ現状を目の当たりにすると私がこの世界に与えたものはほんの1%程度のものしかないと思わざるを得なかった。その上、こんなやり方でないと人間同士の戦を止められないとは、私はどれだけ思い上がっていたのだろう。


 騒動の後、私は再び星の見える丘へと登り、ある決断を固めようとしていた。そこにセレナがやってきた。


 「神様の力ってやっぱりすごいね。あんなことできちゃうなんて」

 「あんな力、本来なら使う必要なんてないんだ。私の弱さがあの力を使ってしまっただけのこと。だから冷たい目で見られることはあっても、褒められることではない」

 「確かに、やり方は違ったかもだけど、それでも私たちを守るためにやってくれたんでしょ。本当にありがとう」


 別にお礼を言われるようなことはしていない。ただ私は、もう二度と後悔をしたくなくて、何も失いたくなくて何も考えずにあの力を使っただけだ。だが不思議と、お礼を言われるのは悪い気分ではなかった。


 「セレナ、私は独立国家を抜け、一から国を造ることにした」

 「え?」

 「もちろん神としてではなく、この世界の住民としてだ。この世界では私は神を捨てる。そして、いずれ私が世界を一つにまとめる存在となり、その後は私が信頼を置いた人間に王の座を譲り私は再び神となる」


 セレナは黙って私の言うことに耳を傾けてくれた。


 「しかし今の私は人を導くことすらできない出来損ないの神だ。この世界のあるべき姿はまだ思い浮かんではいないし、人の上に立つ者としては土台がまだ柔らかすぎる。まずは、私を理解してくれる人間と出会うことから始め、そこから世界の成長とともに世界のあるべき姿を見つけていくつもりだ。何年かかるか分からないがな」

 「だったら・・・」

 「だったら我々も、お供させていただけませんか?」


 丘の下の方から独立国家の代表者5名が、私たちの元へとやってきた。どうやらこれまでの話は陰で聞いていたようだ。私が神であることも、出来損ないであることも理解したうえで私についていきたいというのだ。


 「聞いていたと思うが、私はこの世界の住民である以上神を名乗るつもりはない。その称号がない今の私の立場は、平民と変わらない。それにお前たちだって目指すものがあるのだろう。私についていっては私の理想をお前たちに押し付けることになってしまうぞ」

 「それでも構いません。私は独立国家の代表と名乗ってはいますが、今回の出来事で私は人の上に立つ存在ではないと思い知らされました。相手の挑発に簡単に乗せられ、本当に守るべきものよりも目の前のことばかりに気を取られてしまった」

 「・・・それは私だって同じだ」

 「いいえ、あなたは違いました。あなたは勝ちか負けの2択から選択はせず、周囲を見てお互いに利益の出るような第3の選択肢を作ろうとしてくれた。おかげで私たちは何も失わずに済みました。他人を優先できる方を私たちはずっと求めていた。ぜひあなたに私たちの上に立っていただきたい」

 「私にはお前たちを導く力はないし、どのように世界を導けばよいかまだ分かっていない。それでも良いのか?」


 独立国家の者たちは何も言わず優しい顔で黙って頷いた。これがどのような感情かは分からないが、胸の奥が温かくなるような心地よいものだった。


 「大丈夫、もしあなたが道を間違いそうになったら私が引き戻してあげる。それを繰り返しながら一緒に見つけていこうよ。あなたが望む世界の理想を。その世界がきっと私たちが望む世界になるはずだから。だからお願い、私たちも連れてって」


 この者たちを私の理想に巻き込みたくはなかった。無計画な行動ゆえに、どのような危険が待ち受けているか分かったものではないからだ。それでもこの者たちは私についてきてくれると言ってくれた。ならばこの者たちの声に応えようと思う。この者たちを導く力を得ること、それがこの世界を再構築するための第一歩だ。


 そろそろ夜が明けようとしている。遠くから昇る朝日に私は目を奪われた。知らなかった。ここから見える景色はこんなにもきれいだったのか。今日初めて世界が別の色に見えた。

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