4 距離は近いが言葉は通じぬ

 俺の名前は立花 三春。今現在は猫真っ最中。一体どうしてこうなったんだと、恋人である椿の隣でそう考えざるを得ない。今のサイズは猫だというのに、ゴールデンレトリバーほどなので傍目から見ても違和感は凄まじいだろう。SNSで見た気がする、こんな巨大猫。

 正月が過ぎるや否や、椿は車を走らせて真っ先に自分が診て貰った病院へと向かった。医師は俺をひっくり返したり血を採ったりと、色々検査した後で俺と椿を診察室へと呼んだ。

 その間、椿はずっと不安そうな顔をしていた。


「先生、やっぱり……私から感染したんですか?」

「いえ、感染の可能性は低いと思われます。ただ、今までも濃厚接触していた方が次に子猫病にかかるケースももちろんあります」


 そこから医者が世界でのケースを含めて説明してくれたが、当事者の俺はなんだか信じられない気持ちでぼうっと聞いていた。強いて言うなら「会社どうなるんだ」という心配の方が勝った。椿は真剣に、じっと耳を傾け続けている。


「子猫病の発症から完治までは非常に短い期間で行われます。もし、一か月以上続くようでしたら、またいらしてください」

「……はい」


 椿は少し肩を落として、いつになくしおらしい様子で頷いて見せた。


         *


「三春」

 病院の帰り、不意に椿が河原で車を止めた。夏に祭りがあって、普段は若い奴らがバーベキューしたりしてる場所だ。

「ちょっと、散歩しない?」

 困ったように笑っている椿を見て――どこか不安そうな顔をしている彼女に、俺は反射的に頷いていた。

 

「あはは、こうしてみると猫っていうか犬だよね」


 椿の笑い声が頭上から聞こえる。中々視界が低くて新鮮だ。草が毛にひっついてべたべたする感触に顔をしかめていると椿が「こっちこっち」と声掛けて来た。この川は本流からは外れているせいか雨になると水嵩みずかさが増えていって、その濁流は中々の迫力だった。

 去年の七夕はそういえば、酷い雨だったな。


「三春がここに住もうって言ってた時、昔は蛍が綺麗だったって言ってたよね。秋は赤蜻蛉が、太陽に羽を透かしてて見えなくなるのが好きだって」


 そう言って椿は砂利のところへ腰を下ろした。遠くを見つめている横顔は、俺が見たことない椿の顔だった。どこか悲しそうな椿に、声を掛けようとしても口から「ぶなぁ」と少しダミ声な猫の声しか出てこなかった。

「覚えてる?」

 もちろん、覚えてる。その時に椿が「顔に似合わずロマンチックだね」と茶化して来た事も。

「顔に似合わずロマンチックだな、って思ったんだよ」

 思った事を言ってたぞ、お前。という反論も出来ないので、俺は隣に座って膝上に頭を置いては目で訴えてみる。椿の肌が白くて綺麗な手が、俺を撫でた。喉が鳴る。

 猫だから仕方がないんだろうけど、撫でられると会社の不安とか、今後の不安とか、そう言った物が目の前の川に捨てられて、流れていくような気がした。

 その代わり、椿の表情は去年の雨や雷のせいか隣で縮こまってた時と同じような顔をしていた。


「大好きだよ、三春」

 そう呟いて、泣きそうな顔のまま椿が抱き締めてきた。


 ――俺だって大好きだぞ。


「びあぁーん」

 そう言いたかったのだが、やっぱり俺の口からはダミ声な猫の鳴き声しかしなかった。

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