3 お正月の黒猫逆転劇

 ――朝、気が付いたら恋人が黒猫になっていた。


「三春ー、おせち出したから食べようか」

「ぶなぁん」

「鳴き声が野太いね、あんた」


 お正月、今度は三春が猫になっていた。鼻ぺちゃで顔がちょっとブサかわ系の猫だ。ビックリな事に、私が猫だった時よりもこもこしてるし大きかった。

 年末年始だから病院には行けなかったんだけど。準備だけはしようと思って、三春が私が猫だった時より大きいせいで大型犬用のキャリーバッグを買うはめになった。うーん、猫も犬も飼ってないのにキャリーバッグだけあるの、すっごい違和感。


 それにしても猫になっても迫力がそこそこあるの、どうしても笑っちゃう。可愛いんだけどね。でもそこは子猫病。子供サイズの猫なんだから、この大きさの猫は迫力十分だ。

 だけど、この状況を楽しめるような余裕は私にはそんなにない。


「感染したのかな」


 子猫病の感染は報告が上がっていない。発症例はあるのに、人には殆ど感染しないし短い期間で治ってしまうから奇病扱いでもそんなに警戒する事はないっていうのが、私を診て貰ったお医者さんの話だった。

 病院が開いた時に行くとして、その時にもし「感染」だったら、どうなるんだろう。入院とかしなくちゃ駄目なんだろうか。

 私の呟きをどう思ったのか、三春は鼻を鳴らしながらこっちに近づいて来て……そのまま炬燵の上にあったミカンの入った木製の籠を前足で引っ張っては私を見上げた

「……剥いて欲しいの?」

「ぶなーん」

「はいはい、剥いてあげるね」


 年末も大寒波が予測されて雪が少し積もって、三春と車に乗る時に「猫用の洋服も買うか」と見に行こうとしてた事を思い出す。一緒に入れないからって三春は諦めてたけど、今思うと買って無くて良かった。こんなに早く治るとは思って無かったから。次に三春がそうなったのは予想外だったけど。


「はい三春、みかん」

「ん」

 そういえば猫って柑橘類は駄目なんじゃなかったっけ。食べても平気だったとは思うけど、匂いが嫌だったような気がする。とりあえず口元に持っていくと、案の定、三春は鼻ぺちゃな顔をくしゃりとさせて耳がイカの頭みたいに下がった。

「……あはは、変な顔!」

 私は写真を撮らないけど、こんな顔されたら残したくなるような気持ちも分かるかもしれない。そのまま、三春が顔を横に向けては「ブシッ!」と大きめのくしゃみをして、それでもミカンを口に含む。そんなに食べたかったのかな、ミカン。

 一房を外して、私も口に入れる。口の中で転がして噛んだミカンは甘くて、すっぱくて、美味しい。ちょっと小さめなミカンはその分だけ美味しさも詰まってるような気がする。三春の視線が刺さってる。その顔はなんとなく抗議してるようにも見えた。まだ欲しいのか、それとも違う意味があるのか。

 声を聞かないだけで、ほんの少しだけ寂しくなる。

「三春……私に移してもいいよ。私、猫になっても大丈夫だから」

 私の言葉に三春は何も言わず、隣に座って凭れ掛かって来た。ミカンはまだまだある。一人で食べるにはちょっと多い。だから二人で食べるくらいが丁度いい。三春の口元に持っていくと、口をパカッと開けて――


「ブシッ――!」

「あー! 汚い!!」


 まだ数房しか食べられていない小さなミカンは、三春が鼻水と唾を思いっきり吹きかけた事で呆気なくゴミ箱行きになった。

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