第8話「7回裏~試合終了!」

 新入にいり太陽たいよう剣ヶ峰けんがみね霧子きりこの野球拳式クイズ対決は、遂に結末の瞬間ときを目前にしていた。


【現在のスコア】

 太陽…得点2、着用物1、戦利品2

 霧子…得点9、着用物8、戦利品9


【霧子の着用物】

 ○スカート

 ○ブレザー

 ○女子用ネクタイ(女子はリボンと選択式)

 ○ワイシャツ

 ○インナーシャツ

 ○タイツ(黒色/60デニール)

 ○ブラジャー

 ○ショーツ

 以上の8点。


【太陽の着用物】

 ○前後逆に着用したワイシャツのみ。


 7回裏、霧子の攻撃。

 試合開始からどの程度の時間が経っただろうか…この試合において革命とも言える瞬間ときが、太陽が試合前から用意していた対霧子用の秘策の本当の効果を披露する瞬間ときが、刻一刻と近づいていた。

 そして、太陽がタイムを宣言してから3分近くが経過した時、太陽が口を開いた。


「もう良いですよ、霧子きりこさん。タイム3回分で足りました。今から出題します」


「あらそう?なら、さっさと出題しなさい」


 霧子は不敵だった。

 どんな問題であれ、出題途中に答えて早打ちホームランにする気満々だった。


「では問題。耳←この漢字はなんと読むでしょう?」


「は?」


「ですから、耳←この漢字はなんと読むでしょう?」


「!!!!…そんな……こんなことをするなんて…新入にいり太陽たいよう…あなたって人は!!!」


 霧子は怒るでもなく、落胆するでもなく、驚愕していた。それは、太陽のずる賢さにからである。

 この問題、普段の霧子であれば易々正解していたことだろう。いや、霧子でなくとも高校生なら誰でも正解する問題と言える。

 しかし、今の霧子はそれが出来なかった。

 今の霧子にはこの問題に正解することは不可能だった。


 


 つまり、霧子は太陽が出題したこの漢字の読みは?という問題に対し、問題となっている漢字そのものが見えていないのである。

 問題となる漢字が見えていなければ、即ちあてずっぽうで答えるしかない。

 しかし、漢字の総数や漢字が使われている熟語の数を考えるとあてずっぽうで正解するのは天文学的な確率となる。要するに常識で考えて正解することはあり得ない。

 この状況は、謂わば、出題を聞かずに回答をして正解をするということに等しく、それは限りなく不可能に近い確率なのである。


「………霧子きりこさん、タイムオーバーです。正解はミミです」


「くっ!あなたは…ずる賢さだけは私の想像の遥か上だわ。こんな屈辱は初めてよ。さっきのタイムはこれを思い付いたから取ったというわけね?」


「ええ、まあ。目の見えない霧子きりこさんに対して有効な問題は何か…そう考えていたらこの問題にたどり着きました」


「次から次へとおかしな作戦ばかりを思い付く…太陽たいようくん、あなたには咄嗟の判断力や閃きがあるようね」


(すみません、本当は最初から思い付いていました。まあ、出題ノートに問題を書き込んだのはタイムした時ですけど。何にしても、目が見えない以上、このでは絶対に正解出来ない。そして、目が見えない今の霧子きりこさんでは8回表の出題は…)


 太陽は完全に主導権を得た。

 裸眼状態ではほとんど何も見えない霧子に対して、絶対に答えることの出来ない出題形式を選択したのである。


 ここで、時間停止タイムストップ


 今回は視覚に頼った出題形式について説明しよう!

 問題を聴いて回答するという野球式クイズ対決において、視覚に頼った出題形式はな出題形式である。

 ここまで読んでくれた諸君ならば、野球式クイズ対決には出題途中で回答することで即ホームランの可能性が生まれる早打ち制度があることは既にご存知であろう。

 え?そんなの知らない?

 ならば今すぐこの作品を読み返すのだ!

 とにかく、この視覚に頼った出題形式は特異な出題形式として野球式クイズ対決の公式ルールで認定されていて、早打ち制度が使えない決まりとなっている。

 では、この出題形式は対早打ちに特化した優れた出題形式なのか?それは、半分は否である。

 前述の通り、この出題形式は異例である。


 


 異例な出題形式には異例な報酬が設けられている。

 視覚を使う問題の場合、正解すれば通常の問題よりも一つ繰り上げたヒットになる。

 つまり、1問目と2問目に連続正解してもシングルヒットのところをそれぞれツーベース、3問目と4問目ならスリーベース、5問目以降は全てホームランとなる。

 視覚に頼った出題形式は早打ちされるリスクは避けられるが、その代わりに長打になるというリスクを負う一長一短な出題形式なのである。

 説明は以上だ。


 では、時間停止タイムストップ解除!


「では、次の問題。四←この漢字はなんと読むでしょう?」


「私にはわからないわ。それよりも…」


 霧子は思い詰めた顔をしていた。


霧子きりこさん?」


「…太陽たいようくん、あなたはにいるの?」


 霧子は、声が聴こえてくる方向に太陽がいることはわかっていた。

 しかし、霧子は改めて太陽のいる場所を確認した。


「え?あ、にいますよ」


「…?」


「いや、だからに。というかもう回答時間切れでツーストライクでアウトで良いですよね?良ければこれでワンナウトです」


「アウトで構わないわ。それよりも、あなたはなの?……見えないからわからないのよ」


 


 そう言いながら霧子は手を真っ直ぐ前に伸ばしていた。


です」


「あ…これが手ね。た…太陽たいようくん?これは…間違いなくキミの手なのよね?」


 霧子の声は少し震えていた。


「え?はい。僕の手ですよ。霧子きりこさん、どうしたんですか?」


 霧子は太陽の問いに答えなかった。

 そして…


「えっ!?あっ、ちょっ…霧子きりこさん!?んむう…!?!?!?」


「んん………」


(霧子きりこさん!?いきなり何を!?)


 霧子は太陽の手を強引に手繰たぐり寄せ、太陽の頭を掴むと唐突にキスをした。


「ん……………はあ………ふぅ…太陽たいようくん、これで試合終了ね」


 10秒以上続いた長いキスののち、霧子が言った。


「えっ!?試合終了って………あっ!」


 太陽は思い出した。

 霧子からされた唐突のキス、その理由となる特別ルールの存在を思い出し、思わず呟いていた。


禁忌きんき接吻くちづけ…ノーサイド・キス…!!!」


 ここで、再び時間停止タイムストップ


 禁忌きんき接吻くちづけという特別ルールについて説明しよう!

 禁忌きんき接吻くちづけ…別名ノーサイド・キスと呼ばれるこの特別ルールは、本家である野球式クイズ対決には存在していない。

 剣ヶ峰霧子が生み出した野球拳式クイズ対決のみに存在するオリジナルルールである。

 これは、得点上位リード者にのみ許された即時試合終了のである。

 禁忌の接吻ノーサイド・キスが効力を発動した場合、その時点で試合終了となり、その対決は勝敗なし。つまり、無効試合となる。

 しかし、禁忌の接吻ノーサイド・キスが効力を発動するには幾つかの制約がある。


 その①、発動者が得点上位者であること。

 その②、発動時が6回表以降の試合後半で尚且つ発動者の攻撃中であること。

 その③、発動者は女性に限ること。

 その④、発動時は7秒以上継続してキスをすること。

 その⑤、発動者は告知抜きに禁忌の接吻ノーサイド・キスを発動すること。


 制約は以上である。


 では、時間停止タイムストップ解除!


「そう、禁忌の接吻ノーサイド・キスよ。私が野球式クイズ対決に野球拳を融合させると同時に独自のルールを作ってから一年余り、誰一人使うことの無かった禁じ手…まさか私が最初の一人になるとはね」


霧子きりこさん…どうして……」


「どうして私が禁忌の接吻ノーサイド・キスを使ったのか…本当は太陽たいようくんもわかっているのでしょう?」


 二人は未だに互いの吐息が感じ合える距離で会話を続けていた。


「………」


「言いたくないのかしら?それとも本当に気がついていないの?ふふ、そんなはずがないわよね。…太陽たいようくん。あなた、私自身に理由を説明させるつもりなの?あなたはどこまで私を惨めにするつもりなのかしら?」


 霧子は見えていないながらも太陽の顔を見つめていた。太陽に向けられる霧子の視線は懇願している様だった。

 吐息のかかる距離で感じる霧子の本当の姿、強がりや見栄を捨てた女の子らしい姿に太陽は緊張を隠せなかった。

 そして、太陽は霧子の肩を掴んで椅子に座らせた後でゆっくりと口を開いた。


「…わかりました。僕と霧子きりこさんが同じ考えかどうかはわかりませんが、僕なりの考えで理由を説明します。けど、その前に服を着させてもらいます」


「ええ、そうしてくれるかしら。着終わったら私の物を返して頂戴」


 太陽は霧子の戦利品入れから着用物を取り出すと素早くそれを身に付けた。そして、自分の戦利品入れから霧子の眼鏡とローファーを取り出して霧子に手渡した。


 次回、最終回フィナーレ!!!

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