第7話「続続・7回表」

 新入にいり太陽たいよう剣ヶ峰けんがみね霧子きりこの野球拳式クイズ対決は、7回表に太陽が2点を獲得していた。


【現在のスコア】

 太陽…得点2、着用物1

 霧子…得点9、着用物10(これから2つ取られて8になる)、戦利品9


【霧子の着用物】

 ①ローファー

 ②スカート

 ③ブレザー

 ④女子用ネクタイ(女子はリボンと選択式)

 ⑤ワイシャツ

 ⑥インナーシャツ

 ⑦タイツ(黒色/60デニール)

 ⑧ブラジャー

 ⑨ショーツ

 ⑩メガネ(裸眼の視力は0.0001未満)


【太陽の着用物】

 ○前後逆に着用したワイシャツ


 太陽が試合前から用意していた秘策を使う時が来た。

 時、至れり!!!


霧子きりこさん…霧子きりこさんの期待に応えて変態的な格好にするのも面白いと思います。正直言うと、僕はそんな格好をしている霧子きりこさんを見てみたいです」


「ならさっさとしなさいよ!べべべ、別にあなたにパンツを見られるくらいどうってことないわ!せいぜい頑張って目に焼き付けることね!あなたの人生で女の子のパンツを何回視ることが出来る機会が今後あるかどうかわからないのだからね!そ、それもこの私のパンツを視る機会が来るなんてあなたには二度とあり得ないわ!ありがたく視ることね!」


 霧子は必死で強がっていたが、その声は少し震えていて、普段なら考えられないほど言葉遣いがおかしくなっていた。

 様々な噂が飛び交う女帝クイーン・剣ヶ峰霧子もその実は箱入り娘のお嬢様であり、百々のつまりは男性経験皆無な処女おとめなのである。


「そうですか。そこまで言われると余計に霧子きりこさんのパンツを見てみたくなります。でも霧子きりこさん……僕は霧子きりこさんの思い通りにはなりません!」


 太陽は7回の奇跡セブンズチャンスで指定する2点の内、1点は最初から決めていた。その指定する着用物こそ、太陽が試合前から用意していた対霧子用の秘策の根幹だった。

 それは…


「僕が指定する物の1つ目は眼鏡です!」


「!!!!!!た、太陽たいよう!?あなた…!?」


 霧子は瞼を閉じたまま顔面蒼白となっていた。なぜなら、霧子は眼鏡を取ってしまうと周囲の明暗がわかるという程度で、物体の輪郭すら見えないのである。

 これは一見すると、太陽の局部露出スレスレの逆さワイシャツ作戦の破綻(何も見えないのだから局部も見えないため)とも思えるのだが、太陽に迷いはなかった。

 ちなみに、霧子の使用している眼鏡は特注品である。

 幼少期に霧子の視力について知らされた霧子の両親が、剣ヶ峰家の財力と人脈を使って世界の最先端技術と超一流の職人を集結して作らせた霧子専用眼鏡の最新モデルであり、割れない!曇らない!フィット感抜群!という三拍子に加え、ワイヤレス通信による音楽再生機能や視認物の録画機能など、様々な機能が搭載された世界最高の逸品である。ただし、レンズが分厚いため若干重い。


「さあ、霧子きりこさん。眼鏡をください」


「う……わかったわよ…ほら、これで文句ないわね」


霧子きりこさん、そっちは壁です」


「わ、わかってるわよ!ほら、さっさと受け取りなさい!」


「そっちも壁です。僕はこっちですよ」


 太陽は眼鏡を持って右往左往する霧子に手を差し伸べた。

 そして、霧子の手から分厚いレンズのついた眼鏡を受け取った。


(結構重いな、この眼鏡。こんなに重いなんて…霧子きりこさん、やはり目が悪いんだな……)


 眼鏡を受け取った太陽は、その重さから霧子の視力の悪さを確かに感じていた。


「さて、霧子きりこさん2つ目は…って、霧子きりこさん?どっち向いてるんですか?」


 眼鏡を失った霧子は完全に方向感覚を失っていた。


「うるさいわね!何も見えないのよ!あっ…ちょっと何を……」


「さあ、こっちです。ここが机ですよ、霧子きりこさん」


 ゾンビの如くに手を前に伸ばし、手探りで動く霧子の手を太陽が握り、対決に際して向き合うための机へと誘導した。


「ありがとう。一応、感謝しておくわ」


「一応って…ちゃんとしてくださいよ」


「私がのはあなたが私から眼鏡を奪ったからなのよ。ちゃんと感謝なんてするわけないでしょう。それで、2つ目は何を選ぶのかしら?」


「では、スカート……いえ、やっぱりローファーで」


「…わかったわ」


 スル…


「ほら、ローファーよ」


「えっ?」


 霧子は脱いだローファーを真正面にいる太陽へ差し出していた。


「えっ?じゃないわ。あなたの戦利品入れに入れなさいよ。私は見えないから入れられないのよ…まったく、鈍いわね」


「あっ、はい。確かにローファーですね」


 コト…


 太陽は霧子から受け取ったローファーを優しく戦利品入れに入れた。


「ところで太陽たいようくん…変なことしないでちゃんと入れたのでしょうね?」


「はい?変なことって何ですか?」


「え…それは………私が何も見えていないのを良いことに…その……に、とか嗅いだりしていたら後で承知しないわよ。わかったわね!」


(可愛い…霧子きりこさんが照れてる)


 恐らく、誰も見たことのないであろう霧子の姿を見た太陽は、目の前の霧子が堪らなく可愛く感じていた。

 この対決の前、太陽にとって美しい高嶺の花のというイメージだった霧子だが、対決をしている間に美しく可愛いというイメージへと変わってきていた。


「そんなことしませんよ。女の子の靴のを嗅ぐなんて本当に変態じゃないですか」


「どうかしらね…健全な男子の思考回路ならスカートを脱がす場面なのに、それをわざわざ言い直してローファーを選択したくらいだもの。あなたが匂いフェチである可能性は否めないわ」


「いやそれは……次!次の問題を出してください!」


「……怪しいわね。ま、良いわ」


 太陽がスカートを指定しなかった理由は匂いフェチなのではなく、机を挟んで対峙し、ほんの少しでも何かを視ようと目を細めていた霧子の視線が突き刺さり、素直にスカートと言えなかったのである。

 要するに、目の前の霧子にガンつけられているような気がしてビビっただけである。


「これは……………」


「…どうかしましたか?霧子きりこさん」


 霧子は問題を出すのを躊躇ためらっていた。

 しかし、瞼を閉じて何かを思い出すようにして再び口を開いた。


「何でもないわ。問題…蜻蛉とんぼはえほたるなどの眼は個眼こがんと呼ばれる小さな目が複数集まって構成される複眼ふくがんという眼をしているわ。では、現生の鋏角類きょうかくるいでこの複眼を持つ生物は何でしょうか?」


「いや、わかりませんよそんなの…鋏角類とか言われても知りませんし。あっ!もしかしてクモですか?クモってトンボみたいな眼をしてますし」


「残念。正解はカブトガニよ。蜘蛛クモは鋏角類ではあるけれど、単眼を8個持つだけで複眼ではないわ」


「カブトガニって甲殻類じゃなかったんですね…」


「ええ、鱟は蜘蛛やさそりなどと同じ鋏角類に分類されているわ。カブトという名前に惑わされてはダメよ。続けて問題行くわよ」


「はい」


 視界を奪われた霧子は早く問題を出してこの回を終えたいという雰囲気だった。


「問題。人の常識として、生物から流れ出る血の色は赤色に見えるものであると思われているけれど、今の問題に出した鱟を代表として、タコ烏賊イカカニ海老エビなどの血は赤色とはかけ離れているわ…」


(ん?何だこの間は?)


 霧子は出題中に一瞬だけ間を置いた。


「それらの生物から流れ出る血は青色に見えるのだけれど、その理由は何故でしょう?…これは引っ掛け問題だったから間を作ったのに引っ掛からなかったわね」


「いや、引っ掛かる要素ありませんよ!もしかして血の色を当てる問題と勘違いさせようとしていたんですか!?そもそも青色をしているなんて知りませんし、理由なんか見当もつかないので不正解で良いですから答えを教えてください」


「あらそう?答えは血液にヘモシアニンが含まれているからよ。血が流れてヘモシアニンが酸化すると青く見えるのよ。鱟の血は体内では薄い乳白色をしていて、本来は青色ではないのよ。ちなみに人間などはヘモグロビンが含まれているから酸化すると赤茶色になるのよ。これでワンアウトね」


 この問題以降、太陽は全て不正解となり、あっさりと7回表が終わった。

 そして、運命の7回裏…


「チェンジよ。さあ太陽たいようくん、さっさと出題しなさい。最初の問題でホームランにしてこのふざけた試合を終わらせてあげる。…出題する際ははっきりと声に出して行うこと。これは野球式クイズ対決の公式ルールよ。残念ながら眼鏡を取られて目は見えなくても音は聴こえるの。出題した時点であなたの負け確定よ」


 眼鏡を奪われた霧子は殆ど目が見えないため、太陽を全裸にしても太陽の局部を見ることがなく、本来なら避けたい太陽を全裸にする行為を全く恐れていなかった。

 なぜなら、太陽を全裸にして試合終了が宣言されれば即時ノーサイドとなり、互いに再び衣服を着用するためである。試合終了後に太陽が服を着るまで眼鏡を掛けなければ全裸を見せられる恐れがない霧子は、試合後半の特例による10点獲得で即試合終了という結末を狙っていた。


(霧子きりこさん、僕が普通に出題したならば即ホームランで試合終了になるでしょう…ですが、秘策はここからですよ)


 霧子には見えていないが、太陽はまたもや不敵に笑っていた。


「どうしたの?もう私は出題待ちになっているわよ。また敬遠する気?それともまだ何かあるのかしら?…確かにあなたの使った戦術は良かったわ。変態的な方法ばかりを使ったことはともかく、私をここまで苦戦させたことだけは誉めてあげる。でも今さら小細工をしても無意味よ。わかったらさっさと出題しなさい。それとも押し出しになるまでずっとカウントダウンしてあげようかしら?」


 霧子は不敵に笑った。それはまさに勝ちを確信した女帝の微笑みという感じだった。

 しかし、太陽はその女帝の微笑みを弾き返す太陽光の様な笑顔をしていた。


「カウントダウンは要りません。霧子きりこさん、僕はここでタイムを使います」


「タイム?ここで?……良いわ。存分に悪足掻きしなさい。纏めて5回分、5分間タイムしていても構わないわよ」


「必要であればそうさせてもらいます」


 太陽はタイム制度を使った。

 そして、このタイムにより太陽の対霧子用の秘策の真の姿が描かれていく。


 次回へ続く………

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