第5話「7回表」

 新入にいり太陽たいよう剣ヶ峰けんがみね霧子きりこの野球拳式クイズ対決は、ついに終盤戦の7回表を迎えていた。


【現在のスコア】

 太陽…得点0、着用物1

 霧子…得点9、着用物10、戦利品9


【太陽の着用物】

 ○前後逆に着用したワイシャツ


【霧子の着用物】

 ①ローファー

 ②スカート

 ③ブレザー

 ④女子用ネクタイ(女子はリボンと選択式)

 ⑤ワイシャツ

 ⑥インナーシャツ

 ⑦タイツ(黒色/60デニール)

 ⑧ブラジャー

 ⑨ショーツ

 ⑩メガネ(裸眼の視力は0.0001未満)


 6回裏を終えた時点でこの状況、誰がどう見ても明らかに太陽が劣勢であった。

 しかし、太陽は未だに勝つ気満々だった。

 1回の裏に思いついた自らの局部を人質に取るという急拵えの作戦、それをさらに延長させた秘中の秘と称する作戦で自らの着用物を残り1枚にした太陽には、それらの作戦とは全く異なる秘策、試合開始前から用意していた秘策があった。

 そして、その秘策の発動条件の1つが7回の攻撃まで10点差コールドにならずに試合を継続させることだった。

 結果として、霧子は太陽に対してコールドゲームにする、つまり太陽を全裸にするつもりがなかったため、試合開始前から7回の攻撃まで生き残ることは決まっていたが、そんなことは太陽にとってどうでもいいことだった。

 今の太陽にとって大事なのは、対霧子用の必勝法として考えてきた秘策を実現させることのみ。

 7回表の太陽はそれだけを考えていた。


(1点…どんなに卑怯でもダサくてもいい…何を言われても構わない…この7回表に1点取ることが出来れば勝てる…よし!)


「さあ、霧子きりこさん!7回表です!」


「………」


「???…霧子きりこさん?どうして黙っているんですか?もう回答体勢に入りましたから、早く問題を出してください」


 0…


「う……」


「う?」


 1…


「うるさいわね!この変態!」


「!!!」


 3…


「あなたのその格好のせいで私は出題どころじゃないのよ!」


「そんなことを言われても、ルールは守ってますし」


 8…


「ルールは守っていてもあなたのモラルは崩壊しているわ!」


「…All is fair in love and war.」


「!?!?」


 12…


霧子きりこさんが僕に教えてくれたんですよ」


 自身から目を背けたまま話す霧子に対して太陽が不敵に言った。


 14…


「…それがなによ!?」


「やっと、本当の意味がわかりました」


 18…


「本当の意味?」


 20…


「All is fair in love and war.…これってイギリスの格言でしたよね?」


「そうよ。直訳すると戦争と恋愛では全てが正しい。転じて、という解釈になるわ。それがどうかしたのかし…っ!!!」


 ある事に気が付いた霧子は太陽から目を背けたままの瞼を大きく見開いた。


(そう!勝つためには手段を選ばない!それこそが必勝のことわり!)


はかったわね!新入にいり太陽たいよう!!!」


 霧子は目を背けたまま太陽をフルネームで呼び捨てにした。それも、シンイリタイヨウではなく、ニイリタイヨウという正しい読み方で呼び捨てにした。


「謀ったとしても、ルールはルールですよ。出題待ちに入ってから20秒が経過した時点で出題を開始しなかった場合は自動的にヒット扱いとなる!つまり今、僕のノーアウトのランナーが出塁したってことです!」


「くっ!」


霧子きりこさん、タイムを宣言しないまま語り出したのは油断しましたね」


 ここで、時間停止タイムストップ


 タイム制度について説明しておこう。

 野球式クイズ対決にはタイム制度がある。

 タイム制度は『1回表~1回裏』のエピソードで説明したバント制度と同じく使用回数が決められている。

 タイムを使えるのは一人1試合5回までであり、1回のタイムにつき1分間の自由時間が与えられる。出題者は用意した出題ノートからどれを出題するかをじっくり考えたい時にタイムし、回答者はもう少しで答えが出そうだけど時間が足りないという時に使うのが一般的なタイムの使い方である。

 このタイム制度は、将棋の考慮時間制度に近いものと考えて構わない。

 さらに、出題者はタイムの間に新たな問題を出題ノートに記入し、その場で問題を作成することが許されている。

 ついでに説明しておくと、この試合では今のところ太陽も霧子もタイムは全く使用していない。

 さらに補足すると、霧子は今まで公式戦(野球式クイズ対決には各地域別に高校生同士の公式戦がある)を含めて一度もタイム制度を使用したことがない。


 では、時間停止タイムストップ解除!


(よし!これで何とかなるかも知れない。バントを2回すればヒット1本打てれば1点取れる)


「………」


「ん?どうしました?霧子きりこさん」


「まんまとわ。この私がタイムオーバーなんていう初歩の初歩…幼稚園児でも知っているルールを失念するなんてね。ふふふ……」


(なんだか様子がおかしいな…)


「あー!イライラする!新入にいり太陽たいよう!あなたって本当にムカつくわね!ド変態のの癖に!」


「なっ!?ちょっと、霧子きりこさん。自分のミスを棚に上げて僕を誹謗中傷するのやめてくれませんか?」


「は?の癖に偉そうに指図しないでくれるかしら?の癖に…あなたはなのでしょう?」


 霧子は自分が処女であることを棚に上げて太陽の童貞を強調した。


「………まあ、そうですけど」


「けど、なに?」


「いえ。そうです。僕は童貞ですよ。それが何か問題ですか?」


「ふふ、特に問題はないわ。ただ、女も知らぬが生意気なのが気に入らないだけよ」


「そうですか。まあ僕は霧子きりこさんと違って焦らずに大人の階段を上っていきますよ」


太陽たいよう!私が淫乱ビッチみたいな言い方するのはやめなさい!」


「!!!」


 霧子は瞼を閉じたまま太陽のほうを向いて怒鳴った。


(霧子きりこさん、顔が赤くなってる…霧子きりこさんって年上の彼氏がいるとか、毎夜毎晩、大人のパーティーに出席しているとかいう噂を聞くけど、実は意外と年相応の女の子なのか?いや、まさかなあ…でも俺の裸に拒絶反応をする辺り、もしかしたら……)


 太陽は霧子のことが気になっていた。

 女帝クイーンと称され、誰もが憧れ一目置く学園の支配者の剣ヶ峰霧子のイメージと、目の前にいる少女の様な剣ヶ峰霧子の姿が余りにもかけ離れていたためである。


「すみませんでした。…では霧子きりこさん、そろそろ次の問題をお願いします」


「……まあ良いわ。今度は初歩的ミスなんてしないわよ」


「わかってます」


「では問題。蜂の巣やフジツボなど小さな粒々や斑点模様の集合体を恐れるまたは嫌悪することをギリシャ語…」


「トライポフォビア!!!」


「!!!」


 太陽は大声で早打ちをした。これが不正解ならば即時アウトに加えてランナーもアウトになるため一気にツーアウトである。

 しかし、正解ならばツーランホームランになり、太陽は2点を獲得する。


霧子きりこさん、トライポフォビアです!どうですか!合ってますよね!?」


(合っているはずだ!トライポフォビア!トライポフォビアだ!)


「………」


 予測もしていなかった太陽の早打ちに霧子は言葉を失っていた。


霧子きりこさん?」


「……………正解よ…」


 蚊の鳴くような声で霧子が言った。


「いよっしゃあああああ!!!」


「くっ………」


 太陽は早打ちに成功し、2点を獲得した。


 7回表、ついに太陽の反撃が始まった!


 ズガーン!!!※落雷の音のSE※


 次回へ続く………

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