第4話「6回裏」

 新入にいり太陽たいよう剣ヶ峰けんがみね霧子きりこの野球拳式クイズ対決は、1回裏から完全な膠着状態のまま山も谷もなく、早くも6回裏の霧子の攻撃を迎えていた。


【現在のスコア】

 太陽…得点0、着用物4

 霧子…得点6、着用物10、戦利品6


 太陽は2回裏から5回裏まで、全て自身の局部を人質に取るという奇策を使って霧子を抑えていた。

 その一方で、霧子の用意した問題は太陽が答えるにはハードルが高く、初回先頭打者のヒット以来、一度も正解出来ずに全て三者凡退で抑えられていた。


 しかし、この6回裏、太陽は更なる奇策に打って出ようとしていた。


「………………………………これでまた満塁ですね」


 この回も太陽は三度みたび、意図的な時間切れを起こした。


「ふう…全く答えさせてもらえないというのは存外イライラするわね。次の回では、問題を出してくれないかしら?優しくシングルヒットにしてあげるわよ」


霧子きりこさん。既に次の回の攻撃の話ですか?まだこの回は終わってないですし、次の回も先に僕の攻撃があるんですよ?」


「ふふ、確かにそうね。でも、結局のところ同じことでしょう?私はこの後の残り6問を答えず、太陽たいようくんは次の回の攻撃も6問連続不正解の三者凡退よ」


「果たして本当にそうですかね?」


 太陽は不敵に笑った。


「………生意気ね、その顔。まだ何か企んでいるのかしら?」


「それは秘密です。…霧子きりこさん。そろそろ次の問題に行きたいのですが、良いですか?」


「ええ、構わないわ。どうせ私は答えることが出来ないもの。出題のタイミングは勝手にしなさい」


「では、問題………………」


「……太陽たいようくん?」


「………………」


「あなたまさか!?」


「………………これで押し出し確定。追加点ですね」


「!?!?!?」


 太陽は満塁状態での出題時間切れにより押し出しとなり、霧子に7点目を献上した。

 この失点をする前の時点での太陽の着用物は残り4つ、スラックス、トランクス、インナーシャツ、ワイシャツのみである。


「では、脱ぎますね」


 プチプチ…※実際にはこんな音はしない※


 太陽は丁寧にボタンを外してワイシャツを脱いだ。


太陽たいようくん。あなたはズボンから脱ぐのではなかったの?いえ、下半身を露出しろというわけではないのだけれど。どうしてワイシャツを…!?!?」


 スル…パサッ。


 太陽はワイシャツを脱いで霧子の戦利品入れに入れるのかと思いきや、ワイシャツの下に着ていたインナーシャツを脱いで戦利品入れに入れた。


「……なんのつもり?」


「さあ?なんのつもりでしょうかね…まあ、対戦相手に教えるわけないですよね?」


「くっ!…まあいいわ、そのワイシャツはまだあなたの物よ。さっさと着なさい」


「ええ、着ますよ」


「!!!」


 太陽はワイシャツを前後逆に着た。

 前後逆なため、太陽自身の手でボタンを留めることは出来ず、ワイシャツを前後逆に羽織る形となった。


「…ワイシャツを前後逆に着るとは随分とおかしな真似をするわね、太陽たいようくん。でも、そんなことをして意味があるのかしら?」


のはこれからですよ。霧子きりこさん」


「………そう?楽しみにしているわね」


 霧子はあっさりこう言ったが、内心では太陽が何を企んでいるのか気になって仕方がなかった。


「では、次の問題に行きますよ」


「ええ、さっさとしなさい」


「では、問題……………………」


太陽たいようくん!?」


霧子きりこさん、よもやそれが答えというわけではないですよね?僕はまだ問題を出してませんよ?」


太陽たいようくんが答えなわけがないでしょう!ふざけていないで早く問題を出し…あなた、まさかまた!?」


「ええ、その想像は正解です。僕は問題を出しません。また敬遠します。つまり、再び押し出しです」


「!!!!!!!」


 太陽は再び押し出しを選択した。

 そして、これで霧子に8点目が入った。


「では、脱ぎます」


 ズル…バサッ。


 太陽は迷わずスラックスを脱いで霧子の戦利品入れに放り込んだ。


 ここで、時間停止タイムストップ


 今回は『第1話』にて割愛して紹介していなかった、今日の太陽が身に付けている10点の着用物を紹介しておく。正確には10点の内の8点が身に付けていた物だが…


 ①右の靴

 ②左の靴

 ③右の靴下

 ④左の靴下

 ⑤男子用のネクタイ

 ⑥ブレザー

 ⑦ワイシャツ

 ⑧インナーシャツ

 ⑨スラックス

 ⑩パンツ(トランクス派)


 以上の10点が、今回の対決に向けて太陽が身に付けていた物だ。

 女と比べて着用物が少ない傾向にある男であるが故に、太陽は靴と靴下の左右を別々に数えて申告していた。

 何を隠そう、野球拳式クイズ対決には、対決を開始前に自身の着用物を書類に記入して相手に申告するルールがある。これは、身に付けている物を偽ることが出来なくするためである。


 


 そんな事態を防ぐためのルールである。

 その為、霧子は太陽が上記の10点を身に付けていると知っていて、太陽も霧子の身に付けている10点の物を知っている。

 流石に()かっこの中までは申告書に記載はしていないが、太陽も霧子も互いの身に付けている物を知っている。

 そして現在の太陽は、上記のリストの⑦と⑩の2点を残して全て霧子に奪われている。

 説明は以上だ。


 説明が終わったところで、時間停止タイムストップ解除!


太陽たいよう!なんなのその変態的な格好なりは!」


 霧子はまた太陽を呼び捨てにしていた。霧子は動揺すると無意識に他人を敬称なしで呼ぶ癖がある。

 呼び捨てにされた太陽の格好は確かに少し変態的であった。

 太陽の格好は、パンツ(トランクス派)とワイシャツのみという、女がそれをしていればとてもセクシーな格好なのだが、太陽は男であり、尚且つワイシャツは前後逆に羽織っていた。

 そして、前後逆に羽織っているワイシャツの裾はラウンドカットされたタイプであり、前面よりも背面のほうが裾が長かった。

 前後逆に着用されたラウンドテールのワイシャツの裾は太陽の股間を覆うくらいまでの丈があり、しっかりと太陽の股間にあるパンツ(トランクス派)を覆い隠していた。

 ちなみに、ラウンドテールというのは、ワイシャツをズボンに入れた状態で着用する、タックインまたはパンツインなどと言われる着用法での使用を前提として作られたワイシャツのデザインである。このタイプは背面の裾がとても長いため、タックインしている時に手を上げたり前屈みになったとしても、ズボンからワイシャツが出ることがなく、ズボンの中身が露になることがないように作られている。


「そうですかね?むしろ、ワイシャツで股間を隠している分、まだ紳士的だと思いますけど」


「こここ、股間とか言わないでくれる!?」


 霧子は顔を耳まで真っ赤に染め、処女おとめらしいうぶな反応をしていた。

 この時の霧子には、普段の凛然とした霧子の面影は全くなかった。


(か、可愛い…普段の隙のない霧子さんとは全く違う…なんか、今の霧子さん、普通の女の子っぽいな…)


「た、太陽たいようくん…そ、そろそろ次の問題に行かないかしら?あなたのその変態的な姿を長く見ていたくないから早いところ9回まで終わらせたいのだけれど」


 普段とは違う霧子の姿に見蕩みとれていた太陽に、霧子が早く問題を出すように急かした。


「え?…ああ、はい。…では、準備は良いですか?」


「無論よ」


(予定ではこんなことをするつもりはなかったけど、ここまで圧倒的な実力差を見せつけられた以上、正攻法では無理だ…霧子きりこさんには悪いけど、この作戦を続けさせてもらうしかない!)


「問題……………………」


「たたた、太陽たいよう!?あ、あなた!?なぜ出題をしないの!?」


「………………時間切れですね」


 太陽はまた出題時間切れによる押し出しを選択した。


「たたたたたた、太陽たいよう!?!?」


「では、脱ぎますね」


 スル…パサッ。


「ぃやあああ!!!ななな、なん…なんなんなん…!!!」


 霧子は最後の1枚になった太陽の姿を見て処女おとめらしい悲鳴を上げた。


(すみません、霧子きりこさん。これが僕のです)


「なんなんなん…!!!」


うるさいですよ、霧子きりこさん」


「ふふふ、ふざけないで!なんなのその格好は!?変態趣味にもほどがあるわ!!」


「そうかも知れませんね。でもこれも勝つための作戦ですから」


 最後の1枚のみを着用した太陽は、霧子から変態趣味と言われたことを否定しなかったが、それはある意味では仕方がないことであもあり、今の太陽にとっては変態趣味と罵られることは小さなことだった。

 勝つための作戦と称し、霧子から変態趣味と罵られた太陽が最後の1枚として残すことを選択した着用物は、パンツ(トランクス派)ではなくワイシャツだった。


 だった。


 逆さに着用したワイシャツの裾は太陽の股間を隠す程度の長さはあったが、ワイシャツであるが故に薄手の白い生地のため、光の加減で透けてしまいそうであり、尚且つ、少しの風で簡単に揺らぐ羽織っただけのワイシャツでは股間を隠すには心許ない様に思えた。

 しかし、それこそが太陽の秘中の秘、秘策中の秘策だった。


「ははは、早くパンツを履きなさい!今ならまだ脱いだ物を訂正できるわ!だから早くワイシャツとパンツを替えなさい!」


 そう言った霧子は太陽からは完全に目を逸らした上で、瞼を強く閉じていた。


(決まった!これならあの秘策も何とか実現出来るかも知れない!あの秘策さえ決まれば確実に勝てる!)


「替えませんよ。さあ、このまま次の問題に行きます!」


 この後、霧子は1問として答えることが出来なかった。

 それ自体は前の回と変わらないが、この時はそれだけじゃなかった。

 霧子は太陽の出す問題を聴こえていたものの、全く頭に入っていなかった。

 太陽の格好、つまりは股間が気になって頭が回らなかった。


 7回表、ついに太陽の反撃が始まる!?


 ズガーン!!!※落雷の音のSE※


 次回へ続く………

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