第3話「続・1回裏」

 新入にいり太陽たいよう剣ヶ峰けんがみね霧子きりこの野球拳式クイズ対決は、1回裏に早くも佳境を迎えていた。


【現在のスコア】

 太陽…得点0、着用物4

 霧子…得点6、着用物10、戦利品6


 1回裏ノーアウトにして早くも太陽の残りの着用物が残り4点、ワイシャツ、インナーシャツ、スラックス、トランクスのみとなっていた。


「ふふふ、太陽たいようくん、あなたは男の子で良かったわね。もしあなたが女の子だったらあと2失点で上半身か下半身のどちらかが確実に下着姿になっていた頃よ」


「残念でしたね、霧子きりこさん。僕は男です。それに、もし僕が女だったらのでどっちみち残り2着の状態なら下着姿にはなりませんよ」


「あら?太陽たいようくん、あなたマニアックな脱がせ方するのね。上半身はネクタイ1つ、下半身はスカート1枚なんて」


「何でそんなあべこべな組み合わせなんですか!上はワイシャツとかインナーシャツとかですよ!どう考えてもタイ1つで隠せるわけないでしょう?」


「あら?意外と隠せるものよ。さらしの要領で巻けばね。それより、下はノーパンにスカート1枚というのはどうなのかしら?そんな状態では風が吹けば丸見えよ。そんな脱がせ方をするなんて、あなたはしているわね」


「う………それは…というか脱がせ方ってなんですか!今の話はもし僕が女だったらどう脱ぐかって話だから、脱がせ方ではなく脱ぎ方ですよね!」


「まあそうね。でも、脱がせ方にしても脱ぎ方にしても、女の子をノーパンノーブラでスカート1枚とワイシャツ1枚にする。そんなマニアックな状態にする考えを太陽たいようくんが持っていることには変わりはないわ。私だったらノーパンにスカートよりも、むしろ普通に下着姿に…」


「あーもー!次いきますよ!次!」


 太陽は霧子の言葉を遮った。


「ふふ、そうね。無駄話はこの辺にしておきましょう」


(くそ!どうすればいい…6問連続で早打ち成功されるとかさすがに考えてなかった…引っかけ問題もダメだったし、このままじゃ初回10点差コールドだ…どうすれば……)


 太陽は考えていた。どうすれば目の前にいる霧子を不正解させられるのかを。


(待てよ?6問連続…10点差コールド…もしも霧子さんが…これだ!)


 太陽は1つの作戦を思い付いた。


「ん?どうしたの太陽たいようくん?このままでは時間切れでヒットよ」


「良いんです。で」


「あらそう?………」


 太陽はわざと出題時間の20秒が経過するのを待った。その時の太陽の自信に満ち溢れた態度に霧子は疑念を抱いていた。


「………太陽たいようくん。あなた、何か作戦があるのね?」


「さあ?どうでしょう?とにかくこれで一塁にランナーが出ました。さっそく次の問題、いきますよ」


「…私に隠し事なんて生意気ね太陽たいよう。まあいいわ。次の問題をどうぞ」


 霧子は今、不敵な態度を取る太陽に対して無意識に呼び捨てにしていたが、霧子は自分自身ではそれに気が付かず、呼び捨てにされた太陽は全く気にしていなかった。


「問題………………」


「…太陽たいようくん?」


「………………」


「はぁ…太陽たいようくん。あなたまさか出題をしないで試合放棄するつもり?いくらそれ以上脱ぎたくなくてもそれは卑怯よ。試合放棄だけは絶対に許されないわ」


「違います。霧子きりこさん。これは謂わば敬遠です。わざと出塁させているんですよ」


「敬遠?…それで自らを追い詰めて抑えるつもり?本物の野球でもそんな作戦はあり得ないわ。太陽たいようくん、あなた漫画の読みすぎじゃないかしら?」


「さて、どうですかね?…言っている間にこれでランナーは二人です。霧子きりこさん、次の問題に移っても構いませんか?」


「くっ……良いわ。その不敵な態度がどこまで続くのかしら?」


 霧子は明らかに動揺していた。いや、動揺していたというよりも、太陽の不敵な態度の理由が推し量れないことが不気味であり、何より気に入らなかった。


「では問題です………………」


「ちょっと太陽たいようくん!あなたまたなの!?いったい何を考えているの!?」


「………………………………これでまた時間切れですね」


 これで三度みたび、太陽は意図的な時間切れを起こした。つまり、満塁になった。


「………ふふふ…ふふふふふふ!新入しんいり太陽たいよう、あなた本当にいい度胸ね。この私に対してわざと満塁にするなんて。良いわ。そのクソ度胸と不敵な態度、あっさり満塁ホームランにしてブチ砕いてあげるわ!」


 霧子は意図的に太陽のことをフルネームで呼び捨てにしていた。霧子は明らかに怒っていた。

 ほんの少し前まで6問連続でホームランにし、自らが圧倒的優位に立つ相手からナメられていると感じて怒っていた。

 常に冷静沈着であり、相手に対して余裕を持った態度で語りかけるのがの処世術なのだが、それは周囲に対する偽装であり、実際の霧子は非常に短気な性格だった。


「あれ?もしかして霧子きりこさん怒ってます?」


「さあ?どうかしらね?でも、仮に私をのがあなたの作戦なのだとしたら残念ね。作戦は失敗よ。私はこんなことで問題を聞き逃したり、況してや答えられる問題を答え損ねたりはしないわ」


「でしょうね。けど霧子きりこさん。本当にホームランにして良いんですか?良いのなら出題しますけど…」


(吉と出るか凶と出るか…その答えは霧子きりこさん次第…裏目ならここで負けるけど、ここを乗り越えられたならまだ勝機がある!)


「ふふ、どうしたの?太陽たいようくん。もしかして私が存外冷静だったことに怖じ気づいたのかしら?私なら既に出題待ちの体勢に入っているわよ」


 霧子の言った出題待ちの体勢とは、本来の野球で言うのならバッターボックスに立ち、バットを構えた状態、つまり準備万端ということだ。

 今のこの二人の対決には審判がいない。それはつまり、カウントを取る第三者がいないということだ。なので、この二人の対決は出題者と回答者が互いに準備万端という気持ちを察し合い、出題者が出題を始めるということになる。

 そして今、霧子が出題待ちを宣言したことにより、出題者の太陽が回答者の霧子の気持ちを察する必要はなくなり、問答無用で霧子が出題を待っている状態となった。

 これにより、太陽が出題を開始する迄のカウントダウンが…太陽にとって、勝負の分かれ目となる運命の20秒間が始まった!


 20…


「そうですか。では問題…の前に一つ伝えておきます。今の霧子きりこさんは6問連続で1問目に正解しているので、この問題は出題完了後でも正解すればホームランです」


 11…


「そうね。でもせっかくだから早打ちでホームランにさせてもらうわ」


 9…


「ご随意に。ですが今ホームランなら即10点差コールドになり、僕はになります!」


 3…


「!!!!!!!」


 1…


「問題!ジビエ料理のぼたん鍋とは、何の肉を使ったものでしょうか!?」


 太陽は出題開始時間の制限ギリギリで出題を開始した。

 仮に審判がいて、正式に計測していたとしたら、恐らく出題開始時間は残り1秒未満というところだった。

 ともあれ、太陽は出題した。


「う…あ…答えは知っているけど、でもここで答えたら太陽たいようくんは全裸になる…全裸だと当然も見せられてしまうことに……」


「…残念。霧子きりこさん、時間切れです。12秒が経ちました。これでワンストライクです」


「くっ!太陽たいようくん!あなたこれが狙いだったのね!」


(よし!よし!!よし!!!)


 太陽の心の中に歓喜とも言える気持ちが駆け巡っていた。

 そして、興奮していることを霧子に悟られないように一呼吸置いてから口を開いた。


「…はい。狙いというよりはでした。僕はまだ転校してきたばかりですし、クイズ部にも入部したばかりで霧子きりこさんのことはあまり知りませんが、もし霧子さんが僕の裸を見たくないとしたら…と思って賭けをしてみました。急ごしらえで紙一重の作戦ですが、なかなかいい作戦でしょう?」


「………ふふふ、確かにそうね。太陽たいようくん、あなたのその自分の裸を盾にして私から不正解を取るという変態的な作戦にしてやられたわ。何にせよ、これでワンストライク。つまり、次は私が問題を最後まで聞いてから答えればシングルヒットになる。シングルヒットならまだあなたは裸にはならない。シングルヒットを繰り返してあなたを屈辱的なパンツ1丁にしてあげるわ。太陽たいようくん、この私を弄んだことを後悔するのね。さあ、次の問題を出しなさい」


「そうですか、それは楽しみです。でもいつ僕が最後にパンツを残すと言いましたか?」


「え?太陽たいようくん、あなたまさか…」


「はい。次はズボンを、その次はパンツを脱ぐ予定です」


「!!!く…この変態!露出狂!恥を知りなさい!恥を!」


「問題。アメリカ大陸を―――」


 この問題を含め、霧子はこの後の問題に全て未回答だった。

 あと2点取ってしまったら太陽の局部を見ることになる、その事が処女おとめである霧子の枷となり、ギリギリ奪っても平気な得点も追加することができずに、満塁のまま三者凡退となった。つまりは6問連続不正解となってしまった。

 太陽の自分自身の局部を人質にした奇策は見事に成功した。


 波瀾の1回は表も裏も終了した。


 新入太陽と剣ヶ峰霧子の尊厳と裸体が賭けられた野球拳式クイズ対決は、まだ始まったばかりだった。


 ズガーン!!!※落雷の音のSE※


 次回へ続く………

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