第2話「1回表~1回裏」

 新入にいり太陽たいよう剣ヶ峰けんがみね霧子きりこの野球拳式クイズ対決は、1回表の第1問から思わぬ形で始まった。

 先攻の太陽が答えを知らなかったのにも関わらずあてずっぽうで正解し、先頭打者を出塁させたのだった。


「さて、次の問題に行くわよ?」


「はい!」


「ふふ、元気があって良いわね。では、第2問。アノマロカリスは何紀の生物?」


「はあ!今なんて?アノマノカラス?知りませんよそんな生物!……ジュラ紀?」


 アノマロカリス自体を聞いたことがなかった太陽はテキトーに答えた。


「残念、不正解よ。そもそもカラスではないわ。答えは古生代カンブリア紀。これは常識よ。さっきみたくじっくり考えていれば答えが出たんじゃないかしら?」


「出ませんよ。そもそもアノ…そんな生物は聞いたこともありませんし。どこの常識ですかそれ」


「ふふ、。これは有名な天才物理学者の言葉よ。まあ、少し言い回しとかは違うけどね。ともあれ、これでワンストライク。次の問題に答えなければワンアウトよ」


「わかってますよ」


「そう?では、次行くわよ」


「はい!」


 太陽はやる気に満ちていた。

 初回10点差コールドとは言わないまでも、勝つ気でいた。

 この対決、太陽にはがあった。

 その秘策は太陽が霧子に勝つための必勝法だったが、それはある条件が揃わないと発動出来ないものだった。だからこそ条件が揃うまでは少しでも点を取り、霧子に10点差コールドにされないように喰らいついていかなければならなかった。


「では、第3問。…問題の数を数えるのも面倒かしら?まあ、良いわ。第3問。太陽の表面温度は凡そ何度?摂氏でも華氏でも好きな方で答えなさい。あなたは太陽たいようくんなのだから簡単よね?ふふふ…」


「くっ!名前いじりですか…」


(落ち着け落ち着け落ち着け…これは知っている。たしか中学の理科で習ったはず…)


「摂氏5000度!」


「残念。正解は凡そ華氏5800度。摂氏にすると凡そ6000度よ。太陽たいようくんなのにハズレたわね。あ、これからは新入しんいりくんではなく、太陽たいようくんと呼ぶわ。構わないわね?」


「ええ、太陽たいようで構いません。そもそもシンイリではなくニイリですし。2連続不正解……これでですね」


「ふふふ、そうね。ね。太陽たいようくん、ここからは色々なジャンルの問題を出すわよ」


「はい。どんとこいです!」


 太陽はやる気を見せたが、その後も不正解を続けた。

 そして…


「…不正解。世界最大の砂漠は南極よ」


「いやいや、南極のどこが砂漠なんですか?おかしくないですか?それ」


「少し意外かも知れないけれどおかしくはないわ。砂漠の定義は降水量なのよ。年間の降水量が一定未満だと砂漠と認定されるの。だから南極は砂漠なのよ。あら?今の不正解でスリーアウトになったわね。1問目で幸先よくヒットしたのに残塁のままでチェンジよ。…そう言えば、バントはしなくて良かったのかしら?」


「そう簡単にバントはしませんよ。どっちみちバントして進塁させても1問も正解できなかったですし。部長の出す問題は難し過ぎますよ」


 野球式クイズ対決にはバント制度がある。

 バントをすればアウト1つを犠牲にして確実にランナーを進塁させることが出来る。

 しかし、実際の野球とは異なり、野球式クイズ対決のバントは1試合に5回限定と使用回数が決まっている。有限であるが故に使いどころが難しいが、上手く使えば非常に便利な制度である。

 ちなみに野球式クイズ対決ではスクイズは認められていない。


太陽たいようくん、物事に過ぎることなんて滅多にないのよ。過ぎるなんて言葉を使うのはその人の度量が狭いだけなの。度量が狭いから過ぎると感じているだけで、本当は過ぎていないことが多いのよ。安易に過ぎるなんて言うのは自らの度量の狭さをアピールすることになるわ。気を付けなさい」


「えっ…あ、はい。わかりました」


(言われてみたら、美しすぎるとか可愛すぎるとか言われている芸能人も実際には大したことない人ばかりだもんな…言葉で煽って思い込みを植え付けて、欠点を見えなくしているだけなのかも知れないな)


 太陽は霧子のアドバイスを素直に受け入れた。


「さてと、太陽たいようくん。次は私が攻撃する番よ。出題、頑張ってね。それと、私のことは部長ではなく、霧子きりこと呼んでいいわ。敬称を付けるかどうかは太陽たいようくんの判断に委ねるわ。ふふふ…」


 霧子は不敵に笑った。


「はい。では、いきますよ?」


「ええ、どうぞ」


「問題。南フランスのある地方で吹く…」


「ミストラル」


「う……正解です」


「あら?本当に今ので正解なの?問題を最後まで聞かせてくれる?」


「はい…南フランスのある地方で吹く、場所によっては時速百キロ近くに達する強風を何と言うでしょう?…答えは霧子きりこさんが言った通り、ミストラルです」


「ふふふ、それじゃあ今のはホームランね。太陽たいようくん、1点取られたのだから1枚のよ」


「わかってますよ…まずはネクタイで」


 シュルシュル…パサッ。

 太陽は霧子の戦利品入れにネクタイを入れた。


【現在のスコア】

 太陽…得点0、着用物9

 霧子…得点1、着用物10、戦利品1


「よろしい。では次の問題をどうぞ」


「はい…」


 ここで、時間停止タイムストップ


 諸君は気が付いただろうか?…そう、野球式クイズ対決にはホームランがあるのだ!いや、正確には連続正解をしなくてもホームランになることがあるのだ!

 その条件はこと。つまり、早押しクイズでよくあるパターンの回答をした場合にホームランの可能性が生まれる。

 この回答パターンは、野球式クイズ対決ではと呼ばれている。

 ただし、出題者は回答者の早打ちを見越して問題文で引っかけてくることもあるので注意が必要である。早押しクイズの問題でよくある、何々ですが、というやつだ。

 例え引っかけ問題だろうがなんだろうが、早打ちに失敗すれば即時ワンアウトを取られてしまう。尚且つ、ランナーがいる状態で早打ちに失敗した場合はランナーもになる。

 つまり、ランナーが一人いる状態で早打ちに失敗すればランナーを含めて一気にツーアウト、ランナーが二人以上いる状態での失敗ならば即時チェンジとなってしまう。

 早打ちは謂わば諸刃の剣なのである。

 ちなみに、野球式クイズ対決をする際、参加者はそれぞれ200問程度の問題を試合開始前に用意し、その問題と解答を必ず出題ノートと呼ばれる物に記入してから出題をする決まりとなっている。

 これは出題者も正解を知らない、あるいはそもそも正解がない、などの出題者による不正行為を防ぐためである。

 なお、本来ならば野球式クイズ対決には出題者と回答者の他に審判を最低一人設ける決まりとなっていて、もし回答者が問題に異議を唱えた場合には、審判が出題者の持つ出題ノートを確認することで不正の有無を判断することになっている。ただし、今回の二人の対決では審判を設けず、異議を唱えた場合には当人同士で確認することにしている。

 問題の不正行為に対する異議は回数制限がないため何回でも可能なのだが、何回も繰り返し異議を唱えることは、対戦相手を疑っているということになるため、何回も繰り返し異議を唱えることは互いにあまり気持ちのいい行為ではない。

 ちなみに、もし問題の不正が確認された場合は出題ペナルティとなり、その場で異議を唱えた回答者に1点が与えられる。

 とまあ、今回のルール説明はこの辺りで良いだろう。


 では、時間停止タイムストップ解除!


「問題。厚い皮膚より早いあ…」


「ハインツ・ヴィルヘルム・グデーリアン上級大将」


「………」


「あら?どうしたの太陽たいようくん?黙っていないで正否を言いなさい。グデーリアンは正解と不正解、どっちなのかしら?」


「せ、正解です。と言う言葉を残したドイツ人の軍人は誰でしょう?フルネームでお答えください。という問題だったんですが…答えるの早くないですか?」


「その質問は私に、、と言わせたいのかしら?ふふふ…」


「違いますよ!何でこんなこと知っているんですか!?昨日徹夜で調べて難しい問題を作って来たのに、あっさり2問連続ホームランにされるとかどういうことですか!?」


「特に理由なんてないわ。私は知っていることを答えただけ。知らないことは答えていないのだから不思議なこともないわ。まあ、私は太陽たいようくんよりは知っていることが少しだけ多いのかも知れないけれど。ふふ、それよりも…」


「わかってますよ。ブレザーにします」


 スル…バサッ。


 太陽はブレザーを脱いで霧子の戦利品入れに投げ入れた。


【現在のスコア】

 太陽…得点0、着用物8

 霧子…得点2、着用物10、戦利品2


「あら?太陽たいようくん、今回の置き方は乱暴ね。なのかしら?それとも太陽たいようくんが早いのかしら?ふふふ…」


「それは何の話ですか…まったく…次、いきますよ」


 太陽は次々と問題を出したが、霧子はそれをことごとく早打ちしてホームランにした。


 次回に続く………

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